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NF-xxx番台#20

皆様、おはようございます。
レスできず、申し訳ありません。
当BBSも今月を持って終了とさせていただきます。
長い間ご協力ありがとうございました。

さて、4月よりHPの装いを変更します。
先般のご案内では5月をもって終了の予定でしたが、1年延長することとなりました。
今後、年度ごとにタイミングを見て続行を判断することになるかと思います。

リニューアルしたHPにはBBSを2つ用意いたしました。
「My Collection」と「私のアルバムから」という大きなテーマで皆様の撮影された写真をご紹介して頂ければと思います。

このスレッドもあと1週間少しですが続けていきますので、よろしくお願いいたします。

MACH3 2019/03/23(Sat) 06:35 No.2133 [返信]
Re: NF-xxx番台#20
皆さん、こんばんは。

現在の気温が5.5℃と昨日と比べると格段に寒く、治りかけていた腰痛が酷くなりそうで嫌な感じです。

今朝6時35分、MACH3さんからアナウンスがあり、今月いっぱいで当BBSが終わりとの事。

慣れ親しんできた「Checkertail BBS」が無くなるのは寂しい限りですが、
4月からは新しくチェッカーテイルBBS-Uが再スタートと聞き、胸を撫で下ろしました。

実を言いますと、MACH3さんに誘われて当BBSを彼に手取り足取りされながら始めた投稿が
いつの頃からか体に馴染み、生活の一部となっていましたので、
もしBBSが終了してしまったらどうしよう”仕事がなくなっちゃう!”との危惧を抱いていたのです。

「人様に見せる為」、なんていう気持ちで撮っていた訳ではなくただただ自分の満足の為だけに撮っていた事を気付かせてくれたきっかけが
MACH3さんが自分にかけた一言”I・Nに写真を出してみないか"でした。

MACH3さんの考えは自分と対極にある考え方だったので何日も思い悩む事となります。
花屋の事務室で聞いた彼の一言一言を反芻しながら眠りについた日々。
そして頭に浮かんだ言葉が”やってみるか、”、MACH3さんが言った”見てる皆が喜べば、それでいいじゃん”

その結果、このような形で作品を発表するとは夢にも思っていませんでしたし況や、I・Nでの発表など想像だに出来ませんでしたから
そのこと一つとってもMACH3さんにはどんなに感謝してもしきれない思いでいっぱいです。

新BBSの内容も「My collection]と「私のアルバムから」の2大テーマに衣替えしての出発との事で、
皆さんからのお便りに期待が膨らみます。

自分も、今からどのような方針で投稿を展開していくかを思い巡らせるのが楽しみになって来ました。

さて、当BBS終了迄一週間余りですが、現在進行中のVRC-50/C-1Aの後は、同じくVRC-50/C-2A,
そして「NF-xxx番台」の最後はCVW-5へVERTREP(Vertical replenishment)展開していたH-46を予定していましたが、
ご案内の通りの状況の為、一週間ではご紹介できないボリュームがある為、
一先ず、VRC-50/C-1Aで一区切りとして、残りは新BBSに持ち越しとなりそうな気配となって来ましたね。

1976年10月7日(木曜日)岩国経由でCV-41へ向かう為、9時17分、厚木R/W-01を離陸するRG-323/136791.
この日の外来機はRG-056/424/425,YF-15,TC-177,SZ-838,WB-00,PR-01/40,TF-20,TG-32,USAFのUH-1.
マニアは12人がエンドに来ていました。
因みに、136791は1971年8月の厚木飛来時はCVA-34 USS ORISKANY所属機となりMdx-000を使用していました。

M.WADA 2019/03/23(Sat) 16:34 No.2134
Re: NF-xxx番台#20
皆さん、こんにちは。

昨日アップしたRG-323の続きですが,今回のテーマと違いCV-64へのCOD任務に就いていた時のRG-323のご紹介です。
1977年10月27日(木曜日)8時49分、厚木R/W-19からCV-64に向け離陸の為、通常使用する誘導路DWを避け、
CWを経由してR/Wに乗りR/Wエンド迄タキシーし離陸するという
変則的な行動をしたため、撮影する、こちらはとしては、シャッターチャンスに迷いました。

アップした写真を見る限りでは、単にR/W-01着陸後エンド迄転がってきたとしか見えないと思いますが、
斯く言う自分も手帳を見るまでは全く気が付きませんでした。
此の事をしても、改めて手帳記載の重要性を再認識せずにはいられませんでした。

この日、CVW-5機は3機がフライトを実施。
外来機はMCAS FUTEMAのUS-2A/136613,RG-324/353/427/787,QD-812,TF-10/16,TH-51,SA-03/04,PR-004.

そして当時日本近海を遊弋中のCV-64 USS CONSTELLATION搭載のCVW-9(NG)機が度々厚木へ飛来中で
当日もVA-147/A7E,156834,NG-400がCV-64へ帰鑑。NG-412,157479がCV-64から厚木へ飛来。RG-323も16時47分CV-64より厚木へ帰還。
又、CVW-5のフライトラインには5機のCVW-9機(NG-100/113/202/304/504)が駐機するというNAFらしい光景が目を引きました。

一方、アメリカ本国ではCV-63 USS KITTY HAWKがWestPacクルーズへ旅立ち、11月8日にフライオフしたCVW-9機に変わり、
このCVW-11(NH)機も14日後の11月22日には12機が厚木へフライ・インと
今では考えられないパラダイスな厚木を満喫したマニアはたったの6人と信じられない少人数だった42年前の厚木の出来事でした。

M.WADA 2019/03/24(Sun) 10:44 No.2135
Re: NF-xxx番台#20
1977年11月27日(日曜日)、朝方CV-63 へ向け飛び立ったRG-323が14時27分、厚木R/W-01へL/D.
当時は連日CVW-11(NH)機が10機前後訓練飛行を繰り返す中、UEのT/A-4E/Fも訓練に参加、海兵隊のDB,VK,YTも飛来と
自分の現役時代中、最も充実した時期でもありました。

外来機はNH-000(C-1A/146042/CV-63),RG-354,RD-11,ZE-2,RU-113,PR-007,MCAS IWAKUNIのC-117D/50801,PD-4、WX-18(OV-10A).
マニアは当時としては大人数の52人でした。

M.WADA 2019/03/24(Sun) 10:47 No.2136
Re: NF-xxx番台#20
↑の続きの送りショットですが、見ての通り、このアングルから撮影しない限りT/CのRGが確認できず、↑のショットでは
水平尾翼に隠れT/C-RGが見えずノーマーク機としか見えません。
何故このように見えにくい所に書き込んだのか真意が理解できませんね。

M.WADA 2019/03/24(Sun) 10:49 No.2137
Re: NF-xxx番台#20
皆さん、こんにちは

1977年9月16日(金曜日)8時46分、NAF MISAWAに向け厚木R/W-01を離陸するRG-324/136776.
前日、三沢で一般公開されたNF-113/410/500のグランドクルー達のピックアップ用に使われたのもで、
他にVF-24"Fighting Renegades"のF-14A/159592/NG-200も展示されました。

M.WADA 2019/03/25(Mon) 12:05 No.2141
Re: NF-xxx番台#20
↑と同じ日、三沢からの帰り、14時49分、気温23℃の中、R/W-01へのL/Dショット。

この日は三沢から戻ったCVW-5機の他に15機がフライトを実施。
外来機はNAS CUBI POINT のC-117D/12435,TH-51,PR-41,RG-353/425,QD-800,RW-051,SA-11,RF-613,RD-6,DW-10.
そしてVS-21のS-3A/160158,NG-701が17時30分L/D. マニアは6人がエンドに来ていました。

又、当日は松島と八戸も一般公開され厚木からも各二名が遠征。

因みに136776は1966年にはVR-21,RZ-2からCVS-12 USS HORNET #-776と所属替えし厚木にも飛来しています。
VRC-50の後、1984〜1986年代はNAF MISAWA #-776となって飛んでいました。

M.WADA 2019/03/25(Mon) 12:06 No.2142
Re: NF-xxx番台#20
1977年11月19日(土曜日)11時22分,三沢で移動訓練中のCVW-5機の支援の為厚木と三沢間を連日行き来した任務を終え、
岩国経由でフィリピンのキュービーポイントへ帰るRG-324/136776.

