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NF-xxx番台#17

M.WADAさんのCVW-5 Det機のご紹介が終了との事で、私もC-1Aの写真にうつります。
MIDWAY復活後にまさかCVW-5(NF)が乗艦するとは思っていませんでした。
そしてNFレターのF-4Bが初めて来日したのが岩国の三軍記念日でした。
衝撃的な復活デビューは日本常駐と言う形で我々をさらに驚かせてくれました。
今や、CVW-5は岩国へ移動し厚木では遠い存在となり、F-4岩国初来日等々何か因縁を感じます。

MACH3 2019/02/21(Thu) 06:48 No.2039 [返信]
Re: NF-xxx番台#17
“代貼り”で失礼します。
Migコレクションのトムキャットです。
このVF-154の“色付き”は来日以来初めて着色したときではなかったでしょうか。
私も90年代は最も“厚木通い”多かった年(月/20日もあった)でしたが
何故かこの色付きは撮影できませんでした。流石M.Iguchiさんです。1998.9.19

K.akatsuka 2019/02/21(Thu) 19:40 No.2040
Re: NF-xxx番台#17
同じく9月19日に撮影されたM.Iguchiさんのシビれるようなショット。
今では「超望遠」で離陸を撮るのは当たり前の世界となってますが、90年代のフィルムの時代で、
この角度のF-14を撮られた方は少なかったと思います。
それは、少ないチャンスを狙って1日中離陸側で粘る精神力がなけれ撮れなかったということですね。

K.akatsuka 2019/02/21(Thu) 19:53 No.2041
Re: NF-xxx番台#17
皆さん、こんにちは。

今日からCV(A)-41 USS MIDWAY所属のC-1A TRADERのご紹介を開始致します。
又、MACH3さんがNo-1956でアップされたCVA-31所属のC-1A/136777が出てきたので、こちらも合わせてご紹介致します。

1970年8月8日(土曜日)厚木R/W-01でT/G訓練を行うCVA-31所属のC-1A/136777.
当機はCVA-31艦長CAPt DICKSON W.ALDERTONの搭乗機でもあり、VIP機好きの自分は戦闘機と同等に重要な撮影対象でした。
又、WrightR-1820を搭載した点でも貴重な機体で、大戦中のF-4F,SBC,SBD,B-17,DC-3も採用した名レシプロエンジンでした。
この当時、同エンジンを搭載した機体は海自のS2F-1位でしか、そのサウンドを楽しめませんでした。

M.WADA 2019/02/22(Fri) 08:29 No.2042
Re: NF-xxx番台#17
↑の送りショット。
この日、CVW-5機は5機がフライトを実施。 外来機はPE-3/5,PR-6,RG-403,UE-8/5/36.

M.WADA 2019/02/22(Fri) 08:32 No.2043
Re: NF-xxx番台#17
皆さん、こんにちは.

>MACH3さん
MACH3さんがアップしたC-1A/146035#-000は1971年6月13日(日曜日)の
CVW-5機フライ・イン最後に降りて来た#000と同一機ではないでしょうか?

この年のCVW-5機の厚木飛来は6月13日と9月5日の2回でしたが、事、C-1A/146035#-000に限って言うと、
エンジンナセルに書かれていた修飾文字"EASY WAY AIRLINES"の文字色が6月は青色、9月は赤色と異なっていました。
MACH3さんがアップしたC-1Aは青色文字でしたので初回飛来の6月と推測されます。

又、この#000は6月25日(金曜日)のフライオフ迄一度も飛ばなかったのでMACH3さんのショット(No-2039)は
多分、このフライ・オフ当日の”お墓”前のタキシーではないかと思われます。

当日は曇り時々薄日が差す生憎の天気だったので、誘導路手前に生えていた雑草は邪魔でしたが
上りより変化に富み、何より厚木と判るので良かったのではと思います。

そして夏場の蒸し暑い時にA-3等でもよく見られた、キャノピー上部の天蓋窓を開け涼を取りながらのタキシングが好きでした。
しかし、当時の艦長CAPT W.L. HARRIS JRも夏場の搭乗時は、さぞや暑くて大変だったろうと想像しました。

今回自分がアップするショットは"EASY WAY AIRLINES"が赤文字だった1971年9月15日(水曜日)厚木R/W-01へL/Dの映像です。
この日、16機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はR4D-6/9022,205FS,WL-4,QD-892,TD-1,PR-52/WC-121N.

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:15 No.2045
Re: NF-xxx番台#17
ここから空母ミッドウェイ搭載、C-1A、横須賀母港後のご紹介を始めます。

1974年3月20日(水曜日)8時34分、T/G訓練を行うため厚木R/W-01を離陸するC-1A/146035#000.
朝から長時間にわたって入念なエンジンランナップを行った後のT/Oで14万台は伊達ではありませんでした。

エンジンナセルには”EASY WAY AIR LINES"の文字と赤い目無しサイコロが2個描かれ、
当時のCVA-41艦長、CAPT R.J.SCHULTEの搭乗機としても使われていました。

この日のCVW-5機は13機がフライトを実施。
外来機はWT-1/6,QE-4,SZ-270,QA-6,USAFのT-39A,WA-00,SF-5. マニアは30人がエンドに来ていました.

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:19 No.2046
Re: NF-xxx番台#17
1974年8月1日(木曜日)13時42分、CVA-41より飛来しショートアプローチで厚木R/W-19へ着陸するC-1A/146035#000.
US NAVYの大型バス3台に分乗したCVW-5クルー達が横須賀へ向かうのが見え、空母出港を確信。
9時35分、RADM R.P.COOGAN(COMCARGRU-3)搭乗のRG-1(2-star)がR/W-19を離陸

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:21 No.2047
Re: NF-xxx番台#17

↑の続きショット。
外来機はQA-5,RZ-592,RG-401,PD-6,SZ-838,WB-13,PC-1. マニアは6人がエンドに来ていました。
厚木から岩国へ遠征したマニアからA-4E(ノーマーク)x5機がT/O,PD-40L/D,そしてEDのA-6Aは居なかったとの連絡が入りました。

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:24 No.2048
Re: NF-xxx番台#17
1975年3月11日(火曜日)T/O6:10→T/G6:14→L/D→T/O→CVA-41L/D後、RADM W.N.SMALL(COMCARGRU-3)と
CVA-41艦長 CAPT R.J.SCHULTEの2名を乗せ離艦。15時丁度に厚木R/W-19へ着陸したC-1A/146035、2star Flagship.

昨年まで描かれていたサイコロの目が消され新たにバイセンカラーの修飾文字で”KON NICHI WAI”と書き入れられました。
細かいことを言うようですが、日本語的には少々オカシイ表現のように思います。
つまり、”こんにち わーい”と読めるのです。
これもNative American特有のジョークと理解して置きましょうか。

この日、6時20分から16時43分にかけて28機のCVW-5機がフライ・オフ。
外来機はRPのP-3A/151384(Mdxなし)、RG-00/407,SZ-835,NASU IWAKUNIのUS-2B/133179,RM-607,TD-1,RCのP-3B.
マニアは13人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:26 No.2049
Re: NF-xxx番台#17
>MACH3さん
>M.WADAさん
C−1に入ったところで自分のネガを調べたところ、CVG/CVWのC−1は、余り撮ってなくお見せするようなカットはありませんでした。
MIDWAYの母港化以後、活動を休んでいたのが理由かも知れません。
今後のC−1の展開を楽しみにしています。

今月最終となりますMigコレクションからFA−18の紹介です。
60年代海軍機を彷彿させるVF-192の“隊長さん”。1995年7月の撮影。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:10 No.2051
Re: NF-xxx番台#17
その2。
99年12月22日。↑と対照的な大胆なデザインですが、デザイナーの凝りようが伝ってきて、個人的にはこの塗装も好きです。
尾翼のデザインがひと目で分かる“ヒネリ降り”をガッチリ捉えたこの写真も大変すばらしいです。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:19 No.2052
Re: NF-xxx番台#17
その3。
当時のマニア間で好みの賛否が渦巻いたVA-195の400番ですが、私は「否」の方でした。でも喜んで撮ってしまうこの矛盾(笑)
この頃から『NF』のCAG機が大胆な塗装になっていきます。1995年7月の撮影。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:28 No.2053
Re: NF-xxx番台#17
その4。
これも「否」派なんですが喜んで撮っていました。1998年9月20日撮影。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:31 No.2054
Re: NF-xxx番台#17
その5。
そういえば401番も同様な塗装でしたね。思い出しました。1998年9月20日。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:34 No.2055
Re: NF-xxx番台#17
その6。
1995年7月に撮影されたFA-18C/NF-412ですが、何やら“吊るしモノ”が・・・。ご存知の方ご教授下さい。とのことでした。

M.Iguchiさん、貴重な写真の数々ありがとうございました。
できましたら来月もよろしく願います。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:47 No.2056
NF-xxx番台#16

おはようございます。

>K.Akatsukaさん
Migコレクションのご紹介ありがとうございます。
昔と比べると撮影できる場所が減り、タキシングは長玉でないと無理。
輪をかけて飛行機もいなくなったのが残念なことです。

>M.WADAさん
沢山撮られているので驚きました。
デジと違いフィルム代も大変だったのでは?
一時期、私はフィルム+現像代25%ディスカウントで、しかも給料引きという恵まれていました。

