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レターさえあれば、

MACH3さん、皆さん、こんばんは。

我々のように飛行場に集まって飛行機の動きを記録する人間のことを欧米ではPlane spotterと言いますが、特に軍関係者の間ではマニアが尾翼のレターや番号に興味を持つことから「Tail Watcher」と呼ばれることもあります。
近年はレターよりも離陸直後の捻った背中を撮りたいという方も増えていますが、資料派の私はまさにテイル・ウォッチャーでテイルレターの見えない写真は撮らない派です。しかしP-3に続いて2005年からはNALO便の機体からもテイルレターが消されてしまい、テイル・ウォッチの意味がなくなってしまいました。P-3は後に全部ではないにせよテイルレターが復活しましたが、こちらは復活の兆しはまるで無し。レターさえあればC-40はNFがいない時の楽しみとなるのに・・・
写真は昨日の昼過ぎにR/W01を離陸するC-40A 165831です。

Able Dog 2017/09/22(Fri) 18:00 No.258 [返信]
Re: レターさえあれば、
2002年5月22日厚木R/W19に着陸する、上と同じC-40A 165831です。今ではテイルレターだけでなく星条旗や胴体のUNITED STATES NAVYの文字、部隊名も全て消されていますので、改めて見ると当時は随分派手でしたね。

Able Dog 2017/09/22(Fri) 18:03 No.259
Re: レターさえあれば、
>Able Dogさん
記録を取り続けるのは地道で大変な作業ですね。
しかし、これが後に大変な記録となるのですが写真と同様に持ち主がいなくなるとどうするかが問題となりますね。
このような貴重な資料を理解してくれる人が中々いませんので、私は自分の撮った写真はネット上に拡散してしまおうかとも思っていますが?これもどうしたものかと。

太平洋戦争で沢山の飛行隊が編成され、終戦と共に本国に引き揚げてきた部隊の判別に困ったアメリカ海軍が考えたテイルコードシステムは、我々の興味をひきました。
そして現在は飛行隊数も減り、目視で確認できずとも不便ではなくなったようです。
BuNo.170000はまだですかね。

ところで、CVW-5が岩国へ移動し始めたのを機に当BBSでCVW-5の特集でもしようかと思っています。
現在は何かと忙しく、おって時期をご案内したいと思っています。
MACH3 2017/09/23(Sat) 09:42 No.260
Valley Forge

MACH3さん、皆さん、おはようございます。

一昨日の正午前、厚木にARMYのC-37Bが飛来しました。ARMYの3機のC-37はそれぞれ陸軍の戦った戦闘の年号にシリアルの末尾4桁を合わせていて、97-01944はノルマンディ、02-01863はゲティスバーグ、そしてこの04-01778はヴァレイ・フォージとコクピット下に細い筆記体で書かれています。

ノルマンディは説明不要と思いますが、ゲティスバーグはリンカーンの演説でも有名な南北戦争の激戦地、1778年のヴァレイ・フォージは戦場ではなく、独立戦争時にジョージ・ワシントン率いる米軍が宿営して訓練に励んだ場所だそうですが、空母CVS-45にも名がつけられているので海軍マニアにもおなじみですね。陸軍の話でどうも失礼いたしました。

>ハッチさん
観音崎でスタリオンが撮れるなんて、ビックリです。しかもこの低さ、二度とないチャンスに思えます。

Able Dog 2017/09/17(Sun) 10:35 No.251 [返信]
Re: Valley Forge
15日は前日夕方降りたF/A-18Dのフライト音をアルバイト先で聞いていました。
お昼で仕事が終わり、急いで2度目のフライトに駆けつけました。
離陸を撮ってから着陸に行こうとしたのですが、南風が吹いていてので待っていましたが変わらず。
着陸予定時間を計算に反対側に行くことに決め車を出発、途中でランチェンを知りまた戻りました。

>ハッチさん
思わぬ場所でスタリオンに出会えたましたね。

>Able Dogさん
海軍のC-20もARMY機と関連あるのでしょうね。
横田中止ではなかったみたいですね。

MACH3 2017/09/18(Mon) 04:46 No.252
Re: Valley Forge
ランチェン作業のため上空でホールド中のF/A-18D。
少し晴れ間が出ましたが。

MACH3 2017/09/18(Mon) 04:48 No.253
Re: Valley Forge
風が変わり降りてきたC-20G

MACH3 2017/09/18(Mon) 04:50 No.254
Re: Valley Forge
>MACH3さん
金曜日はもうDTが戻って来るころになってから、南側にいた私にとっては最悪のタイミングでのR/Wチェンジでしたが、DTが予想外に1時間半あまりも飛んでくれたのでなんとか間に合って戻りを撮ることができました。日差しが出て午前中の降りより良かったです。

Able Dog 2017/09/18(Mon) 20:25 No.255
NF厚木最後の夏

MACH3さん、皆さん、おはようございます。

CVW-5のCQも昨夜で終わり、厚木は静かになったようですね。今回は土日に母艦との行き来が多数あって平日基地へ来られない人も撮れて良かったですね。先月7日に厚木へ戻って以来、CVW-5のいる最後の夏というのに天候に恵まれず、なかなか強い光の下で撮れなかったのですが、私は最後になってやっと500番を最高の日差しの下で撮ることができました。