この日,7時30分から9時にかけR/Wクローズされヘリ以外のフライトは無し。
このR/Wクローズは、其の日その日で時間が変わりマニアにとっては(勿論航空機も)大変迷惑な出来事が年末まで続きました。

外来機はYT-12/14,NH-712(VS-21,US-3A#157998),UE-02/04,RG-427.
又、横田ではCoast GurdのHC-130B/1342,DB-05/08/09を目当てに厚木からマニア8人が撮影に訪れていました。

M.WADA 2019/03/25(Mon) 12:08 No.2143
Re: NF-xxx番台#20
1984年2月16日(木曜日)11時、前日降った雪が約1メートルも残る厚木R/W-01エンドで撮影したNAF MISAWA所属のC-1A/136776.
この残雪の為、マニア達の厚木到着は大幅に遅れ、基地近郊のマニア以外は、何れも午後1時過ぎ、
中には午後4時近くになって到着した者もあり、全員疲労困憊のグロッキー状態。
R/Wも01→19→01と激しく使用滑走路も変わるし日中の気温も6℃と寒く座るところも無く立ち続け。
オマケに雪で足先が冷たくトイレに行くのも難儀でした。

そんな困難な撮影環境にあっても、屈せることなく此の日厚木に来た15人のマニアは、
皆、十分苦労する価値があると信じ行動した連中で、結果はどうあれ貴重な思い出として記憶に刻まれたことは確かです。

因みに、当日撮れた航空機は、MWHS-1のCT-39G/159364,C-12C/76-22562/78AVN,USARJ,UC-12B/161501(8A)/161198(8A),
C-1A/146056(NAF MISAWA),YN-655,NA-265-40/FAA-87,TG-37,PR-31.
海自は3FSのP-3C/5010/5003/5006/5005/5004/5012,P-2J/4766/4779,VX-51のP-3C/5009/5016/5008,202ATSのB-65/6710/6712,
31FSのB-65/6715,2FSのP-2J/4770,61FSのYS-11M/9044/9043/9042,HS-101のS-61A/8182,VX-51のHSS-2/8064/8078.
以上、主なフライト機を列記してみました。

M.WADA 2019/03/25(Mon) 12:09 No.2144
Re: NF-xxx番台#20
MACH3さん、皆さん、こんばんは。

最近スレッドが更新されないので数日間見ていませんでしたが、今日開いたら今月でこのBBSは終了とのこと。5月位まで続くと思っていたので急なお別れという印象ですが、始まったのがいつだったか、ともかく長い間お世話になりました。ここに投稿された過去の写真や解説は市販の雑誌等では見られない物、マニアならではの話が多くて本当に貴重な記録でした。また私の拙い投稿を読んで下さった皆様にも感謝申し上げます。

写真はミッドウェイとは離れますが、1981年9月6日の三沢航空祭に展示されたNAF MISAWAのC-1Aです。私のポリシーに反して尾翼が写っていませんが、プロペラ先端の危険防止の白赤白塗装が好きなので、気に入っている一枚です。

Able Dog 2019/03/25(Mon) 20:30 No.2145
Re: NF-xxx番台#20
>M.WADAさん
1983年8月13日のC-1の離陸は、この日CV-41が周辺自治体の希望者を乗せて出港、キャリアー・オペレーションを見せるというのでNFの離陸を待っていたら上がって来たものです。しかしNFが上がり始める前にYDのP-3が来るというので北側へ移動しました。

CVW-5の移転後の今も毎日厚木に通っているのは横須賀のベテラン・マニアのSさんぐらい、この方はNFがいなくても絶対に通い続けると思っていました。あとは比較的近くのマニアが時々様子を見に寄られるのと、定年後にカメラを買って撮り始めたデジカメ世代のお年寄りが目立ちます。何もないのに毎日通うのは大変ですから、飛来情報を聞いてから駆けつけて間に合う人でないと今の厚木で成果を得るのは難しいですね。

このBBSでは私の投稿に対してM.WADAさんにはいつも暖かいお言葉をいただき、ただ、ただ感謝です。最近はこのサイトを見た人に会うと、全ての人がM.WADAさんの写真に驚き、称賛しています。まさにMACH3さんが言われたように「見た人が喜んでいる」のです。今後新しいBBSでWADAさんのNF以外の写真も投稿されるようになると、驚きはさらに広がるでしょう。

最後にスレッドのテーマから外れますが、M.WADAさんの目撃されたP-8は撮り逃がしたので、その前の週3月14日に飛来したLFのP-8の離陸をUPさせていただきます。

Able Dog 2019/03/25(Mon) 20:34 No.2146
Re: NF-xxx番台#20
皆さん、こんにちは。

>AbleDogさん

いつもAble Dogさんの写真を見、独自調査のコメントを読むのを楽しみにしていました。

当BBSは今月いっぱいで終了となりますがK.akatsukaさんとMACH3さんのご厚意により
来月からリニューアルしたHPでスタートを切ることが出来感謝の気持ちでいっぱいです。

Able Dogさんも、今後も絶えることなく独自の視点からの投稿をお願い致します。

1983年8月13日(土曜日)にCV-41への体験搭乗が実施されたとは知りませんでした。

実はこの当時、自動車事故の為、病院へ連日通院中で厚木には行けませんでしたので、
事前に分かっていたとしても無理でしたね。

Sさん、お元気なんですね。Sさんは当時から厚木の巌窟王として知られていた方ですから
AbleDogさんのお話を聞いて、さもありなんと納得しました。
お会いしましたら、宜しくお伝えください。

デジカメ世代のお年寄りカメラマンが目立つそうですが、自分は現場へ行って見たことがないので何ですが、
ベテランマニアとの交流があり、US NAVY 機の良さを分かち合え理解し深め合えるのであれば結構なことだと思います。
歳をとっていてもいなくても、同好的結合は楽しいし、何より老化に対する一番の特効薬と思うからです。

今後新しいBBSへの投稿に際してはAbleDogさんの仰ったようにNF以外の写真も考えているのですが
未だ其方向性を見出せないでいます。

但し、出来るだけ今までアップしたのもではなく例えばUSAF,US ARMY,USCG,JA/M/GSDF,
そしてROKAF,RTAF,RAAF機等を考えております。

3月14日(木曜日)厚木R/W-19を離陸するLFのP-8,背景の雲と機体のバランスが絶妙で決まっていますね。

この画像を反転させバックの雲を丹沢としたものが、3月19日(火曜日)10時15分、R/W-19で離陸したP-8そのものです。
自分はVP-16(LF)は1982年の2月に撮ったLF-8/P-3C一度だけで、なかなか撮ることの出来ない部隊のP-3Cでした。


1979年8月2日(日曜日)、AbleDogさんが三沢でC-1A#039を撮っていた時、厚木では南の角を回ってUE-10が嘉手納に帰り、
NF-412と502が離陸して一日が終わり、結果的にはAbleDogさんの判断は正解でしたね。


1978年8月2日(水曜日)気温32℃の中、12時丁度、厚木R/W-19へ着陸するRG-325/146039.

この日、9時30分から12時15分にかけて14機のCVW-5機がフライ・イン。 CV-41も横須賀へ帰港しています。
外来機はRG-423/424/787,TF-12,WKのA-6E,SFのP-3C,YF-665,MACのC-130Ex2機。 マニアは26人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/26(Tue) 15:16 No.2147
Re: NF-xxx番台#20
1978年8月14日(月曜日)9時50分、厚木から三沢に向け飛び立ったRG-325は、その日の午後再び厚木R/W-19へと戻って来ました。
この日のデータはRG-321の項(No-2122)でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/03/26(Tue) 15:20 No.2148
Re: NF-xxx番台#20
VRC-50からNAF MISAWA所属へ配属替えとなったC-1A/146039の姿です。
撮影は1982年12月20日(月曜日)13時32分、厚木R/W-19へ着陸進入するNAF MISAWA #-039.
この日のデータはRF-115の項(No-2037)でご紹介済みですので省略致します。
因みに、この146039は1968年当時はCVA-43 USS CORAL SEAの所属機でMdxは000を用い、機首には赤いムスタングが描かれていました。

さて此処でVRC-50/C-1Aのご紹介は終わりです。ミッドウェイへのCOD以前のショットは今回割愛いたしましたが、
今後、機会ある時にご紹介できればと考えて居ります。