RM-601を、主翼端が黒と黄色のストライプが描かれていたのを今回初めて気が付きました。
撮影当時は全く気にしていなかったRF-4Bでした。
1974年8月12日岩国

MACH3 2019/02/14(Thu) 06:23 No.2010 [返信]
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

>MACH3さん
RM/RFのファントムは今回自分がアップするショットの倍は飛来していると思います。
但し、それらの多くは曇天か雨天、または夜間の飛来が主でしたが、
出来ることなら、もっと多くのアングルで黄色い”デカレターRM”機を撮りたかった。
特に、南の角回りをするドラッグシュート曳きRM/RF-4Bを希求しましたが結局実現しませんでした。


フィルム+現像代25%ディスカウントは大きいですね。

自分は昼間は花屋の手伝いをし、夜は、いすゞ自動車の下請け工場でベレット、ジェミニ、117クーペなどの
シート張りのバイトをしフィルム代や現像代を稼いでいましたので、恵まれてはいませんでした。

RM-601のL/D??岩国でのL/Dショットでしたか。
1974年8月の岩国遠征は知りませんでした。しかも良い天気でRMのRF-4Bが撮れて幸運でしたね。

自分もMACH3さん同様、翼端が黒と黄色のストライプに塗られていたとは今まで気が付きませんでした。
45年もたって気が付くとは、”いと、おもしろきかな”興味が尽きませんね〜。


どうしてもバイセンRF-4Bが撮りたくて、唯一、岩国へ遠征して撮ったVMFP-3のRF-4B/153107,RF-610.
1976年5月4日(火曜日)、MCAS IWAKUNI一般公開時のショットです。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:31 No.2013
Re: NF-xxx番台#16
1977年2月28日(月曜日)10時10分、厚木R/W-01を離陸するRF-610/153107.
前日、2月27日の16時過ぎRF-611/615と共にL/Dしていたもので、CVW-5へのDET任務終了に伴い岩国へと帰って行った。

この日、8時42分から19時30分にかけてCVW-5機47機がフライ・イン。
翌日の3月1日、CV-41が横須賀へ帰港。
外来機はRG-322/381/427,RF-611/615,PR-00,QD-572,RZ-801,WX-17(OV-10A). マニアは60人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:36 No.2014
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月21日(日曜日)8時59分、厚木R/W-01へ着陸後R/Wエンドまで来てくれたRF-610/157342.
前年までのバイセン機とは異なる機体でマーキングも色気のない塗装へ変化。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:38 No.2015
Re: NF-xxx番台#16
↑の続き。”お墓”前の誘導路へと入っていくRF-610.
このRF-610はエンジン停止後、直ちに格納庫内へと牽引され姿が見えなくなってしまいました。

この日、8時3分から19時5分にかけて20機のCVW-5機がフライ・イン。
外来機はRG-423/425/787,RF-613,PR-00,NK-712,YT-650/653. マニアは7人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:39 No.2016
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月23日(火曜日)11時12分、厚木R/W-19を離陸するRF-610/157342.
この日の朝、CV-41が横須賀へ帰港。NF-724がL/Dしています。

外来機はFUTEMAのUS-2B,RG-424/425,TG-38,NK-601,SZ-801,PR-00,YT-650/653,SGのP-3Cx2機。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:41 No.2017
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1977年2月28日(月曜日)厚木R/W-01を離陸するRF-611/153093.
この日のデータはRF-610(No-2014)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/15(Fri) 12:25 No.2018
Re: NF-xxx番台#16
1977年3月11日(金曜日)12時30分、厚木R/W-19を離陸し岩国へ向かうRF-611.
この日、5機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はSA-11,MCAS IWAKUNIのC-117D/17273,PR-00. マニアは9人がエンドに来ていました。
また、NF-505/522/524の3機がNAS CUBI POINTに向けT/O,その内のNF-524はVA-196と表記されていました。

↑の機体(153093)から新しい機体(157344)に変わり、これからという矢先に墜落し大事故となってしまったRF-611.
その事故を起こした時の離陸のショットと時間をかけてコメントも詳細に書いたのですが、
読み返しているうちに、これをアップすることに良心の呵責を感じてしまいました。

依って今回は、お亡くなりになった方々への鎮魂の意味も込め投稿は控えることと致します。
どうぞ、ご理解の程、宜しくお願い致します。

M.WADA 2019/02/15(Fri) 12:27 No.2019
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1978年2月27日(月曜日)14時39分、厚木R/W-19を離陸して岩国へ向かうRF-611/157346.

この機体は1977年9月27日に墜落してしまったRF-611/157344に変わって配備された機体で、後にQRF-4Bに転換。
現在はノースカロライナ州、チェリーポイントのゴルフコース付近に保存展示されています。

2月27日、CVW-5機は15機がフライトを実施。
外来機はTC-171,VT-06,CY-621/623/624,SG-6,C-130Ex2機、RP-31,PR-00/006、TDA-7011. マニアは5人。

そして横須賀に入港していたLPH-10 USS TRIPOLIが出港。
それに伴い厚木とCAMP FUJIに展開していた31stMAU傘下のHMM-262(C)"Flying Tigers"(ET)/CH-46F/UH-1N/AH-1J/CH-53Dが、
其々フライ・オフ。厚木からは12機がT/O,、CAMP FUJIでは延べにして60〜70機のヘリが撮れたそうです。

余談ですが、ヘリのフライ・オフを体験したのは、この時が初めてでしたが、
一日中、ヘリが離着陸を繰り返し、夕方には何時の間にか全機居なくなっているというフライ・オフで、
何とも、メリハリがなく、然もR/W西側にあるヘリポートからの離陸ばかりで撮影は不可能で、お手上げ状態でした。

この日はどう見てもCAMP FUJIに遠征していた4人のマニアの方に軍配が上がりました。

M.WADA 2019/02/16(Sat) 10:23 No.2022
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月24日(水曜日)11時7分、厚木R/W-19を離陸して岩国へ向かうRF-611/157346.
前日の23日、CV-41が横須賀へ帰港。5月22日の夜L/DしていたRF-611がDET任務終了に伴ってのT/Oでした。

この日、9機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-424/425,TG-38,YT-650/653,SGのP-3Cx2機、C-130Ex2機、PR-006,RF-613,475ABWのUH-1P/65-7931.
マニアは6人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/16(Sat) 10:26 No.2023
Re: NF-xxx番台#16
1979年2月19日(月曜日)16時2分、厚木R/W-01へ着陸するRF-611/157346.
この日、8機のCVW-5機がフライ・インと少ない機数でした。

これはLPH-3 USS OKINAWAが横須賀入港中で、厚木のエプロンがヘリで混雑していた事と、
翌日(20日)帰港したCV-41が26日には出港が決まっていた為ではないかと思われます。

因みに、20日の6時36分にNF-722/724/725/726の4機のSH-3GがCV-41から厚木へフライ・インしています。

M.WADA 2019/02/16(Sat) 10:28 No.2024
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1977年9月27日(火曜日)気温29℃、13時18分離陸し、墜落するRF-611を目視し右へ舵を切り墜落地点へ向かうRF-612/157349.
墜落現場上空に達し、クルーの生存を確認後、厚木管制塔へ救助を要請。

T/G訓練中のAtsugi Rescue Squadron所属の海自S-61Jがタワーからの要請を受け直ちに墜落現場へ急行。
発煙筒を焚いて救助を待っていた乗員2名を発見。無事ピップアップし厚木へ帰投しています。

この日の朝、横須賀をCV-41が出港。

11時21分からRF-611墜落の13時18分までフライ・オフが行われ、搭乗員の救助作業が終わりR/Wの点検が済むまで、
R/Wクローズとなり、再び14時21分からR/Wオープン、フライ・オフが再開され
中断時間が発生した為、いつもより遅い16時20分までかかって44機のCVW-5機がフライ・オフしました。

この日の外来機はRF-613,RG-424/425,RD-5/11,MWHS-1のCT-39G/160054,YW-21. マニアは4人。

M.WADA 2019/02/17(Sun) 10:09 No.2025
Re: NF-xxx番台#16
1978年8月9日(水曜日)気温31℃、11時10分、厚木R/W-19を離陸し岩国へと向かうRF-612/157349.
この日、12機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-321/325/353/424,YF-661/665,QD-024. マニアは2人がエンドに来ていました。

このRF-612について少し説明を付け加えます。
1978年3月4日(土曜日)18時,雨のR/W-01へGCAのアシストを受けアレスティングギアをダウンし緊急着陸。

土砂降りの雨の中、制動索を外して向かった先はNAVYの外来機用駐機ラインではなくニッピの駐機場。
嫌な予感が頭を過ぎります。「ひょっとして、長引くんじゃないだろうか?」と。

この悪い予想は的中し、その後5か月間に亘ってRF-612はニッピのハンガーから出て来ませんでした。
記憶から消えかけた8月5日、ニッピのハンガー内、入り口近くにRF-612の姿を発見。
翌8日、RF-612は漸くテストフライトを実施。
そして8月9日、久し振りに本拠地の岩国へ戻る際の映像が、今回のT/Oショットでした。

結果として、RF-612はVMFP-3,DET-Bの任務中の殆どの時間をニッピのハンガー内で過ごした事になり
眞に”ハンガークイーン”と呼ぶに相応しい機体でしたので、撮影機会も最低となってしまいました。