Able Dog 2017/09/11(Mon) 09:55 No.246 [返信]
Re: NF厚木最後の夏
昨日は離陸をと思っていましたが、信号待ちで着陸を見て急遽北側へ行きました。
慣れないサンニッパ1本でしたが、それなりに楽しめました。

昨夜は10時過ぎまで離陸機があったようで、やっと静かになるのか?寂しい思いです。

MACH3 2017/09/11(Mon) 10:14 No.247
Re: NF厚木最後の夏
9月8日、空母レーガンの見送りに観音崎へ行ってきました。
浦賀水道では海自の「いずも」が横須賀への入港と重なり
2隻が交差するシーンがありました。

YouTyube https://youtu.be/DzGA_MzRXnQ

ハッチ 2017/09/14(Thu) 22:53 No.248
Re: NF厚木最後の夏
厚木が寂しいときは艦船など船マニアに専従しています・・・
なかでも東京湾に出入りする船舶が一番陸に一番近い観音崎では
上空を陸自・海自・海保などのヘリが通過します。

9月14日今日は運よくマリコンのCH-53Eが通過ビックリ!横田から?

YouTube動画 https://youtu.be/T7bf7m0Xfx8

ハッチ 2017/09/14(Thu) 23:08 No.249
Re: NF厚木最後の夏
静かな厚木と思ったら9月15日(金)バットさんが飛んでいると・・・
F/A18C/Dのエンジン音が大好きで、午後から行って来ました。

3年前大雪でニッピ格納庫が陥没、壊れて野ざらしのP-3C×4機〜が
スクラップ中でした、これで背景はスッキリかも。

動画 https://youtu.be/cuXYAcLqz5o

ハッチ 2017/09/16(Sat) 19:18 No.250
出港近し

MACH3さん、皆さん、おはようございます。

CVW-5は秋のディプロイメントを前に今月厚木でFCLPを行い、岩国移転後はこんなに飛ぶことはなかろうと地上も大変な人出でした。最終日の5日火曜日も雲は多かったものの、日中40機以上がフライトしてそれを飛行機の数の何倍もの人が撮りました。写真はFCLPではなく通常の訓練から戻ってフル・ストップしたVFA-27の200番、辛うじて薄日が当たっています。

Able Dog 2017/09/07(Thu) 09:55 No.241 [返信]
Re: 出港近し
>Able Dogさん
基地周辺からはクレームが多かったようですね。
50周年記念のパッチと尾翼の塗装は何時消えるか気になるところです。

VA-27が初めて厚木に飛来したのは1968年10月13日のCVW-14雨のFly-inでした。
この時のCVW-14は新設のVA-97もA-7Aで乗艦し新生コルセア2飛行隊と言う当時では最強の攻撃航空団でした。
モデックスはVA-97が500番代、VA-27が600番代を使用していました。

MACH3 2017/09/10(Sun) 06:23 No.242
Re: 出港近し
当時としては珍しいFly-in時の吊るし物。

MACH3 2017/09/10(Sun) 06:25 No.243
Re: 出港近し
翌年の2度目となるベトナム展開はモデックスが400番台に変更されていました。

MACH3 2017/09/10(Sun) 06:26 No.244
ミッドウェイ最後のXOは今

MACH3さん、皆さん、こんばんは。

横須賀を母港にしていたCV-41 ミッドウェイの最後のXO(副長)として着任したJohn F. Schork中佐は父親が海軍大佐だったため横須賀の生まれ。1972年にアナポリスの海軍兵学校を優秀な成績で卒業後、NFOになるとVA-128で訓練を受けてA-6のB/N(爆撃航法士)となります。初めてのフリート・スコードロンとしてVA-95に配属されると空母コーラル・シーでの航海中ベトナム戦争の最終章、マヤグェス号事件に出撃しました。その後は海軍士官として飛行隊勤務と本国の陸上勤務を交互に重ねていきますが、なぜか飛行隊勤務ではVA-95に3回も勤務して最後はGreen LizardsのCOになりました。当時は今より飛行時間も多くてSchork中佐は飛行時間3,700時間、着艦回数1,000回を記録してテイルフック・グランドクラブ入りしています。

ミッドウェイではキレ者として知られたArthur K. Cebrowski艦長の下で湾岸戦争に出撃、さらに最後の艦長Larry L. Ernst大佐と共に母艦を18年ぶりに本国へ回航して解役に伴う山のような仕事をこなしました。ミッドウェイ勤務の後は大佐に昇進しましたが当時は空母のXOがCOになるわけではなく、A-6出身者らしくNAS Whidbey Islandの基地司令,そしてキティホーク・バトルグループの参謀長を最後に1998年に勤続26年で退役しました。

その後は何を思ったか、というのは失礼ですが小説家に転身して「The King’s Commander」という小説を発表します。「Flight of Intruder」以来、元アヴィエイターが小説を書くのは珍しくはありませんが、これはベトナムでも航空戦でもなくて第二次世界大戦の諜報戦のお話でamazonでの読者の評価も悪くはありませんが売れ行きは芳しくなかったようです。その後も大佐は数冊の小説を発表していて昨年は「The Right War」という小説を出版しました。今度はクリミア戦争の騎兵の物語らしく、これもあんまり売れそうもない話です。

写真は1984年10月14日、横須賀基地に停泊するミッドウェイです。

Able Dog 2017/09/04(Mon) 21:25 No.239 [返信]
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