当BBS終了迄残り5日間となりました。

自分はBBS開設後、暫くしてからの参加でしたが、今現在に至るまで、このような永きに亘り参加できるとは思っても居ませんでした。

これも偏に皆さん方全員のお力添えの賜物と感謝致して居ります。

最後まで「チェッカーテイルBBS」へ足をお運び閲覧頂きまして、本当に、ありがとうございました。

来月から始まる新BBSで再びお会い出来ることを楽しみにして居ります。

M.WADA 2019/03/26(Tue) 15:22 No.2149
Re: NF-xxx番台#20
>Able Dogさん
突然で申し訳ありません。
5月で終了予定でしたが、K.Akatsukaさんと相談の結果で1年延期することになりました。
実はこのシリーズもネタ切れで、止めるかどうか話し合っていました。
今回、CVW-5シリーズも出尽くしたのではないかとの判断で5月を待たずに新企画のBBSでスタートしようとなりました。
HPも一新し、BBSが2つと厚木の歴史(以前のもの)だけとなります。
厚木の歴史は中途半端で更新停止になっていましたので、こちらも今後更新を行っていく予定です。
BBSはテーマは2つのみですので、どちらかの話題がありましたらご参加ください。

今後ともよろしくお願いいたします。
MACH3 2019/03/28(Thu) 22:04 No.2150
NF-xxx番台#19

おはようございます。
我家での野暮用が多く中々更新できませんでした。

>M.WADAさん
C-1Aもいろいろな塗装パターンがあったようですね。
離陸は高いと頭から決めつけていたのでスルーしました。

>K.Akatsukaさん
NKC-135は話には聞いていましたが、見たこともありません。

ネタ切れですがもう少し続けますか?
これも流行?でしょうか。
空母名を縦書きにしたCOD機が当時は多かったようです。

MACH3 2019/03/07(Thu) 07:07 No.2094 [返信]
Re: NF-xxx番台#19
「Migコレクション」のCAGシリーズです。
VA−115の低い離陸ショット。このとき一緒だったような気がしますが、私のショットよりシャープです。
A−6もVA−115もずいぶん昔の話のように感じるようになりましたね。1995.8.16

K.akatsuka 2019/03/07(Thu) 15:29 No.2095
Re: NF-xxx番台#19
続いてVF−21の200番。
タンクが無いとF−14も“極まり”が悪いように感じますね。
ですが、好天気で光線状態の良い時に撮るには相当数“アツギ通い”しなければなりません。Iguchiさんならではのショット。1994.4.8

K.akatsuka 2019/03/07(Thu) 15:36 No.2096
Re: NF-xxx番台#19
情景写真と標本写真の見事な融合。角度もドンピシャ!!
額に入れて部屋に飾りたいような素晴らしい写真(作品)です。1999.1.26
このときの100番は、調子が良くなく余りフライトがなかったようで、私は浮いてる写真を1度も撮れませんでした。

K.akatsuka 2019/03/07(Thu) 15:43 No.2097
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは。

>K.akatsukaさん
自分の現役時代にデビューしたA-7,EA-6B,F-14,AV-8,すべて退役して眞に「老兵は消え去るのみ」。
マニアが月日の流れを実感させられるのは、このように”新鋭機”だった機体が消えた時ですね。

>MACH3さん
C-1Aは、輸送が主な役割の航空機故、派手さはありませんでしたが
艦長が交代するタイミングで、塗装のマイナーチェンジが行われ楽しみの一つでした。
アルファベットの縦書きも、アメさんには新鮮に映ったようで他の空母所属のC-1Aにも見られましたね。

確かにC-1Aの離陸は十中八九は高かったと思います。
加えて機体も小さく,撮り辛さはT-39やAV-8と並んでトップスリーのひとつでした。

今回の「NF-xxx番台」のテーマを、またまた外れますが、JRB-4(C-45B)の続きで,
厚木最後のR4D-6の紹介をさせて下さい。

1944年9月24日、R4D-6-DK C/N 14643,が USAAF 43-48827として米空軍に登録。
1944年10月3日、US NAVYへ移管。BuNo 50745として登録。
1958年11月、空母アラメダに載せられ横須賀へ到着。ここからは推測ですがバージで杉田ニッピへ回航され
      機体組み立てと点検をし 再びバージでALF KISARAZUへ運ばれ、一旦、厚木へ降りてから離陸し
      海自205空に引き渡されたのではないかと思われます。このC/N 14643はカ-9021として運用を開始。
1971年12月20日、厚木の61FSへ移管され運用開始。
1972年3月、 61空より引退。10月に用途廃止され、以後、厚木基地西側エプロン南端に放置される。
1974年12月28日(土曜日)、岩国よりH&MS-17(SZ)のC-117Dが着陸後、同部隊整備員とNAVYメインテナンスが
      R4D-6をチェックして回りベースオペレーションへ入っていった。
1975年1月、 Nナンバー(#9021=N-62428, #9022=N-62427)取得。
1975年2月1日(土曜日)#9021はエンジントラブルで始動できずエンジンテスト断念。
      以後、整備点検とエンジンテストを繰り返す。
1975年2月13日(木曜日)元#9021/N-62428が午後テストフライトを実施。
      そして厚木R/W-19を鹿児島へ向かい離陸。
      この離陸が元#9021/R4D-6の最後となりましたが、墜落するのではないかと思われるような危なっかしい離陸でした。
1975年2月24日、鹿児島空港を離陸しフィリピンへフェリーされる。
      その後、N-62428はDelta Air Corp,Manila所有のRP-C14となる。
1981年   RP-14CはVictoria Air,Manila所有となる。
1989年11月15日、フィリピンに於いて墜落事故を起こし機体は失われ登録抹消。
      
以上が戦時中生まれのC/N 14643、45年間の歴史をご紹介致しました。

アップしたR4D-6のショットは1975年2月13日午後に行われたN-62428のテストフライト時のL/Dですが
どうしても地上部を入れ厚木と分かる画を撮りたくて、わざわざ”お墓”の樹によじ登り撮影したものでした。

因みに#-9022/N-62427は
1972年10月30日、厚木で引退セレモニー挙行。
1972年10月31日、用途廃止。
1975年2月1日(土曜日)無事エンジンスタート後、R/W-01を使用し離陸滑走に移るも離陸断念しタキシーバック。マニア2人。
1975年2月8日(土曜日)漸くテストフライトを実施。垂直尾翼に書かれていた「61」の「6」のみ記載、Mdx-22は健在。マニア4人。
1975年2月18日(火曜日)ベースオペレーション前でお別れセレモニー後、13時40分、R/W-01を用いて厚木最後のT/O.
この日、9時11分から17時55分にかけて47機のCVW-5機がフライ・イン。午後、横須賀へCVA-41が帰港。
その為、既にマニア間ではR4D-6のラストT/Oは知れ渡っていたものの、フライ・インに魅了され誰もCVW-5機を捨ててまで、
R4D-6を撮りに行く者は居なかったと思います。 斯く言う自分も、足を”老兵”に向けることはありませんでしたが、
今になれば、当然、CVW-5機を捨ててR4D-6を撮るべきだったのは言を待ちません。

海自の資料によるとR4D-6は1962年より1965年の間、ひと月に180時間フライトし、
#9022は製造後通算20.000時間フライト。280,0000マイル飛行、航空燃料は200,0000ガロンを消費、輸送人員は20,0000人以上と
驚異的な数字を記録したとありました。


        

M.WADA 2019/03/08(Fri) 15:43 No.2098
Re: NF-xxx番台#19
>WADAさん

じつは私もはじめは“先の尖った”ヒコーキばかり追いかけ、C−47やC−54には余り興味が湧きませんでした。
その手の航空機の価値観に気づいたのは若さも峠を越し、中年マニアの域に入った頃でした。
世界にはC−47、DC−3を研究しているマニアは大勢居て多数の著作が各国から出版されてますね。
C−47研究者にとっては“ジョリー・ロジャース”のF−4より、この元海自のNレジR4D−6の写真のほうが
喜ばれるのではないでしょうか。
K.akatsuka 2019/03/09(Sat) 18:23 No.2099
Re: NF-xxx番台#19
MACH3さん、皆さん、おはようございます。

>M.WADAさん
私がエンドに通い始めた時は既に海自のR4Dは用途廃止で撮ることは出来ませんでしたが、1975年にもNナンバーで撮る機会があったのですね。撮れただけでも大収穫なのに、厚木とわかる写真にしようと木に登って撮られたところがさすがWADAさんですね。
R4D-6Qは今も鹿屋の航空公園に保存されているはずですが、2015年4月に見た時は雨ざらしで、いつまで持つか心配な状況でした。イギリスだったら修復して飛ばすところでしょうが、日本でも飛ばないまでも、きれいに修復して屋内に保存して欲しいものです。

Able Dog 2019/03/12(Tue) 08:52 No.2101
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