RF-612のほかに、ニッピのハンガー内には、F-86F,UH-1Hx2機、CH-53Dx2機とWXx1機、VKのA-6E,UP-01等で満杯状態でした。

M.WADA 2019/02/17(Sun) 10:13 No.2026
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1978年1月12日(木曜日)12時17分、GCAの誘導を受け厚木R/W-19へ着陸するRF-613.
この日は9機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はTH-51,C-130Ex5機、YT-3/21,TF-17,WA-02,RDのP-3C,SA-11,RG-354/427,X1G-1B.
マニアは4人がエンドに来ていました。

この日、飛来したRF-613は、前日の11日にVQ-1のEP-3と共に日本海を回遊するソ連の2隻の新型フリーゲート鑑の
警戒監視任務を共同で行い、その偵察データの分析に厚木へ訪れた様子でした。
その証拠にRF-613の駐機場所はVQ-1のフライトラインで、クルーも資料を抱えVQ-1 Officeに消えていきました。

また、1月11日、普天間より飛来した2機のCH-46Dは厚木をベースにCAMP FUJIで冬季演習を実施していましたが、
1月18日(水曜日)降雪〜曇りの悪天候の中厚木を飛び立ったYT-3/153378はCAMP FUJIへ到着。

天気の崩れは少ないと判断したクルーは訓練を開始。
暫くすると天候が急激に悪化。ローター、機体前部に着雪/着氷しエンジン推力がダウンし墜落してしまいました。
この事故でクルー/兵士合わせて6人全員が死亡。機体は失われています。

改めて、富士山の天候急変の恐ろしさを実感させられた出来事でした。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:18 No.2028
Re: NF-xxx番台#16
↑の続きの15時13分、気温15℃、<前日の偵察資料提出を終えた後?>、
VQ-1のフライトラインを出て厚木R/W-19を離陸し岩国へと戻るRF-613/157350.

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:21 No.2029
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月21日(日曜日)9時2分、11分前にR/W-01へ着陸(緊急着陸?)したRF-615(Mdx=RF-610)の
WingmanをしていたRF-615'2(Mdx=RF-613)も自ら緊急着陸の為、今度はR/W-19からアレスティングL/Dした時のショットです。

こんなトラフィック(R/W-01L/D後即R/W-19L/D)をされた場合、ニッピ山以外の場所で2機撮影することは不可能ですから、
この時ばかりは、”ニッピ山”様様の珍しいケースで幸運でした。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:23 No.2030
Re: NF-xxx番台#16
↑の送りショット。
ご覧のように、この場所でこの高さですから、このL/Dはかなり高い着陸とお分かりと思います。
出来ることなら、この場所でタッチダウンして欲しかったですね。

この日のデータはRF-610(No-2016)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:25 No.2031
Re: NF-xxx番台#16
1978年6月8日(木曜日)13時7分、GCA誘導により厚木R/W-19へ着陸するRF-613/157350.
その後、RF-613は14時47分、岩国へ帰って行きました。

この日、27機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はPR-00,YT-650/653/657,SA-11,TH-51,RW-114. マニアは4人がエンドに来ていました
また、TH-51とSA-11がCAMP ZAMAでT/G訓練を実施しています。

前日の7日、横田へ韓国からOV-1D/68-15962/8thArmyがR/W-36へL/D.石川島播磨側の誘導路を通り駐機しています。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:28 No.2032
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1975年9月26日(金曜日)15時30分、厚木R/W-01へ着陸するRF-614/153109.
この月の1日よりVMFP-3からCVW-5へのDET派遣が開始されたことを示す
USS MIDWAYの文字が垂直尾翼上端に見えます。

画面でもお分かりのように東の空から急激に暗雲が押し寄せL/D直後には曇り、危機一髪セーフでした。
夏に01降りの日は、往々にして天候が急変することが多く注意が必要ですね。

この日は4機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はQA-1,MWHS-1のCT-39G/160054,QD-689,ED-9. マニアは4人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:23 No.2033
Re: NF-xxx番台#16
1977年5月23日(月曜日)13時50分、”お墓”前の誘導路をR/W-19離陸に向けタキシーするRF-614/153107バイセン機。
写真でもお分かりのように胴体にDET-1の表記が見受けられますが、当初はDET-1として活動していたようで、
任務途中からDET-Cに表記を変え行動していたようです。

また塗装も、1976年当時は機首・垂直尾翼共に濃紺色に塗られていましたが、
このバイセンRF-614は機首のレーダーコーンと垂直尾翼は黒色に見えると思うのですが、皆さん如何でしょう?

この日、11機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はC-130Ex2機、YF-8/9,NAF MISAWAのUS-2B/134606,RG-381,USAFのUH-1P,QD-688,PACAFのCT-39A/62-45485.
マニアは5人がエンドに来ていました。

ところで、厚木を飛び立ったバイセンRF-614は千葉県東方海上空域で突如IFRをキャンセルしVFRフライトを要求。
TAC FLTを宣言するなり忽然と姿を消してしまいました。
一体、何処へ行って何をしたのでしょう?今もって謎の残るフライトです。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:26 No.2034
Re: NF-xxx番台#16
1977年2月28日(月曜日)10時12分、厚木R/W-01を離陸し岩国へと向かうRF-615/153102.
この日のデータはRF-610(No-2014)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:29 No.2035
Re: NF-xxx番台#16
1982年12月20日(月曜日)気温0℃、9時52分、厚木R/W-01へ着陸するRF-120/157347.

前日19日L/DしたRECON-01Flight,No-1は20日の9時13分、千葉県南東海上空域へ訓練の為No-2aircraft(RF-115)と共にT/O.
再び厚木へ舞い戻って来た時のNo-1aircraftのL/Dショットです。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:31 No.2036
Re: NF-xxx番台#16
↑と同じ日、WingmanとしてRECON-01と行動を共にしたRF-115/157348の厚木R/W-01への着陸ショットです。
時刻はRF-120に遅れること12分後の10時4分でした。

この日、26機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はUE-10/14/15,YR-040(CH-46E/HMM-161),YN-614. マニアは8人がエンドに来ていました。

尚、VC-5/UEのA-4達は19日にL/Dし給油後NAF MISAWAへ移動訓練中のCVW-5機との夜間訓練の為、T/O.
翌朝、8時25分には厚木に戻り再び厚木のCVW-5機とも15時過ぎから訓練を行うなどハードな任務を精力的こなしていました。


さて、ここでVMFP-3/RF-4Bのご紹介を切り上げ、次回からはCV(A)-41所属のC-1Aのご紹介に移ります。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:34 No.2037
NF-xxx番台#15

おはようございます。
昨日は雪が降りましたが、積もらなかったようです。

>M.WADAさん
コダクロームで夕方の撮影は太陽の位置を気にしながら何度も大山方向に目を向けていました。
撮影結果はどうであれ、現像が上がるまで楽しいひと時でした。

>K.Akatsukaさん
M.Iguchiさん、岩国でもいいものを撮っていますね。
EA-6Bが厚木に飛来したこと、嘉手納で公開されたことも今知りました。

>toksansさん
厚木に初めて飛来したEA-6Bが、このVAQ-131でした。
当時のプロウラ―は皆派手な塗装で飛来を楽しみにしていたのですが、厚木にはその他の艦載機も飛来が減りました。

>ダブルタンゴさん
CYと言えばこのデビルよりバニーですね。
EA-6Bも退役し、ホーネットばかりとなりましたが次はF-35の出番ですね。

1975年岩国三軍記念日のショット。
私の岩国三軍遠征の最後でした。

MACH3 2019/02/10(Sun) 08:46 No.1985 [返信]
Re: NF-xxx番台#15
皆さん、こんにちは。

>MACH3さん
あの頃の「東現」は会社も人も信頼出来ましたから”貴方任せ”の待ち時間も、確かに楽しく過ごせました。
岩国遠征は1975年が最後でしたか。晴れてB&Y RMが撮れて良かったですね。 
自分は曇天の1976年が唯一度の岩国遠征で、そのお目当ては,無論バイセンのRF-4Bでした。

今回ご紹介するRM-22はCVW-5へDETを派遣する前の姿ですが増タンに書かれたRMマークが目を引いたのでアップしました。
1974年3月30日(土曜日)10時18分,R/W-19から離陸するRM-22/153109.
この日の外来機はPR-15/50,SZ-273. マニアは19人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/10(Sun) 11:52 No.1986
Re: NF-xxx番台#15
↑と同じ機体の5ヵ月後の姿ですがCVW-5へのDET派遣が始まりMdx,塗装が改まっています。
振り返ってみれば、この時の離陸がRMのファントムとして最もエキサイティングな唯一の離陸となりました。

いつもは、高い離着陸ばかりのVMCJ-1機でしたので、この時も「どうせ、いつもの高い上がりだろう」と、
高をくくっていたものですから、慌てました。

一瞬にして鼓動が高鳴り、汗が噴き出て興奮状態となり目が血走りました。
あっという間の出来事で、直後、放心状態から覚め、くあぁ〜、途中でフィルム切れ!
撮影の成否と相まって、後悔一杯の離陸撮影となりました。

M.WADA 2019/02/10(Sun) 11:55 No.1987
Re: NF-xxx番台#15
>MACH3さん
VMCJ−1のRF−4Bが初めて厚木に飛来したのは1967年5月20日ですが、そのときは色気無しの地味なものでした。
昔からマリンコは来日した当初が地味めで、月日が経つうち派手めとなるパターンが多いですね。
厚木に駐留していた[VM]のクルーセイダーもそうでした。

>M.WADAさん
地上入れ込み写真好きな私にとって#1987の離陸ショットには驚きました。すばらしい!。連写が出来ない時代ですものね。


以下からは“眼が点”Migコレクションからのご紹介。
時代とともに基地周辺環境は変わりますので、いずれのショットも現在では撮影不可能となっています。

K.akatsuka 2019/02/10(Sun) 12:49 No.1988
Re: NF-xxx番台#15
同日(98.12.30)の離陸。

K.akatsuka 2019/02/10(Sun) 12:56 No.1989
Re: NF-xxx番台#15
99.1.30 某所より

K.akatsuka 2019/02/10(Sun) 12:58 No.1990
Re: NF-xxx番台#15
99.2.10 某所より。

K.akatsuka 2019/02/10(Sun) 13:00 No.1991
Re: NF-xxx番台#15
皆さん、こんにちは。

>MACH3さん
カバー写真のRA-5C/NE-704は懐かしいですね。

このNE-704はMACH3さんが撮影した翌日の1968年3月14日(木曜日)、前日に続き厚木から木更津でT/Gを行い、
訓練終了後、厚木へ引き返す途中の10時50分、東京湾に墜落してしまいましたね。

とてもきれいな機体だったNE-704は今も東京湾の海底に眠っているんでしょうか。158926,勿体ないことをしました。

>K.akatsukaさん
本当に”眼が点”Migコレクションでした。

デジタルフォトの時代になり”眼”のきつい、クリエイティブな心を持っている人は、
このような凄いショットを創出できるんだと、見せつけられた作品でした。

”フェンスの外から撮影する”という簡単なようで難しいルールの下で活動してきたマニアの中でも
M.Iguchiさんは紛れもなくトップランクの御一人。厚木マニアの鑑です。


RM-603の項の先頭で出し忘れていた異機種編隊による厚木R/W-19へオーバーヘッドアプローチ中のRF-4BとEA-6Aです。

EA-6A(RM-616)がRF-4B(RM-603)へ追い付こうとしてオーバースピードとなった為、
胴体後部にあるサイドブレーキを展開、スピード調整しながらRM-603と編隊を組もうとしている所のショットです。

M.WADA 2019/02/11(Mon) 10:23 No.1993
Re: NF-xxx番台#15
1975年1月14日(火曜日)12時30分、厚木R/W-19へ着陸後、13時40分、他のCVW-5機と共にCVA-41へ向かう為、
”お墓”前の誘導路(DW)をタキシーするRM-607/153110.

前日の13日、CVA-41が横須賀を出港、厚木からCVW-5機10機がフライ・オフ。
この日も14機がフライ・オフ。 外来機はQD-788,SZ-823,RM-612,PACAFのT-39A,61-0651. マニアは13人が来訪。

M.WADA 2019/02/11(Mon) 10:25 No.1994
Re: NF-xxx番台#15
↑の続き。R/W-19上で離陸スタンバイ中のショット。画面右側に見える巨大なモミの木は現在もあるんでしょうかね?

もし現在も健在なら、クリスマスツリーを施したら、間違いなく関東一になるんじゃないでしょうかね。
この木が個人所有木なら、市の貴重保存木として認定登録間違いなしで登録後は切り倒し不可ということになります。

M.WADA 2019/02/11(Mon) 10:27 No.1995
Re: NF-xxx番台#15
1975年3月19日(水曜日)12時40分、厚木R/W-19へ着陸するRM-610/153107.
この日、CVW-5機は14機がフライトを実施。
外来機はRG-407,RZ-604,5thAFのT-39A/61-0672,RC-4,PR-01,ED-9. マニアは8人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/11(Mon) 10:30 No.1996
Re: NF-xxx番台#15
1975年4月1日(火曜日)11時47分、厚木R/W-19を離陸しCVA-41へと向かうRM-610.
前日、3月31日にCVA-41が横須賀を出港。
この日は5時43分から15時30分にかけてCVW-5機23機がフライ・オフ。
外来機はRM-612/622/616/603,RZ-574. マニアは14人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/11(Mon) 10:32 No.1997
Re: NF-xxx番台#15
皆さん、こんにちは。

1975年4月15日(火曜日)厚木R/W-19へ着陸するRM-611/153093.
外来機はVC-137B/58-6972,RC-10,WAのTA-4Fx2機、RZ-574,QDのKC-130Fx6機、CF-5/10/11,SG-3,ZE-10,UE-32.
マニアは4人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/12(Tue) 14:33 No.1998
Re: NF-xxx番台#15
↑と同じ機体の1975年7月31日(木曜日)、厚木R/W-19への降りです。
外来機はYD-4,NF-414/403/513. マニアは3人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/12(Tue) 14:35 No.1999
Re: NF-xxx番台#15
↑の続き。R/W-19の離陸ショットです。

M.WADA 2019/02/12(Tue) 14:37 No.2000
Re: NF-xxx番台#15
1975年8月18日(月曜日)CVA-41に向けて厚木R/W-19を離陸するRM-611/153093.
この日はCVW-5機19機がフライ・オフ。
外来機はQD-684,PG-66,RM-612/613/614,VE-1,YD-11,RZ-793.

そして8月15日L/DしたVA-164のA-4Fx2機(NP-412/414)がエンジンスタートするも機体不良で出発中止。
ハンガーインして撮れず仕舞いに終わっています。

M.WADA 2019/02/12(Tue) 14:39 No.2001
Re: NF-xxx番台#15
皆さん、こんにちは。

1975年4月15日(火曜日)厚木R/W-19へ着陸するRM-613/153105.
この日のデータはRM-611(No-1998)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:46 No.2003
Re: NF-xxx番台#15
1975年8月18日(月曜日)厚木R/W-19を離陸するRM-613/153105.
この日のデータはRM-611(No-2001)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:48 No.2004
Re: NF-xxx番台#15
1975年4月15日(火曜日)14時9分、厚木R/W-19へ着陸するRM-614/153109.
この日のデータはRM-611(No-1998)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:50 No.2005
Re: NF-xxx番台#15
1975年8月18日(月曜日)厚木R/W-19を離陸するRM-614/153109.
この日のデータはRM-611(No-2001)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:52 No.2006
Re: NF-xxx番台#15
1975年3月27日(木曜日)厚木R/W-19離陸に向けて”お墓”前の誘導路をタキシーするRM-622/153106.
この日のデータはRM-616(No-1848)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:53 No.2007
Re: NF-xxx番台#15
1975年4月1日(火曜日)11時46分、厚木R/W-19をRM-610と共にCVA-41へと向かうRM-622/153106.
この日のデータはRM-610(No-1997)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:55 No.2008
Re: NF-xxx番台#15

↑の続き。離陸滑走中のRM-622の後方にR/W-19へ向かうCAG機/NF-200が見えます。

此処まででVMCJ-1機のご紹介を終わり、次回からはVMFP-3(RF)"Eyes of the Corps"のDET機のご紹介に移ります。

M.WADA 2019/02/13(Wed) 11:57 No.2009
NF-xxx番台#14

CVWというより航空母艦に所属したC-1A。
1970年にCVW-5が乗艦していたCVA-31(USS Bon Homme Richard)所属のC-1Aです。

MACH3 2019/02/04(Mon) 08:19 No.1956 [返信]
Re: NF-xxx番台#14
皆さん、こんにちは。

こんな雨の中で3度ほどジェットの音が聞こえました。

今回の企画、CVW-5 DET編、VMCJ-1→VMFP-3/RF-4Bのご紹介前に、
組織改編前〜改変中のVMCJ-3(TN)のRF-4Bの姿を海外マニアの作品を通してご紹介致します。

TNのRF-4Bに関しては日本国内では出会えなかった部隊でしたのでこの機会を利用してアップさせて下さい。
同じく、RFのRF-4Bもアメリカ本国でしか見られなかった塗装の機体もご紹介していきます。

と、書いてはみたものの、本当にTNのRF-4Bが日本国内に飛来していないのか確証がありません。
飽くまでも自分の記憶の中での話ですので、岩国等に飛来して居りましたらご教授お願い致します。

先ず最初はアメリカ、テキサス州,Sheppard AFBでRobert Mills Jrさんが1972年1月29日に撮影したTN-7/153096.
当日の厚木は土曜日、外来機はYF-13,QD-799,CF-16,WA-02/04,PE-2.
マニアはMACH3さんと西村さんを含め4人でした。

M.WADA 2019/02/06(Wed) 14:32 No.1957
Re: NF-xxx番台#14
↑と同じ機体の3年7ヵ月後の姿。
コロラド州のAuroraにあるBuckley ANGBでHugh Muirさんが1975年9月に撮影したTN-7.
パイロットネームはCAPT J N LAURENT, P/CはSGT N A GANSHOWと読めました。
この時期、既にVMFP-3が編成されていたので、VMCJ-3からVMFP-3になっていますが、T/CはRFではなくTNのままでした。

M.WADA 2019/02/06(Wed) 14:35 No.1958
Re: NF-xxx番台#14

↑と同じ機体の1ヵ月後の姿ですが、部隊名の表記が未だVMxx-3となっており、T/CもTNのまま。
撮影者はG R Markgrafさんで1975年10月11日にカルフォルニア州のNAS North Islandで撮ったものです。
RIO席のネームはLT WALTERSでした。