関西の友人の依頼で調べものがあり、暫く投稿をお休みしていました。
季節は春に移り気候は過ごし易くなって来たものの、花粉症持ちの自分には憂鬱な季節です。

>K.akatsukaさん
手帳を確かめると、1971年の厚木移駐前にR4D-6の9021と9022は頻繁に鹿屋から飛来していましたが
殆んど見向いもせずレンズを向けなかったため、数えるほどしかショットがありませんでした。
米軍からたった4機しか供与されなかった”超希少機”との認識が欠如した結果は、もう取り返しがつきません。

Migコレクション、素晴らしいですね。

自分がリタイアした後も、先輩や同期のマニアの方々がエンドに復帰してくれたお陰で、
厚木の90年代以降も、居ながらにして鑑賞でき幸せです。

然も熟練した撮影技術に裏打ちされた作品ですから、存分に堪能でき時間を忘れる程見入ってしまいました。
K.akatsukaさん、作品のご紹介に感謝いたします。

>AbleDogさん、
鹿屋に行ってR4D-6Qを撮っているんですね。流石AbleDogさんですね。
205空の9023番は厚木に飛来しているんでしょうかね?自分は厚木で、その姿を見たこともありません。9024番も然りです。

AbleDogさんの仰る通り、世界的に見ても貴重な存在と思われる、このR4D-6Qを是非、より良い状態で保存展示して頂きたいですね。

厚木だけでなく、各地の自衛隊基地へも精力的に出かけ撮影を行っているのをFBで見て知りました。

今はAbleDogさんの人となりが分かりますが、自分の現役当時は、それが判らず、目の前に居ても世間話ばかりで、
時間を無駄に潰したことが残念でなりません。
矢張り、ableDogさんとお話するには"エンド”に出向かないと無理なのかもしれませんね。


1978年3月2日(木曜日)11℃、14時3分、厚木R/W-19を離陸してCV-41へと向かうC-1A/146036#600.
艦長はCAPT THOMAS F. BROWN Three.

この日の朝、チームスピリット’78に参加する為CV-41が横須賀を出港。

それに伴い10時4分から16時34分にかけて28機のCVW-5機がフライ・オフ。
外来機はRG-354/793,RP-31,SGのP-3Cx2機、PE-2,MCAS IWAKUNIのC-117D/50833,TH-51,TF-17.、CT-39A/60-3490/475ABW,PACAF.
そしてPR-00(TA-3B)が厚木とCV-41間を往復しています。 マニアは30人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/12(Tue) 14:54 No.2102
Re: NF-xxx番台#19
1978年5月24日(水曜日)気温24℃、11時35分、厚木R/W-19を離陸した"NF-600"は正午過ぎよりT/Gを繰り返しました。
写真は12時35分T/G中の同機。このT/G訓練は延々と14時21分にかけて行われました。

当日、CV-41が横須賀へ帰港。
外来機はRG-353/423/424/425,YT-650/653,SG-2,USAFのC-130Ex2機、NAF MISAWAのC-1A/136519,PR-006,RF-611/613.
マニアは6人がエンドに来ていました。

写真でもお分かりのように、エンジンナセルに"MIDWAY"の文字と青い魔法の絨毯が描かれていました。
このマークは、当時としてはかなり手の込んだマーキングでセンスも良く、自分も気に入っていたC-1Aでした。

又、"MIDWAY MAGIC"入りでのL/Dは5月21日夜が最初と思われます。

M.WADA 2019/03/12(Tue) 14:58 No.2103
Re: NF-xxx番台#19
↑のクローズアップショット。 綺麗なブルーと繊細な筆致がお分かり頂ける事と思います。
撮影日は6月1日(木曜日)気温27℃、CVW-5機は26機がフライトを実施。
外来機はYT-657,RG-354/787,USAFのC-130Ex3機、NAF MISAWAのC-1A/136519,PR-00,SZ-273,SF-1.

M.WADA 2019/03/12(Tue) 15:00 No.2104
Re: NF-xxx番台#19
1978年6月8日(木曜日)11時5分T/O〜11時8分T/G後、11時32分、厚木R/W-19へ着陸する#600.

バックに写る2本の大木は桜の木で、以前、この場所にはATSUGI FLYING CLUBが使用していたカマボコ兵舎があり、
開花の時期は、とても綺麗だったことを覚えています。

この日は、27機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はPR-00,YT-650/653/657,SA-11,TH-51,RF-613,RW-114. マニアは5人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/12(Tue) 15:02 No.2105
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

1979年に入ると"MIDWAY MAGIC"からNAF ATSUGI独自のシンボルデザインとして有名な”鳥居”を
エンジンナセルに、あしらったマークに変わった#600.

又、Mdxの600,その後方の"E"マーク、そして"NAVY"の文字に白シャドーが付いたことにより印象が変わり
派手さは無いものの歴代ミッドウェイC-1A中でもトップスリーに入る出来だと思いますが、如何でしょう?

撮影はミッドウェイ入港を二日後に控えた1979年6月16日(土曜日)VFRにより厚木の南西45マイルから突然現れ、
17時35分、R/W-19へ着陸して来たところのショットです。

この塗装の機体は、どういう訳か、あまり撮るチャンスがなく色々なアングルを撮る機会がありませんでした。

#-600が降りた当日、19機のCVW-5機がフライ・イン。
外来機はPC-3,SA-11/12,NAS CUBI POINTのC-117D/12435,CY-621/624. マニアは98人がエンドに来ていました。
又、ソ連空母ミンスクがマラッカ海峡を抜けウラジオストクへ向け航行。
折りしも東京サミット直前であり、ソ連による軍事行動と報道されていました。

M.WADA 2019/03/13(Wed) 13:30 No.2106
Re: NF-xxx番台#19
1980年12月15日(月曜日)気温11℃、厚木R/W-01へショートカットで着陸進入して来た#-600.
艦長名はCAPT "E"/NMAN CARMICHAELと読めました。

艦長が交代した為か、前年まで描かれていた”鳥居”や文字に付いていた白シャドーも落とされてしまい、
味気ない塗装に戻ってしまった#-600でした。

M.WADA 2019/03/13(Wed) 13:33 No.2107
Re: NF-xxx番台#19
↑の送りショット。
この日、17機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はPR-004,YR-025,YN-673,RG-422/793.

M.WADA 2019/03/13(Wed) 13:35 No.2108
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

1982年12月20日(月曜日)10時43分T/Oした"NF-700"が午後、厚木R/W-19へと戻って来たところのショットです。

此の時期、CV-41 USS MIDWAYの艦長がCAPT ROBERT S. OWENSからCAPT CHARLES R. MCGRAILへと変わる時期で、
C-1Aの機体マーキングも、新たに変更する為ノーマークとされた時の姿です。

この日のデータはRF-115(No-2037)の項でご紹介済みですので省略致します。
*追加として、UP-3A/150504,PR-00とC-1A/146039も撮れました。

M.WADA 2019/03/14(Thu) 11:29 No.2109
Re: NF-xxx番台#19
1983年12月13日(火曜日)午前中、厚木をT/Oした"NF-700"は14時8分、R/W-19へL/D. 
この時のCV-41艦長はCAPT CHARLES R. MCGRAIL.

この日、7機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はTF-20,PR-010,AF-615,SGのP-3C,TH-61,YN-159. マニアは4人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/14(Thu) 11:31 No.2110
Re: NF-xxx番台#19
1983年12月28日(水曜日)厚木R/W-01を離陸する#-700.
この日、延べ60機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はSGのP-3Cx2機、TH-53,TF-20,RG-422/423,NAF MISAWAのC-1A/146056,TF-12,ArmyのC-12C/72-22946.
マニアは7人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/14(Thu) 11:33 No.2111
Re: NF-xxx番台#19
↑の送りショット。エンジンナセルに"PRESS ON"の文字が見えますが、
空母付きのC-1Aに報道関係者が搭乗するときに、屡、見られる文言で、米海軍流の儀礼の一種のようですが美言ですね。

M.WADA 2019/03/14(Thu) 11:35 No.2112
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

1984年6月18日(月曜日)10時12分、厚木R/W-19を離陸したC-1A/146036,#700は午後再び1R/W-19へと戻って来ましたが
その機首のフラッグポケットには日本の自動車運転初心者が用いる”初心者マーク”が付けられていましたが
コパイは操縦初心者だったのか、今までの米軍機では見られなかった光景でした。

この日、CVW-5機は23機がフライトを実施。
外来機はRU-113,PR-00,YB-6.

M.WADA 2019/03/15(Fri) 13:22 No.2113
Re: NF-xxx番台#19
同じく、1984年8月6日撮影の同機ですが、No-2エンジンからオイルが漏れだしエンジンナセル全体が縞模様になっていました。

M.WADA 2019/03/15(Fri) 13:24 No.2114
Re: NF-xxx番台#19
↑から13日後の同機ですが”初心者マーク”が見当たりません。この日のコパイは正規の資格者?
16時35分T/Oし、一時間後の17時30分L/Dでした。

この日、CVW-5機延べ13機が厚木と空母間を行き来しました。
外来機はRG-422/425,WAのOA-4M. マニアは3人がエンドに来ていました。又、横田ではRF-31が撮れたそうです。

M.WADA 2019/03/15(Fri) 13:27 No.2115
Re: NF-xxx番台#19
1984年8月20日(月曜日)9時36分、厚木R/W-19を離陸し空母へと向かうC-1A/146036#-700"初心者”パイロット?
その後NF-700は10時27分L/D. 午後もCV-41〜厚木間を往復しています。CV-41艦長はCAPT H. P. KOBER JR.

この日、CV-41よりNF-601,414がL/D.
外来機はRG-422/427,QA-2,RF-00. マニアは3人がエンドに来ていました。

さて、ここでCV-41 USS MIDWAY付きC-1Aのご紹介は終わりです。
この146036の退役後の消息ですが1985年8月20日、MASDC入り。
その後、N-32705として登録後NNAM(National Naval Aviaton Museum)管理となり
2004年9月28日よりカリフォルニア州サンディエゴのMidway Museum艦上で展示中です。

因みに、機体Mdxは700番、エンジンナセルには”Easy Way Air Lines"と書き込まれて居り、
”忠実度”という点では疑問符が付きますが、今でも実機を見られるのですから、細かいことは無しですね。

次回からはCVA-41へCOD機として任務に就いていた頃のVRC-50(RG)/C-1Aの御紹介へと移ります。

M.WADA 2019/03/15(Fri) 13:29 No.2116
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

本日よりCVA-41へCOD派遣されていたVRC-50"F00 Dogs"所属のC-1Aの御紹介に移ります。
とは言うものの、実際に空母ミッドウェイへ派遣が確認できたのは6機(RG-300/321/322/323/324/325)と少数でした。
皆さんのコレクションで、他の機体も有りましたなら、御紹介をお願い致します。

先ずはRG-300番からご紹介を開始いたしますが、不思議なのはRG-300以外の機体(301,302等)を探し出せなかったことです。
1970年から1973年3月までは見つけましたが、どれも空母ミッドウェイ母港化以前の撮影でした。
又、C-1AがCOD活動をしていたと思われる1975年と1976年の映像も発見できませんでした。
此の時期の姿を捉えたショットがありましたら是非とも投稿お願い致します。

1974年8月2日(金曜日)8時15分、厚木R/W-01を離陸して空母ミッドウェイへ向かうC-1A/146055,RG-300.
因みに146055は1969年時にはCVA-14 USS TICONDEROGA所属でMdxは000を用い活動していた機体でした。

8月2日は31機のCVW-5機が6時30分より18時にかけてフライ・オフ。
外来機はWB-13,SZ-801/823,QD-687,RG-401,そしてRM-615が他のEA-6Aにサポートされながら胴体着陸しましたが、
CVW-5機の離陸を撮影中だった為、この貴重なシーンを捉えたマニアはたった一人でした。

反対側で、指をくわえて見ていたマニアは9人。
危険で恐ろしいはずの胴体着陸は普通の着陸のように極めてスムーズで機体の損傷は極わずかで済みました。

胴着後、右往左往もせずゆっくりと機体から降り点検し迎えの車に乗り込む姿は立派で
嘸やベテランなのではと思われる、このパイロットの操縦技術、所作は素晴らしいもので感嘆したのを覚えています。

M.WADA 2019/03/16(Sat) 14:20 No.2117
Re: NF-xxx番台#19
↑の翌日、8月3日(土曜日)10時25分,空母ミッドウェイへ向け厚木R/W-19離陸に向け位置につくRG-300.
RG-300は17時58分、再び厚木R/W-19へ戻って来ました。
外来機はNG-201,RG-3/401/404,RZ-604,UE-20,オ-9053(JMSDF UF-2). マニアは8人。

M.WADA 2019/03/16(Sat) 14:30 No.2118
Re: NF-xxx番台#19
↑の続き。Wright R-1820エンジンが唸りを上げR/W-19を離陸滑走するRG-300.
当時、同エンジンを積んでいた海自のUF-2アルバトロスも退役が近づいており
厚木に居てはUF-2が撮れずに終わるのではとの危惧は強く、大村基地へ遠征すらマニアも相当数いました

M.WADA 2019/03/16(Sat) 14:32 No.2119
Re: NF-xxx番台#19
1974年8月7日(水曜日)16時20分、空母ミッドウェイを離艦、厚木R/W-19へ着陸して来たRG-300.
キャノピー上部の天蓋窓を開け放ち涼みながらの着陸が恰好良いですね。
この日、8機のCVW-5機が厚木〜CVA-41間を行き来。
外来機はRD-3,PR-00,PD-2,WT-2,RG-3,JASDF,TAWのC-46D/61-1128. マニアは9人。

RG-300/146055は、その後1977年にはNAF MISAWA,#-055となり厚木に姿を見せていました。

M.WADA 2019/03/16(Sat) 14:34 No.2120
Re: NF-xxx番台#19
MACH3さん、皆さん、こんにちは。

もうM.WADAさんのミッドウェイC-1が終わった後ですが、一件話題がありますので投稿させて下さい。
WADAさんのNo. 2110にある艦長のCharles R. McGrail大佐の話は以前にも書いたことがありますので詳しい経歴は省きますが、飛行学校卒業後VFのパイロットになりVF-143でベトナム戦争に実戦参加、1973年にはVF-96のCOを務めました。その経歴の中で変わっているのは空軍への交換将校としてジョージAFBでF-4Eの教官を勤めたことです。教育に向いていたのか、中尉時代にVT部隊の教官をした他、VF-96の後にはF-4のFRSであるVF-121のCOも勤めています。大佐自身は体を鍛えるのが好きで、時間があるとジムへ通ういわゆるジム・ラット(体育館ネズミ)でした。ちなみに同じくフィットネスに励む女性はジム・バニーと呼ばれて、なぜ女性はウサちゃんで男はネズミなのかはわかりません。大佐はヘリ空母トリポリの艦長を勤めた後横須賀でミッドウェイの艦長になりますが、型破りなCOでトレードマークの半そでジャンプスーツ姿で艦橋に座り、フライトのない日は甲板にラウンジ・チェアを置いて日光浴、通常は空母の乗組員が艦長に会う機会はほとんどありませんが、大佐は艦内くまなく歩きまわって水兵にも親しまれていました。そのMcGrail大佐の口癖が「Press on」。会話の終わりにPress onと言うのが常だったそうで、これは「急げ」という意味のようですが英語に堪能な方、ご教示下さい。C-1AのPRESS ONはちょうどMcGrail艦長の時期ですので、大佐の口癖を専用機に書いたものと思われます。艦長勤務後少将に昇任して空母レインジャーの第10空母群司令などを務め1991年に退役、サンディエゴに住んでいましたが1998年12月に63歳の若さで亡くなられてアーリントン国立墓地に埋葬されています。

私もMACH3さん同様、小さくて高いC-1の離陸を狙うことはありませんでしたが、WADAさんはそのC-1の低い離陸をたくさん撮られていますね。そこで私もなけなしの離陸を。1983年8月13日に厚木を離陸する「PRESS ON」です。

>M.WADAさん
Midway MagicのC-1は期間が短く私はモノクロしか撮ってませんが、さすがにWADAさんは沢山撮られていますね。私の記憶と違っていてこんなにキレイだったのかと羨ましく見ています。
私は以前から航空自衛隊機も各部隊1機づつは撮っておこうと考えて、自衛隊基地へも出かけていました。しかし興味が持てないのは如何ともし難く、今も厚木の方が好きです。CVW-5がいなくても、私にとっては海軍のC-130やP-8が1機撮れれば自衛隊機が100機撮れるよりうれしいからです。

Able Dog 2019/03/17(Sun) 16:35 No.2121
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

籐椅子を動かそうとしてぎっくり腰になってしまい投稿できませんでした。
日常生活の何の変哲もない時に起こるぎっくり腰、恐るべし。
季節の変わり目に起こるような気がしますので、皆さんもご用心、ご用心です。

>AbleDogさん
Able Dogさんのコメントで"PRESS ON"の本当の意味を知ることが出来ました。ありがとうございます。
Charles R. McGrailさんは63歳でお亡くなりとは驚きました。
”ジム・ラット”で健康には十分気をつけていても、若くして亡くなってしまうなんて、人生分かりませんね。

厚木R/W-19午前中にC-1Aの離陸を撮ったのは本意ではなく、R/Wチェンジで上がってきたのを撮った、というのが真相?
撮影後、徒歩か車で19側へ移動したのではと思われますが如何でしょうか?