当日の厚木は雨で外来機は無しでしたが、横田ではVE-5/11が撮れたそうです。
又、前日の10日に百里が一般公開されWF-3/11がL/D〜T/Oしています。

M.WADA 2019/02/06(Wed) 14:43 No.1959
Re: NF-xxx番台#14
NFではありませんが、M.Iguchiさんからの貴重なコレクション画像をご紹介します。
いまの岩国は大変撮りずらい飛行場となってしまったそうですが、こんなタキシングを撮れたことを羨ましく思います。
当時の状況文も合わせて貼らせていただきました。



1999年夏に北朝鮮情勢が悪化、CV−64が急遽派遣される事態になりましたがEA−6を装備するVAQ−131が空母より早く岩国に
派遣されました。厚木にも飛来し、嘉手納の独立記念日では公開もされています。その際遠征し撮影したショットです。岩国ではT&Gを
主体に訓練していたようですがRW20でもタッチダウンポイントが遠く、フルストップ時も内回りでお腹しか撮れなかった記憶があります。
添付写真は夕方に出てきた際に撮影したもので直前まで地元マニアの方がらっしゃったのですが皆様帰られてなんと撮影していたのは
記憶にある限り私一人でした。
今では全く考えられませんね。 1999.7.7

K.akatsuka 2019/02/06(Wed) 18:44 No.1960
Re: NF-xxx番台#14
そして日本のマニアにとって超貴重の「色付き」。

K.akatsuka 2019/02/06(Wed) 18:48 No.1961
Re: NF-xxx番台#14
皆さん、こんにちは。

昨日に引き続きましてVMCJ-3のご紹介です。
1973年6月10日,アメリカ、ユタ州、Hill AFBでBenjamin Knowles Jrさんが撮影したTN-10/153103.

当日の厚木は日曜日、外来機はRD-2/5,QE-1,US Army Command OkinawaのU-21A,67-18097.

前々日の8日にはNE-015(E-1B)とCVA-61 USS RangerのC-1A/000がたった2機だけのフライ・イン後C-1Aは空母へ帰艦。
翌6月9日、横須賀にCVA-61が入港。その後12日にCVA-61が横須賀を出港。13日にNE-015が1機だけのフライ・オフ。
このように空母は入っても厚木には殆んど艦載機を降ろさないケースが増えマニアのテンションは下がる一方でした。

M.WADA 2019/02/07(Thu) 14:55 No.1964
Re: NF-xxx番台#14
約2年後のTN-10をHugh Muirさんがコロラド州、AuroraにあるBuckley ANGBで撮影したショット。
白ノーズから黒ノーズへと変わった以外差異は無し。

M.WADA 2019/02/07(Thu) 14:57 No.1965
Re: NF-xxx番台#14
1975年10月15日、カリフォルニア州、Irvine近郊にあるEl Tporo MCASでG R Markgrafさんが撮影したRF-9/153099.

ご覧のように垂直尾翼全面を赤く塗りT/Cを立体的に表現し、且、フィルムのパーフォレーションをイメージした線が
キャノピー周り迄赤く引き塗られるというデザインで、非常に派手な出立ちの塗装でしたが、
偵察部隊としては目立ちすぎる色使いが不向きだったのか
ごく短期間で運用中止となり皆さんご存知の平凡な塗装に変更となりましたが、
マニアとしては、この赤尾翼のまま来日して欲しかったですね。

アップしたRF-9は、塗装中のようで、胴体からキャノピーにかけてマスキングテープがかけられており、
出来ることなら、完成時の姿を見てみたかったものです。

当日の厚木は水曜日で、外来機はPR-005(EA-3B)、CVW-11/CV-63 USS Kitty Hawk所属機がL/D〜T/O.
マニアは4人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/07(Thu) 14:59 No.1966
Re: NF-xxx番台#14
MACH3さん、皆さん今日は、

K.AkatsukaさんのEA-6Bに刺激されて同じVAQ-131のEA-6BとEA-18Gを。

>K.Akatsukaさん、
この頃の隊長機は品がありましたね。Akatsukaさん一人だけ、というのも美味しかったですね。

1973年10月22日のㇾモア公開で展示されていたVAQ-131のEA-6B 158039です。機首のモデックスの下の文字は”Star Ferry”。

toksans 2019/02/08(Fri) 13:33 No.1968
Re: NF-xxx番台#14
2010年ダブルタンゴ氏と訪問したウィドベイアイランドでのVAQ-131のEA-6B 163525。ここまでくると少しどぎついのかな、と。

toksans 2019/02/08(Fri) 13:35 No.1969
Re: NF-xxx番台#14
最後は昨年の6月、Red Flag Alaskaに参加していたVAQ-131のEA-18G。

toksans 2019/02/08(Fri) 13:37 No.1970
Re: NF-xxx番台#14
皆さん、こんにちは。

1976年3月、Hugh MuirさんがNAS Miramarで撮影したRF-12/153103.
この機体は、昨日アップ致しましたTN-10と同一機です。
機首に”PRINCESS PRISS"の文字が見えます。

外来機Fラインではなく、VFP-63のフライトラインからエンジンスタートということは、
外来機が多すぎて、こんな手狭なF・Lに追いやられた様に見受けられますね。

M.WADA 2019/02/08(Fri) 13:39 No.1971
Re: NF-xxx番台#14
1976年8月、Benjamin Knowlesさんが今は無きEl Toro MCASで撮影したバイセン塗装のRF-10/153101.
前年、1975年時は岩国のVMCJ-1,DET-101でRM-600として運用されていた機体でした。

同じ1976年、岩国に存在したバイセンRF-610とほぼ同じ塗装ですが、
若干、RF-10の方が派手な印象を受けるような気がします。

M.WADA 2019/02/08(Fri) 13:42 No.1972
Re: NF-xxx番台#14
↑の機首アップショット。
RF-610には描かれていなかったファントムおじさん(SPOOK;諜報員)。
その胸に描かれた「P-3]はVMFP-3の「P-3]を取ったもののようですね。

M.WADA 2019/02/08(Fri) 13:43 No.1973
Re: NF-xxx番台#14
アメリカ国内編、最後は全面緑色の垂直尾翼に金色の狐をモチーフに使ったRF-23/153107.
1979年10月13日、カリフォルニア州のEl Toro MCASでPhillip Hustonさんが撮影したRF-23.
RF-23/153107は1975年当時、RM-610として厚木に飛来した機体でした。

ところで、グリーン塗装のRF-4Bは日本国内には飛来していないのでしょうか?
グレー塗装になってからの映像は見るのですが、グリーン塗装のファントムは見た記憶がありません。

因みに、10月13日(土曜日)厚木の外来機はRG-421,PDのP-3Cだけでしたが、
横田には、何と厚木を飛び越して4機のA-7E/VA-22(NL-300/301/307/310)がL/Dしてしまいました。
然もR/W-36で降り18エンドまで回り込み横田のマニア連中の餌食になるなど散々。

翌日、早朝から横田へ敵討ちに出掛けたのは言うまでもありません。

M.WADA 2019/02/08(Fri) 13:45 No.1974
Re: NF-xxx番台#14
皆さん、こんにちは。

朝方、降り止んだ雪が先程再び降り始め積もると思いきや曇り空で気温0.3℃、寒いですね。

>AbleDogさん
Rosemary B.Mariner元大佐のミッシングマン・フォーメーションを見ました。
見事なフォーメーションを組んで式場上空を次々に追悼飛行する姿は荘厳で立派な儀式でしたね。
貴重な情報を発して頂き、ありがとうございました。

ところで、AbleDogさんがアップされた1979年1月4日のショットは
自分がNo-1917でアップしたショットの続きの送りショットのように見えますが、
AbleDogさんは斜め前の編隊着陸気味のシーンは撮っていないのですか?
アノ時、自分以外の編隊ショットを全く見ておらず不思議に思っている為、お聞きしたのです。
何故なら、当日エンドに来たマニアは86人も居たのですから。

>MACH3さん
VMCJ-1のEF-10Bの情報は凄いですね。驚きました。RF-8Aも然りです。

9機全機がベトナムから全てフィリピン経由の輸送船か空母でアメリカへ移動していたんですね。
EA-6A/Bのように厚木経由でTRNSPACしてくれれば良かったのに残念でした。

自分がEF-10Bと出会えたのは1967年、R/W-19へL/Dの為のオーバーヘッドアプローチしたところを、
南の角から撮ったお腹バックリの一枚のみ。
手帳にはEF-10B,125831,VMCJ-1,RM-4 L/Dと書いてありましたが、
厚木で撮れたEF-10Bのカラーショットを見たことがありませんがMACH3さんは、見たことがありますか?


今回より日本国内で撮影したVMCJ-1/VMFP-3機のご紹介を始めます。
但し、1974年7月頃まで運用されていた”旧塗装時代”のRM600〜610番台機は、
既に「1番台スコードロン」の項で発表済みですので割愛し、
”新塗装(濃紺地に黄色いT/C)”時代のVMCJ-1/RF-4Bからスタートします。

1974年8月15日(木曜日)10時55分、終戦記念日の厚木R/W-01へ着陸するRM-603/153105.
この日のCVW-5機はNF-005と603がフライトしただけでした。
外来機はRG-403/404,PD-2/6,SZ-823,QD-687,PE-1,SA-14.
エンドに来たマニア5人の内、4人の方は逝去されています。 

M.WADA 2019/02/09(Sat) 12:41 No.1976
Re: NF-xxx番台#14
↑から5ヵ月後の姿。
1975年1月24日(金曜日)13時55分、厚木R/W-19へ着陸するRM-603.