Portsideの"PRESS ON"は珍しく、然も上り、画像も隅々まで手が入っており素晴らしいショットですね。

昨日の10時過ぎ、丹沢を背景にP-8AがR/W-19を離陸する姿を見ましたが、
アノ低い離陸もAbleDogさんはモノにしたのでしょうか?
リタイア後でも、あんな綺麗な離陸姿を見ると今でも心がグラつく自分に驚いてしまいました。


VRC-50所属C-1Aの続き、RG-321/136767からです。
この機体は1971年にCVS-14 USS TICONDEROGA #-000,1972年にはCVA-34 USS ORISKANY #-000だった機体でした。

1978年8月14日(月曜日)10時、NAF MISAWAへCVW-5クルーを乗せ厚木R/W-19を離陸後、
再び厚木へとCVW-5の交代要員を乗せ戻って来たところのショットです。

この日、24機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-325/353/423/793,YF-673.
又、この日はアメリカから里帰りした零式艦上戦闘機52型が終戦以来33年振りに里帰りした記念すべき日でもありました。

1944年6月15日、サイパン島で米軍に捕獲され1978年7月24日、横浜港到着まで実に34年の年月を経過してのふるさと上陸でした。
61-120は艀で木更津へ運び込まれ機体の組み立て整備を受け、塗装も迷彩から旧日本海軍制式塗装に塗り直されました。

そして日本帰着後の初フライトは木更津で行われた8月10日のテストフライトでした。
それから4日後の8月14日、夕方、木更津を飛び立った61-120はVFRで海岸線を西進、江ノ島上空で機首を北に向け
”厚木飛行場”を目指し飛行。

相模川を左眼下に見下ろしながら厚木R/W-19ダウンウィンドへアプローチ。
元P-51DヒーローパイロットのSteve Hinton操縦の零戦52型はR/W-19ローアプローチを要求。
R/W-19とタワーの間をゆっくりとローアプローチ。
初めて見た零戦はとても小さく、軽やかなエンジン音を響かせ飛ぶその姿は優雅で、とても”戦闘機”には見えませんでした。

これで着陸かと思っていると、何と再びローアプローチのリクエスト。
今度はやや高度を高くとってR/W-19を目指し高速でダイブ、この時、初めて”零戦”らしさの片鱗を覗かせました。

3度目でR/W-19へ高〜い着陸。アメリカ製のレシプロエンジン音に慣れている耳には、栄二一型エンジンは至って静かでした。

M.WADA 2019/03/21(Thu) 15:34 No.2122
Re: NF-xxx番台#19
その零戦、最初のローアプローチ。

M.WADA 2019/03/21(Thu) 15:41 No.2123
Re: NF-xxx番台#19
2回目、R/W-19へのローアプローチ。

M.WADA 2019/03/21(Thu) 15:43 No.2124
Re: NF-xxx番台#19
日本海軍水兵から変わって海自隊員の手によりエンジンスタート位置に向かう零戦。

M.WADA 2019/03/21(Thu) 15:49 No.2125
Re: NF-xxx番台#19
セレモニーフライト終了後、駐機位置へ戻ってきた61-120.

M.WADA 2019/03/21(Thu) 15:52 No.2126
Re: NF-xxx番台#19
皆さん、こんにちは

昨日、東京、横浜で桜が咲き春本番を迎えましたね。
今朝の気温も16.3℃と温かく寝起きが楽になり助かりました。但し、花粉が杉からヒノキへ移り始め気が抜けません。

昨日に引き続きVRC-50/C-1Aのご紹介です。
1976年12月17日(金曜日)9時30分、CV-41〜厚木間のCOD任務終了に伴い鹿屋経由でフィリピンのNAS CUBI POINTへ帰るRG-322.
この時代、鹿屋にマニアは居たのでしょうか?
あんなに自然豊かで撮影環境が良いところで海軍・海兵隊機が撮れていたとしたら是非とも拝みたいものです。

厚木では地上を入れて離陸を撮りたいのは山々ですが、実際はご覧のように高〜い離陸ばかり。
最後まで挑戦し続けましたが、結果は夢果たせずで終わっていますが、板付、伊丹の地元マニアさんはどうだったんでしょう?

12月17日、7時50分から13時53分にかけて17機のCVW-5機がフライ・イン。
外来機はRG-381/424,PR-00,TH-52,YF-8,MWHS-1のCT-39G,QD-572. マニアは7人がエンドに来ていました。

因みに、この146020は1968年10月、CVA-64 USS CONSTELLATION #-000,
1969年5月18日の厚木三軍記念日ではマニアの目の前でエンジンスタート、
主翼展開後タキシーアウトしT/Oと撮り放題できた機体でしたが、この時は残念ながらノーマークでしたね。

M.WADA 2019/03/22(Fri) 12:09 No.2127
Re: NF-xxx番台#19
1977年1月13日(木曜日)11時12分、前日迄のCOD任務を終え岩国経由でキュービーポイントへ帰るRG-322/146020.

M.WADA 2019/03/22(Fri) 12:13 No.2128
Re: NF-xxx番台#19
1977年2月26日(土曜日)鹿屋経由でCV-41へ向かうもエンジントラブルで厚木へ引き返し11時50分,R/W-19へ着陸。
普段はなかなか遭遇しないR/W-19午前中の着陸なのに、(トップ光線ですが)送りショットでやっと地上が掠った程度の高い降り。
ビールコンテナ+一斗缶の3段積みに乗りながら必死で撮った成果がコレ。
言わなきゃわからないのに、悔しくてバラシて鬱憤払いしちゃいました。

この日は早めのフライ・インで4機がL/D.
外来機はPR-40,QA-7,QE-6,PG-10,YB-3,RG-407,WP-9/17. マニアは3人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/22(Fri) 12:16 No.2129
Re: NF-xxx番台#19
1977年3月1日(火曜日)気温12℃の中、8時40分エンジンスタート後NAF MISAWAへCVW-5クルーを乗せ
9時丁度、厚木R/W-01を離陸するRG-322/146020.

早朝6時迄は晴れていたものの曇ってしまい、そこそこ低くかった離陸も帳消しでガックリ。

この日、横須賀へCV-41が帰港。NF-722/726/723/725がフライ・イン。
外来機はQE-3,TF-17,WX-17,RG-427,T-39A/61-0672,475ABW/5thAF,MWHS-1のCT-39G/160054.

M.WADA 2019/03/22(Fri) 12:18 No.2130
Re: NF-xxx番台#19
今回のテーマからは逸脱しますが、146020、VRC-50以後の姿をご紹介して置きます。
1979年10月22日(月曜日)13時50分、横田R/W-18に着陸後R/Wエンドまで転がり国有地前の誘導路へ入って来てくれた146020.
この時146020はNAF MISAWA所属機となり垂直尾翼には、そのエンブレムが描かれていました。

当時、厚木ではR/W,誘導路等の工事(10月3日〜12月20日迄)が行われて居り、
自分も含め厚木のマニアは連日のように横田通いを余儀なくされていました。

又、嘉手納のF-4C/DがF-15配備に伴い本国へ帰還しつつあり、9月27日(土曜日)には第一陣17機のF-15が嘉手納到着。
海軍は空母キティーホーク艦載機が横田飛来。10月14日(日曜日)には横須賀でCV-63一般公開とマニアとしては
気が抜けない時期が続いていました。

M.WADA 2019/03/22(Fri) 12:20 No.2131
Re: NF-xxx番台#19
1984年3月20日(火曜日)朝方降った雪も止み晴天となった厚木R/W-01へ着陸してきた146020.
↑で描かれていた垂直尾翼のエンブレムは既になく、雪によるレフ効果で翼下が綺麗なだけが取り柄のNAF MISAWA #-020でした。
この日の外来機はDB-4,NF-002(EA-3B),YN-62,SGのP-3C。 マニアは一人でした。

M.WADA 2019/03/22(Fri) 12:23 No.2132
NF-xxx番台#18

>M.WADAさん
KONNICHIWAと書かれたC-1Aですが、最後の文字はI(アイ)ではなくT(ティー)と読めますが、いかがでしょう。
親しい人から「チワ〜ッ」と声をかけられたら最後にティーの音が聞こえなくもないですが、アメリカ人の耳はそんな声も聞き取ってしまうのかも?
それとも別の意味が??
いずれにせよ、書いた本人から聞かなければ解決できそうにありません。
その後、ゴシック調で新たに書き直された時にはKONNICHI WAとなっていました。

MACH3 2019/02/24(Sun) 06:27 No.2057 [返信]
Re: NF-xxx番台#18
「こんにちわ」と誰でも読める字体になりました。
1975年9月10日撮影

MACH3 2019/02/24(Sun) 06:29 No.2058
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは.