M.WADA 2019/02/09(Sat) 12:46 No.1977
Re: NF-xxx番台#14
↑の続き。

M.WADA 2019/02/09(Sat) 12:48 No.1978
Re: NF-xxx番台#14
その送りショット。

M.WADA 2019/02/09(Sat) 12:50 No.1979
Re: NF-xxx番台#14
そして同機が横田に向け離陸の為R/W-19へ向かうタキシーを”お墓”から16時40分に撮影したショットです。
冬場、日没寸前の太陽光は垂直尾翼を光らせてしまうし、シャッタースピードも”ブレ”る一歩手前の1/125。
今のデジカメ世代マニアには想像だに出来ない厳しい撮影状況でした。

この日の外来機はPD-1/2,RG-1,RZ-592,RM-616,SZ-124. マニアは7人がエンドに来ていました。
そしたZLのF-4Cが2機編隊でローアプローチを実施後横田へ向かいました。

M.WADA 2019/02/09(Sat) 12:51 No.1980
Re: NF-xxx番台#14
皆さん こんにちは
この一週間の気温の上がり下がりはこたえますね。皆さんもどうぞご自愛下さい
先日ついに終焉を迎えたEA-6Bですが、4年半前のYUMA WTI 展開時の部隊がCYでした

ダブルタンゴ 2019/02/09(Sat) 15:45 No.1981
Re: NF-xxx番台#14
この時は約一週間程滞在しましたが撮れた機会は3度位でした

ダブルタンゴ 2019/02/09(Sat) 15:49 No.1982
Re: NF-xxx番台#14
機数は00、01、02、03、05、とVMAQ-3 MD04が一機混じっていました

ダブルタンゴ 2019/02/09(Sat) 15:57 No.1983
Re: NF-xxx番台#14
ではまたお邪魔出来る話題がありましたらよろしく

ダブルタンゴ 2019/02/09(Sat) 15:59 No.1984
NF-xxx番台#13

>M.WADAさん
>K.Akatsukaさん
洗い場の話が出てきたので、私もあまり行きませんでした。
理由はK.Akatsukaさんと同じです。
当時は風が変わるとエンドからエンドへ歩いて移動しました。
その時に「何かいるかな?」てな具合でのぞく程度。
飛行機を洗い場に移動したのをトンネル上で確認しても行きませんでした。

NF-xxx番と言う事で、ボノム時代のVA-22。

MACH3 2019/01/30(Wed) 08:52 No.1932 [返信]
Re: NF-xxx番台#13
皆さん、こんばんは。

>K.akatsukaさん
1967年の冬のある日、南の角で先輩のEchoさんに、”何処か他に飛行機を真近かで撮影できる場所がありますか”?
と、尋ねたところ、暫く自分の顔をジーっと眺め、
”俺の後について来い、付いて来られなかったら、そこで終わりだ!”
と言うなり自転車に飛び乗り、猛スピードで基地に沿った外周道路を北側に向かって走り去りました。

慌てて3段変速機付きの自転車をこぎEchoさんの後を追いかけましたが、彼の姿が見るみる小さくなっていき、
土埃しか見えなくなってしまったのです。

それでも必死になってこぎ続けY路地に差し掛かりました。
右へ坂道を下るか、左の基地フェンス沿いに進むか一瞬迷いましたが左に折れペダルをこぎ続けていくと、
基地内のカマボコ兵舎が2棟見え、尚も進むと畑地が広がる先にフェンスに沿って木立が見えてきました。

そこまで来ると、もう畑間のあぜ道のようになり小さな林の中に入って行きました。
その林を抜け出る辺りに、見覚えのある新聞配達用?の自転車を発見。Echoさんの自転車です。

その隣に駐輪し、視線を上げると何と樹上にEchoさんの姿があり洗浄中のWHのファントムを撮影中だったのです。
”よく付いて来られたな”、”ここが洗い場って言うところだ”と、ニヤリと笑いながら教えてくれました。

それに次いで”ここはガードが煩いから5分以上居ちゃだめだぞ!”とも教えてくれるなり
あっという間に19エンドに向かって走り去っていきました。

ここから自分の”洗い場”通いが高校時代にかけ続きましたが、”洗い場”で撮れた艦載機は通い始めだけで、
後はマリンコのF-4やA-4、そして隣のハンガーにいたHC-7のへり位で目ぼしい成果は得られないまま終わっています。

K.akatsukaさんが言われる通り、外来機の飛来を逃す恐怖感が”洗い場”にいるとありましたね。
しかしながら、自分は土日を除き平日”洗い場”到着は常に夕方の為、
着陸側、特に19エンドには時間的に回ることが出来ませんでした。

依って、日没までガードから身を隠しつつ”洗い場”に居続けた結果
夥しい数の外来機を撮り逃す事となってしまいました。

しかし不思議なことに、後悔の気持ちがあまりないことに気づいたのです。何故なんだろ〜。。。

それはフェンス横の木に登り、その葉の中に身を隠し日の暮れるまで
飛行機や基地内の風景を見るのが好きだったからではないかと思い当たったのです。

夕日に染まる機体、輝くキャノピーの様子が刻々と変わるさまなど、樹上から見る光景は見事で、、
夕食のサービスに訪れたmobile cateringに集まるクルー達の姿など見飽きることはありませんでした。

K.akatsukaさんのご友人、R.Nakajimaさん撮影のショットも見入ってしまいました。

VRC-50のハンガー右横にRVAH-5"Savage Sans"のRA-5Cが見えますが、
”洗い場”消滅寸前、最後に”洗い場”を使ったのが大好きなビジランティーだった事。
それを見事に撮り逃がした苦い思い出が鮮やかに脳裏に蘇って来ていました。

>MACH3さん
そうですね、当時の移動手段は徒歩。自分は自転車を2台も自損事故で壊し、以後親からはバイク禁止令発動。
大学生になって車を持つまで重いアルミバッグを担ぎR/W-01⇔19と歩き回っていました。

という訳で、トンネルの上から”洗い場”へ曳かれていく機体を皆で肩を並べて見送っていましたね。

MACH3さんがアップしたNF-306の降りは1969年4月7日(月曜日)撮影のショットではないでしょうか?
この日はCVA-31 USS BON HOMME RICHARD搭載、CVW-5機のフライ・イン当日で、自分は南の角に居ました。

いつものように、学校から厚木へ直行しNLのA-6が飛び回っている為、19エンドまで行く間がないと判断。
急遽、南の角待機としたのでした。

ところがVA-52のA-6A、5機全機がAEまで来ず、すべてBEに入ってしまいました。
仕方なく、学生カバンの奥に仕舞って置いたX3倍のテレコンをコムラー300mmに装着。

その後始まったCVW-5機のフライ・インも全てBEイン。35mm換算、900mmとして撮影したのが、このメラメラNF-313.

BEへ入ってきた機体全てを、こうして撮影。
撮影から50年を経て初めて日の目を見たこのショット。感慨も一入でした。
機体自体は言をまたぬ酷さですが、唯一、厚木の管制塔と機体を重ねたいという願望だけは達成されのが救いでした。

因みにMACH3さんがアップされたNF-306だけが西側外来機ラインに向かわずニッピ入りしています。

M.WADA 2019/01/30(Wed) 16:54 No.1933
Re: NF-xxx番台#13
“洗い場”でのNAVY機の写真が表に出るようになったのは1966年夏のCVW2[NE]機の“大量飛来”あたりからだったと記憶してます。余りの機数の多さに海軍の西側エプロンに駐機しきれず、止むを得ずベトナムへの移動で空いていたMAG15のエプロンにとりあえず駐機したのが始まり。

1966年以前から撮影できた筈ですが、機体は毎日飛んでるMAG15の所属機だけでしたので誰も興味を示しませんでした。しかも、先輩たちからは、常にカービン銃を持った兵士が軍用犬を連れてパトロールしている話を聞いてましたから、危険を冒してまでして撮りに行く人など居なかったのでしょうね。
警備が特に厳しかったのは、1957年から60年までWRSP-3のU-2を格納していたからでしょう。その場所にウロウロしてるだけで捕らわれの身となるのは必至だったのです。

私が今まで見てきた“洗い場”ベストスリーの写真は次の3点です。
すでに印刷されていますがSabさんのこのVA-145の水洗いシーン。
戦いの合間、彼らも「心の洗濯」を楽しんでいるように見えます。
ライオンへの水かけ、どこを見てるかスヌーピー(どこかのオジさんのようですね)。
飛行機写真の範疇を超えた素晴らしい作品だと思います。

K.akatsuka 2019/01/30(Wed) 18:57 No.1934
Re: NF-xxx番台#13
カラーの部はやはりハッチさんのこれでしょう。
CHECKER TAIL 1の表紙の写真。当時のフジ・クロームのため退色が進んでいるのが残念ですが、
現像したての原版は息を呑むほど素晴らしいものでした。
機体もイントレピッド搭載の貴重記録ですし、当時Naval Aviation Newsの編集長が見たら、
表紙に採用されたのでないかと勝手に思っています。