>MACH3さん
カバー写真、JKのC-118B/131592は珍しい物を選びましたね。
自分の活動中では、この1機しか撮影の機会がなかった貴重なC-118Bでした。

1970年11月9日(月曜日)の着陸、10日の離陸、そして11日、6時51分の着陸等すべて撮り逃がし、
やっと撮れたのがMACH3さんと肩を並べて撮った”お墓”のタキシーショットでした。

このJK-592は13日L/D,14日に6MのC-118Bと共にT/Oしています。

ところで、"KONNICHI WAI(WAT?)"の件ですが、確かにMACH3さんが仰るように"WAT"とも見えますね。
そうすると、”こんにち わっチィ”と表現するのかもしれません。

今一度、MACH3さんのショットを詳しく見てみますと11文字中、「旗竿」が入っている文字が6文字、
「旗竿」が入っていない文字が4文字あります。

そして最後に残った一文字が問題の「I」or「T」です。
この文字をよく観察してみると文字の上に白色で細く横一本引かれ、左右に竿頭が付いています。
ここで最も重要なのが、この横棒が「旗竿」なのか「T」の字の上に引かれた横線なのかということです。

自分が主張する「WAI」=「旗竿」説が正しいのか、MACH3さんが唱える「T」が正しいのか?
結論から言うと「分からない」=「判別」できないのです。

自分の「旗竿」説が正しいとすれば、「I」の長辺の上辺を旗竿に付けて旗を垂らしたとすると、
その「旗竿」は他の旗竿が、そうであるように「黒色」でなければ整合性が採れません。
この文字一文字だけが白色というのが解せません。

他方、、MACH3さんの「T」説を採ると、横に引かれた線の色は白色ですから「T」と判断するのは妥当とも思えます。
但し、MACH3さんも仰っていたように、その日本語としての記述、発声に於いて疑義を生じてしまいます。

依って、自分もMACH3さんの”書いた本人から聞かなければ解決できそうにない”に賛同する次第です。


さて、前回1974年撮影のC-1A,#-000からスタートしましたが、
投稿後に空母ミッドウェイ、横須賀母港化当時(1973年)のC-1Aのショットが出てきたのでアップさせてください。

1973年10月5日、空母ミッドウェイ、横須賀母港化から2か月後の1973年12月21日(金曜日)12時58分、
厚木R/W-19へ着陸するCVA-41所属のC-1A/146035 #-000.艦長はCAPT S. R. FOLEY JR.

空母ミッドウェイ横須賀寄港を明日に控えたこの日、9時33分から12時58分にかけて22機のCVW-5機がフライ・イン。
外来機はPR-00,NAHAのC-117D,QD-684,NASU IWAKUNIのUS-2B/136519,ED-8. マニアは35人がエンドに来ていました。
他にNHK等の報道機関も取材に訪れていました。

M.WADA 2019/02/25(Mon) 11:57 No.2059
Re: NF-xxx番台#18
1974年1月9日(水曜日)T/G訓練を終え厚木R/W-01へ着陸するC-1A/146035 #-000.艦長はCAPT R. J. SCHULTE.
この日は5機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRZ-787.QD-684/816. マニアは6人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/25(Mon) 12:00 No.2060
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは.

昨日今日と妻の白内障の手術に付き添った為チェッカーテールBBSへの投稿が遅れてしまいましたが、
手術は成功し、ホッとしました。

1975年3月13日(木曜日)11時、厚木R/W-01するC-1A/146035.

この日は9時47分から12時10分にかけて12機のCVW-5機がフライ・オフし6機が戻って来ました。
外来機はQE-1,RG-1/407,RC-1,SZ-270,USAFのT-39A,空自のC-46とYS-11(2機ともFlightCheck),WT-8L/D→Nippi.
マニアは5人がエンドに来ました。

M.WADA 2019/02/27(Wed) 11:59 No.2061
Re: NF-xxx番台#18
1975年3月23日(日曜日)12時38分、厚木R/W-19へ着陸するC-1A/146035.
CVA-41艦長はCAPT R. J. SCHULTE.

外来機はZE-1,RG-00,RC-6. マニアは7人がエンドに来ていました。
又、横田から2機のF-4D(WP)がT/Oしています。

M.WADA 2019/02/27(Wed) 12:00 No.2062
Re: NF-xxx番台#18
1975年3月27日(木曜日)8時35分、厚木R/W-01を離陸するC-1A/146035.
此の時期、CVA-41艦長がCAPT SCHULTEからCAPT CHAMBERSへ交代の時に当たり、
艦長名が書いてありませんでした。

当日、CVW-5機は5機がフライトを実施。
外来機はUE-01,RC-6/11,SZ-823,RM-616/622,RG-00. マニアは11人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/27(Wed) 13:46 No.2065
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは。

1975年4月1日(火曜日)6時35分、空母ミッドウェイに向け厚木R/W-01を離陸するC-1QA/146035.
同機は8時50分、厚木に戻って来ました。CVA-41艦長CAPT L.C. CHAMBERSの名前が機首に書き込まれています。

前日、3月31日にCVA-41は横須賀を出港。
この日、5時43分から14時30分にかけて23機のCVW-5機がフライ・オフ。そのうち2機が戻っています。
フライ・オフのスタートが朝の5時43分というのは記録的な早さで、当然2機のE-2Bは撮り逃しでした。

外来機はTD-1,RM-612/610/622/616/603,SZ-823,RC-5,RZ-574.
マニアは15人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/28(Thu) 13:34 No.2066
Re: NF-xxx番台#18
1975年9月4日(木曜日)8時33分エンジンスタート、同35分エンジンカット。
整備員総出でエンジン調整を1時間近く行い、何とか9時32分厚木R/W-01を離陸して行きました。
同機は16時17分、厚木に戻って来ました。
此の時期MDXが#000から#600に変わった時点でエンジンナセルに書かれた文字が修飾文字からゴシック体に変化。

この日、CVW-5機は10機がフライトを実施。
外来機はRZ-606,SF-6,SZ-242,VE-5,そして海自4FSのP2V-7,2機(4646/4655)が73式魚雷を装着しL/D〜T/Oしています。
マニアは一人。

M.WADA 2019/02/28(Thu) 13:39 No.2068
Re: NF-xxx番台#18

1975年9月13日(土曜日)7時15分、厚木R/W-01を離陸後直ちにT/Gパターンへ入るC-1A/146035.
前日、9月12日、CV-41が横須賀を出港。
この日、9時35分より16時0分にかけて18機のCVW-5機がフライ・オフ.
外来機はRG-412,PR-40,VE-1,CY-624,PC-11,UE-21. マニアは5人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/28(Thu) 13:41 No.2069
Re: NF-xxx番台#18
1975年9月21日(日曜日)13時丁度、空母ミッドウェイより、その艦長であるCAPT L. C. CHAMBERSと
COMCARGRU-THREEであるREAR ADMIRAL W. N. SMALLが搭乗し厚木R/W-19へ着陸進入して来たC-1A/146035 #-600.