K.akatsuka 2019/01/30(Wed) 19:22 No.1935
Re: NF-xxx番台#13
もう一点は同じくハッチさんのこの作品。
季節は今頃でしょうか、配管から漏れた?蒸気が上がり寒さが画面から感じられます。
この場所は格納庫と格納庫の間の狭い空間で、着陸するヘリを撮影できたことはマニア的に奇跡に近い。
よく「洗い場の写真は電線が入るからね〜」とか言う人が居ましたが、電線無くしてこの緊張感は出ませんね。
厚木を知れば知るほどこの写真の凄さが解る作品です。

K.akatsuka 2019/01/30(Wed) 19:29 No.1936
Re: NF-xxx番台#13
皆さん、こんばんは。

>K.akatsukaさん
SabさんのVA-145/A-1H,ハッチさんのAK-107やNS-57のショットは何れも”受賞作品級”の名ショットばかり。
レベルの差がありすぎて交わす言葉、グーの音もでません。

我々、このマニアの世界は独特で、その時、その場所、その機体と共に、その瞬間を共有して初めてシャッターが切れ、
然も、2度と、その瞬間は訪れないという”一発真剣勝負”というのが難しく、奥深いところですね。

近頃は写真もデジタルとなり、高速連写、ムービーモードで撮影し後から取捨選択することが可能になり、
ベストショットが容易に取得できるようにはなりましたが,
何故か同じようなアングル、フレーミングばかりのように思われてなりません。

Sabさん、ハッチさんのような、これまで見たこともない、感動を覚えるような作品を見た記憶がここ最近無いのです。
AGCの皆さんが活躍していた、あの時代とは比較にならない高性能な撮影機材を駆使出来ているのにデス。

ハッチさんがHC-7ハンガー裏から撮られたHS-6/SH-3A,NS-57のL/Dショットと同じ場所から撮った、
HC-7/UH-46D,VH-61の離陸ショットです。

自分の時代は一度もHS-機は、この場所には駐機しなかったし、況してや艦載機の駐機も無く寂しいもんでした。

このVH-61の離陸を撮った1969年4月6日は日曜日で、横須賀でCVA-43 USS CORAL SEAが一般公開されるので、
厚木での撮影を切り上げ横須賀へ向かったのですが、何とVF-53のCAG機NF-200がL/Dし南の角でエンストし撮り放題、
他にもNFのEKA-3B,NHのE-2A,VF-114のF-4B,DCのF-4Bx2機、
NAF Cam Rahn Bay DET-Tan Son NhutのC-1Aと興奮の一日。

後日友人から見せられたNF-200を見ながら、あの日コーラルシーの公開さえなければとエンドで地団太を踏みました。

M.WADA 2019/01/31(Thu) 16:50 No.1938
Re: NF-xxx番台#13
皆さん、こんにちは。

昨夜、久振りに雨が降り、少しですが乾燥状態が解消され良かったです。
しかし、マニアの皆さんとしては残雪目当ての厚木詣でが無くなり残念でしたかね。

”洗い場”の話題で横道へずれましたが、再びVMAQ-2のEA-6Bを続けます。
1980年3月まで続いたCVW-5へのDET派遣後、VMAQ-2はMAG-12へのUDPを継続し岩国に駐留していました。

1981年1月からVMAQ-2がCVW-5へ、VAQ-136がMAG-12へと短期間、お互いの機体をスワップしNAVY/MARINES間の、
連携習熟訓練を行いました。

その時、岩国から厚木のCVW-5を訪れた際のショットが今回ご紹介するCY-13/EA-6B,160788です。

1981年1月28日(水曜日)14時56分、厚木R/W-01L/D後、R/Wエンドまで転がり”お墓”前の誘導路へ入ってきたCY-13.

冬場、午後3時のDWタキシーウェイでR/Wから入ってくる機体の斜め前を撮ると、もろ逆光となってしまい、
今回ご紹介したような斜め後ろを狙わない限り、順光での撮影は不可能でした。

つまり、この場所で、このタイミングで撮るショットは飽くまでも急場凌ぎ、仕方なしに撮らざるを得ない時だけでした。

やはり、”お墓”は離陸の為エプロンからDWをタキシーして来る時が最も撮り易かったと思うのですが、
殆んどのマニアはエンドに集まっており”お墓”に屯することは殆んどありませんでした。

1月28日は19機のCVW-5機がフライトを実施。外来機はRX-115,RG-787,YR-031/033,DR-2/4/5/8,BH-898。
マニアは2人がエンドに来ていました。
横田ではDBのF-4JとEC-135が撮れたそうです。

M.WADA 2019/02/01(Fri) 11:57 No.1939
Re: NF-xxx番台#13
1981年3月27日(金曜日)10時58分、厚木R/W-01上空を2機編隊でオーバーヘッドアプローチするPLAYBOY-21フライト。

M.WADA 2019/02/01(Fri) 11:59 No.1940
Re: NF-xxx番台#13
↑のL/Dシーン。11時1分の降りの為、機体への光線状態が悪く、折角の富士山も霞んでしまい残念でした。

M.WADA 2019/02/01(Fri) 12:01 No.1941
Re: NF-xxx番台#13
そして↑の送りショット。
この日の外来機はWC-135B,VLのA-4Mx4機、UE-01,NE-413,TC-807.
横田はOSのF-4Ex3機(内1機はCO機)とTCのEC-130Qが撮れたそうです。

M.WADA 2019/02/01(Fri) 12:02 No.1942
Re: NF-xxx番台#13
>M.WADAさん
#1938のUH-46Dも泣かせるショットですね。
↓の写真で、その狭い撮影ポイントの状況がわかります。

一度だけ飛来したVMCJ-2のEF-10Bと、珍しいヒコーキたちが写っています。
1966年6月3日(金)の夕方4時頃だったでしょうか。このスカイナイトが降りる直前に01へランウェイ・チェンジとなってしまい、
誰も着陸を撮ることができませんでした。EF-10B自体すでに珍しい存在だったので悔しかったですね。

そのとき、19側のトンネルの上からタキシングを見ていたマニア(10名ほど)が一斉に騒ぎ始めました。
まさか日本で見られる筈がないと思われていたVMCJ-2[CY]だったからです。

VMCJ-1[RM]の補充機であろうことは分かりますから、それ故すぐに塗装は落とされるのではないかと
Echoさんと何とか撮影できる場所を探し歩き、撮った写真がこれです。
その後のCY-17の動向は確認できませんでしたが、恐らく[RM]となってダナンに向かったのでしょう。

平日にもかかわらず多人数(当時は10名でも)のマニアが集まったのは迷彩のF−4Cを見に(撮り)来たからではないかと思われます。
じつは横田へF−4Cが配備されるまで(1968年)“迷彩”のF−4Cは、横田より厚木のほうが飛来が多かったのです。
(ニッピで改造作業を行っていた話を聞いたことがある)
559TFS[XN]391TFS[XT]のF−4Cも、厚木でハッチさんが撮ったのが最初だったのではないでしょうか。

もうひとつ画面右に写っているVA-85のA-6Aも貴重な記録です。
800番代の[NH]のA-6Aは2度目の厚木飛来で、まだ尾翼を黄色に塗った塗装のままです。(ブラック・ファルコンは省略されていますが)
この年11月の3度目の来日時には、500番代となって規定通りのグリーン主体の塗装に変わってしまいました。
今見て気付いたのですがタンクに迷彩の名残りがありますね。

K.akatsuka 2019/02/01(Fri) 19:08 No.1944
Re: NF-xxx番台#13
EF−10Bだけを拡大してみましょう。
キャノピー下には、VA−165のA−1に描かれていたグリーンのシェブロンとVA−15“バリオンズ”のお馴染みのエンブレム。
インテイク周辺には何やら赤いマークのようなものが描かれています。
恐らくイントレピッドに載せられた際、CVW−10の連中が塗ったのではないかと思われます。
反対側はどんな塗装だったか、左右キチンと写っている写真があればモデラーさん大喜びだったでしょうね。

K.akatsuka 2019/02/01(Fri) 19:28 No.1945
Re: NF-xxx番台#13
125793のEF-10Bは1966年10月にRM-8で確認されています。
ニッピに飛来した6月から2か月のギャップがありますが、RM-7が1966年6月にダメージを受けニッピ入りしているのでその代替機かもしくは、VMCJ-1のF-10Bの定数不足から最初から補充機のRM-8としてVMCJ-2から移籍されたのかもしれません。
135793(C/S=Pigment69)は1968年7月19日に北ベトナム上空で撃墜されクルー2名は戦死しています。
1968年11月に改良されたEA-6AがVMCJ-1に配備されるとEF-10Bも"Super Whale"と呼ばれる改良された機体と交換されています。
EF-10Bのラストミッション(124645 RM-8)は1969年10月25日の非武装地帯のパトロールでした。
1969年まで飛んでいたのにとうとう来日はしませんでしたね。
MACH3 2019/02/01(Fri) 23:01 No.1946
Re: NF-xxx番台#13
皆さん、こんにちは。

>K.akatsukaさん
EF-10BのCY-17,出して来られましたね。
恐らく、厚木で当時として最も珍しい外来機の一つだったんじゃないでしょうか?

又、VA-85のA-6Aが2機”洗い場”前のエプロンに駐機しているように見えますが、
こちらは”洗い場”で撮られていますか? あるいはL/D〜T/Oはどうでしょう。とても気になるところです。

K.akatsukaさんがアップされた写真には手前にフェンスが2重に写っていますが、
このショットはトンネルの上から撮られたのでしょうか?
自分が写真を撮り出した頃には見られなかった光景で良く判りません。

UH-46DのショットにK.akatsukaさんが、どんな評価を下すか気になっていましたが、”泣いて”頂けたなんて光栄です。

あの場所では、同じような離陸ショットを何枚も撮りましたが「鼻切れ」や「ブレ」ショットばかりで、
なかなか上手く撮れず、やっと撮れたのがアノ一枚でした。

>MACH3さん
EF-10Bの詳細な解説、ありがとうございます。
1968年7月19日に撃墜されたEF-10Bは125793ではなく135793なのですか?
135793ならば、そのMdxが判るでしょうか?また、C/Sの"Pigment"は厚木飛来のVMCJ-1機も時折使っていました。
同じ日の68年7月19日、厚木でMACH3さんとノーマークのEA-1F,132513を撮りまくっていたのを思い出しました。
しかし、その日から一年以上もベトナムに居て厚木には一度も来てくれなかったEF-10Bが恨めしい限りです。


昨日に引き続き、2桁MdxのCYをご紹介いたします。

1981年1月28日(水曜日)14時56分、厚木R/W-01へL/D後、DW誘導路へと入ってきたCY-17/160788.
ご覧のようにアングル、タイミングは良いにですが、肝心の光線状態が最悪。
この場所で、良好な光線状態で撮る場合は薄曇か夕方遅くなって機体に光線が回る時だけに限定されました。

M.WADA 2019/02/02(Sat) 13:10 No.1947
Re: NF-xxx番台#13
↑の送りショット。
前回のCY-13と同じく、このCY-17も”お墓”に生えていた“モチノキ”に登り撮影したショット。
この木は最上部には一人しか乗れず、一段下がった二の枝からだと画面下にフェンスが写りこんでしまい、
どうしても最上部がベストポジションでしたが、この特等席は年功序列制。

後から来た先輩マニアさんから”オイ!コラ!どけーっ!!と一喝され、慌てて降りた経験があり、
この撮影の時も、つい下を確認し安全を確かめてから撮るという撮影スタイルが身についていました。
個人名を出すのは憚りますが”怖いAGCさん”のトラウマは長く尾を引き残っていたのでした。

M.WADA 2019/02/02(Sat) 13:16 No.1948
Re: NF-xxx番台#13
1981年3月27日(金曜日)11時、厚木R/W-01へ着陸するCY-17/160788.
着陸高度が低すぎてシャッターを切るチャンスに躊躇、
タイミングを逸し、ご覧のように中途半端なショットとなってしまいました。

M.WADA 2019/02/02(Sat) 13:19 No.1949
Re: NF-xxx番台#13
そして送りのショットです。
この日のデータはCY-13の項(No-1942)でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/02(Sat) 13:22 No.1951
Re: NF-xxx番台#13
1981年4月1日(水曜日)厚木R/W-19を離陸するCY-17.
この日の外来機は遥々NAS Glenviewからの珍客VP-60(LS)のP-3AとLR(VP-24)のP-3Cが飛来しています。

M.WADA 2019/02/02(Sat) 13:24 No.1952
Re: NF-xxx番台#13
1986年1月13日(月曜日)9時13分、厚木R/W-01離陸に向け南の角を回るCY-15/160709.
同機は8時4分L/Dし外来機用駐機場へ止まり、9時34分、岩国へと離陸していく際のタキシーショットです。

VMAQ-2は1975年CVW-5へのDET派遣を皮切りに1978年のEA-6AからEA-6Bへのバトンタッチを経て
1980年3月のDET派遣終了を一区切りとし、以後、岩国でのUDPを2016年2月まで行い、日本を去りました。
EA-6Aから通算すると41年、EA-6Bからでも36年間の永きに亘り日本で活動した馴染み深い部隊でした。

その永年親しんだEA-6Bでしたが今年1月23日、VMAQ-2(CB)が解散し、EA-6Bの歴史に幕が降りてしまいました。


以上、此処まででEA-6A/Bのご紹介を終わり、次回からは皆さん大好き?なReconファントムに移ります。

M.WADA 2019/02/02(Sat) 13:26 No.1953
Re: NF-xxx番台#13
MACH3さん、皆さん、こんばんは。

既にネットのニュースでご存知とは思いますが、先週1月24日、海軍の女性飛行士一期生で初のジェット・パイロットだったRosemary B. Mariner元大佐が亡くなりました。空軍パイロットだった父親は彼女が3歳の時に墜落事故で死亡、それでも飛行機好きの彼女は17歳でプライベート・ライセンスを取り、アポロ11号のニール・アームストロング船長と同じ名門、パデュー大学を卒業後海軍に入隊して1974年にクラスの6人と初のNaval Aviatorになりました。特筆されるのは女性として初めてジェット機のコースに進んでA-4,A-7に乗り、1990年7月には初の女性指揮官としてVAQ-34の飛行隊長になったことです。1993年には大佐に昇進して勤続24年の1997年にリタイア、元海軍中佐の旦那とテネシーに住んで地元の大学で教えたりしていましたが、5年前に卵巣腫瘍と診断されて闘病を続けていたそうです。享年65歳。今日2月2日に地元のメイナードヴィルで行われる葬儀では女性アヴィエイターのパイオニアである彼女に敬意を表して史上初の全員女性によるF-18のミッシングマン・フォーメーションが行われることになりました(時差があるのでまだです)。追悼飛行のメンバーの中にはD-Backsが厚木に来た時のメンバーで現在VFA-213のXOになっているLeslie Mintz中佐もいますが、彼女はNFOなので他の誰かが操縦するF型の後席で飛ぶと思われます。多分You Tubeで見られると思いますのでご覧下さい。

写真がないのでM.WADAさんから既出ですが1979年1月4日のVMAQ-2のEA-6Bです。いやWADAさんが全て撮られているのでダブらないようにするのは不可能です。

>K. akatsukaさん、M.WADAさん
「洗い場」のお話、よくわかりました。現在では禁じられているアゴひげや裸で作業する水兵も時代を感じさせますね。南側のエンドからあの砂利というか、大きな石がゴロゴロしていた道を自転車で飛ばしたEchoさんとWADAさんもすごいですね。

Able Dog 2019/02/02(Sat) 19:10 No.1954
Re: NF-xxx番台#13
>M.WADAさん
1968年7月19日に撃墜されたEF-10Bは125793です。
入力ミスで、混乱させ申し訳ありません。

VMCJ-1が使用していたベトナム戦でのコールサインは、Cotton Picker、Pigment、River Boat(一時的?)でPigmentは1967年11月8日から使用されています。

以下、VMCJ-1の使用モデックスについて書かせてもらいます。

EF-10Bのダナン最後のBuNoです。
RM-1 125810 1969/10/03 アメリカに移動後(輸送船?)VMCJ-3に移籍
RM-2 124620 1969/08/18 Cubi Pointに移動後、VMCJ-3に移籍
RM-3 125828 1969/08/18 Cubi Pointに移動後、VMCJ-3に移籍
RM-4 125846 1969/10/03 アメリカに移動後(輸送船?)VMCJ-3に移籍
RM-5 127060 1969/07/23 Naval Air System Commandに移籍
RM-6 127034 1969/09/02 VMCJ-3に移籍(空母で帰国)
RM-7 127047 1969/10/25 アメリカに移動後(輸送船?)VMCJ-3に移籍(11/24)
RM-8 124645 1969/10/25 アメリカに移動後(輸送船?)VMCJ-3に移籍(11/24)
RM-9 125818 1969/09/02 VMCJ-3に移籍(空母で帰国)

EF-10B帰国に伴い、EA-6Aも最新のものに交換され、旧電子機器装備のEA-6AはEF-10Bと同時期に帰国しています。
ここで面白いのはRF-8Aが使用したモデックスRM-13は、RF-4Bと交換されて以来欠番となっています。
1966年10月にEA-6A(RM-16/20)が5機と一緒に配備されたRF-4B(RM-25/33)はRF-8Aのモデックスを避けて割り当てられました。
RF-8Aは12月までミッションを行っていたが、VMCJ-1から退役の予定のため、RF-4Bと一緒にミッションする2ケ月間、RF-8Aが使用していたモデックスRM-10/18を分割(RM-12/15とRM-46/48)したものと思われます。(機数が合わないのは定数に満たなかったのと故障機)
11月にはRF-8A(4機 146860,145636,146858,144619)は空母コンステレーションに移籍され、残りの4機(144609,145615,146861,146865)は11月30日付けでVMCJ-1を離れました。
RF-8AをVMCJ-1で運用しなくなった1966年12月からRM-10/15とRM-21/24が1968年1月まで欠番となり、2月にモデックスの再編を実施しましたが、RM-13は欠番のままでした。
RM-00,10,11,12,14がEA-6A、RM-1/9がEF-10B、RM-15/24がRF-4Bに割り当てられています。
1969年1月と7,8,9月にEA-6Aが7機増強されると、RM-30/36が割り当てられ、EF-10B退役と共にそのモデックスに変更されています。(RM-1/7)
うまく文章では説明できませんが、異機種混成の飛行隊の運用の苦労がお分かりいただければと。
MACH3 2019/02/02(Sat) 22:28 No.1955
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