この日は、11時5分から18時にかけて30機のCVW-5機がフライ・イン。
外来機はRG-412,RF-614,UE-27. マニアは8人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/28(Thu) 13:43 No.2070
Re: NF-xxx番台#18
1975年9月22日(月曜日)9時5分、厚木R/W-01を離陸するC-1A/146035 #-600.
この日の朝、CV-41が横須賀へ帰港。NF-601/724/727/722がフライ・イン。

外来機はQA-11,RF-614,RG-412,VE-3,UE-25. マニアは5人がエンドに来ていました。
尚、C-1A/146035 #-600は14時38分、厚木に戻って来ています。

M.WADA 2019/02/28(Thu) 13:46 No.2071
Re: NF-xxx番台#18
MACH3さん、皆さん、ご無沙汰しております。

最近はどの機体でもM.WADAさんの素晴らしい写真と被るのでFacebookへの投稿に時間を割いていて、こちらへは投稿していませんでした。ミッドウェイのC-1特集ということで機首に書かれた艦長の名前が懐かしくて出て来ました。ミッドウェイが横須賀を母港にしていた18年間に13人の大佐が艦長を務めましたが、このうち10人がその後少将に昇任しました。原子力空母として初の横須賀配備となったジョージ・ワシントンは7年間に4人が艦長を務め、うち3人が少将になっているので率としてはミッドウェイの時代と変わりませんが、全体としては空母の艦長から将官になる人は近年減っています。かつては空母の艦長の任期は1年から長くて1年半だったのが、現在の原子力空母の艦長は30か月、つまり2年半と長いため毎年将官にセレクトされる人数が少ないことと、以前はCAGを務めた後に空母の艦長になるシステムだったのが80年代半ばから艦長とCAGのコースに分かれ、CAGから将官になる人もいるためです。

写真は当然M.WADAさんから既出ですが、1977年8月3日厚木に降りるC-1Aで艦長名のD.L.Felt はDonald Linn Felt大佐のことです。大佐はライト・アタック出身でVA-27のCOを務めたこともあり、ミッドウェイ艦長の後将官になってからは在日米海軍司令官として再び横須賀勤務、二つ星で退役した後は高校の数学の先生をしていました。

>M.WADAさん
返事が遅くなってすみませんでしたが、1979年1月4日14時37分のCYの編隊アプローチ、モノクロですが撮ってますよ。送りショットはブレイクしてその後単機で降りるのをカラーで撮ったものです。当日は86人でしたか、名古屋の大御所Sさんも来られてましたね。
最近はエンドで古くからのマニアと会うとWADAさんの写真の凄さが話題になります。写真の素晴らしさはもちろんですが、私と同じく他の皆さんも「RFやCYってあんなに飛来してたかねえ?」と驚いていて、いかにWADAさんが毎日通い詰めていたのか思い知らされています。

Able Dog 2019/02/28(Thu) 16:03 No.2073
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは。

>AbleDogさん
C-1A特集で艦長名を書けばAbleDogさんんが出て来てくれると読んだ予想は見事的中。
AbleDogさん、久し振りでした。
佐官クラスから将官クラスへステップアップするコースの説明、ありがとうございました。
ミッドウェイ時代の艦長さんのエピソードが有りましたら、コメント宜しくお願い致します。

FELT大佐は元VA-27のCOでしたか。
1968年、厚木飛来時は、その塗装からマニア内では”新選組”と呼ばれていましたので、
FELT大佐は、差し詰め”新選組隊長”ということになりますかね。

CYの編隊アプローチ、珍しい事なので撮ることが出来て良かったですね。
名古屋の大御所Sさんとは、挨拶はしましたが撮影が忙しくて満足にお話しが出来ず残念でした。

RFやCYに限らず、この頃はお店が忙しく、多くの撮り逃がしをし始めた時期で、
自分等より当BBSへ参加していない厚木の大御所の方々の方が何倍も素晴らしいショットを獲得していると思います。
いつの日にか、それらの作品を目にすることが出来ればと願って止みません。

1977年8月3日(水曜日)撮影のCV-41の#-600は天気が良いですね。
自分も朝から居た筈ですが、この#-600の降りは何故か撮っていませんでした。
この日、8時25分にNF-523/501/515 がL/D.他にRG-424/PR-005がCV-43に向けT/Oしていますが
空母からの飛来は殆んどなく嘉手納へ遠征できないマニアの間には焦燥感が漂っていましたね。


1975年12月23日(火曜日)12時15分、厚木R/W-19へT/G訓練を終え着陸するC-1A/146035 #-035.
同機は午後も同じようにT/G訓練を繰り返しました。

又、この時期、Mdxが#-600から#-035へ変更になり"KONNNICHI WA"の文字と艦長名も消されてしまいましたが、
Mdx #-035は1960年代のC-1Aを想起させる表記法で、BuNoの下3桁を用いる手法は”懐かしのCOD機”を彷彿とさせました。

当日、5機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はSZ-801,AFCSのT-39A/62-4476.マニアは4人がエンドに来ていました。
又、前日L/Dした3機のA--7Bの内、NM-407/154379,VA-215/CVA-34がNAVY外来機ラインからNippiへ運ばれています。

M.WADA 2019/03/01(Fri) 11:15 No.2074
Re: NF-xxx番台#18
1976年1月6日(火曜日)大山後方に少しだけ姿を見せる富士山をバックに厚木R/W-19へ着陸する#-035.
この日、25機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-353/381,RZ-609,PR-00,SZ-801. マニアは56人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/01(Fri) 11:19 No.2075
Re: NF-xxx番台#18
1976年1月30日(金曜日)11時5分、R/W-01離陸に向け南の角を回るC-1A/146035 #-600.

Mdxが#-035から#-600へ変わると共に、艦長名CAPT L,C,CHAMBERSも復活。
この日、7機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はQD-686/799,USAFのC-130E,RF-614. マニアは6人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/01(Fri) 11:21 No.2076
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは。

1976年10月4日(月曜日)厚木R/W-19を離陸してCV-41へ向かうC-1A/146035 #-600.
この日は34機のCVW-5機がフライ・オフ。
外来機はSZ-838,RG-323/424,ZE-6,PR-01,8th ArmyのU-21A/67-18103,USAFのC-130E.
マニアは6人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/02(Sat) 13:58 No.2077
Re: NF-xxx番台#18
1976年11月1日(月曜日)9時52分、厚木R/W-01を離陸し岩国へ向かうC-1A/146035 #-600.
この日の朝、横須賀へCV-41が帰港。それに伴いNF-725/723/727がフライ・イン。
外来機はWT-8,SZ-835,WA-03,WB-00. マニアは3人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/02(Sat) 14:00 No.2078
Re: NF-xxx番台#18
1977年3月26日(土曜日)7時55分,厚木R/W-01を離陸し岩国へ向かうC-1A/146035 #-600.
艦長名はCAPT D. L. FELT USN.

M.WADA 2019/03/02(Sat) 14:02 No.2079
Re: NF-xxx番台#18
↑の続きの送りショット。
この日の外来機はRG-056/422/427,WA-08,PR-02. マニアは10人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/03/02(Sat) 14:04 No.2080
Re: NF-xxx番台#18
1977年7月21日(木曜日)9時30分、厚木R/W-01を離陸するC-1A/146035 #-600.
この日、32機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-353/424,SA-12.

M.WADA 2019/03/02(Sat) 14:06 No.2081
Re: NF-xxx番台#18
1977年8月5日(金曜日)8時20分、岩国へT/Oした#-600は厚木R/W-19へ16時10分に帰って来ました。

この#-600/146035は1977年8月8日(月曜日)雨が降ったり止んだりの厚木R/W-19を空母に向け15時45分に離陸。
他の18機のCVW-5機も8時から16時45分にかけてCV-41へ向けてフライ・オフしましたが、
悪天候の為、厚木へ撮影に行くことが出来ませんでした。

その後、#-600/146035は1977年8月25日に墜落してしまった為、
結局、8月5日のL/DショットがBuNo-146035の最後の姿となりましたが8月8日の雨は残念でした。

M.WADA 2019/03/02(Sat) 14:08 No.2082
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは。

BuNo-146035 #-600墜落から4か月と10日が過ぎた1978年1月4日(水曜日)16時55分、
厚木R/W-19へ1機のノーマークのC-1AがGCAにより着陸して来ました。

BuNoは146036 遥々本国より北方の島伝いで厚木に到着したもので
恐らく、このルートを使った双発のレシプロ海軍機としては最後の飛行となったのではないかと思われます。

現在は皆さんご承知のように、太平洋の中央部から南部を利用して行うTransPacが主流で、
この北回りルートは使わなくなりましたが、ベトナム戦当時は頻繁に利用され、
南下する米海軍機、特にレシプロ機は必然的に厚木を経由する為、楽しみの一つでした。

ノーマークのC-1Aは以後エンジンランナップを繰り返し着陸から12日目の1月16日、やっとテストフライトを実施。
2週間以上経った19日にも飛行しましたがノーマークのままで所属が特定出来ませんでした。

そしてL/Dから19日目の1978年1月23日(月曜日)気温がマイナス3℃から11℃となった11時3分、
厚木R/W-19を飛び立ったC-1A/146036の垂直尾翼には
縦書きでMIDWAYの文字と機首には#-600のMdxが書き込まれ、この日、初めて2代目CV-41/C-1Aと判明したのでした。

この"NF-600"は11時51分〜54分にかけてT/Gを2回行い、13時12分L/Dし、その映像が今回アップしたショットでした。
厚木と判るように午後になっていましたがネバってニッピ山で撮影を試みました。
ところが着陸高度が高いのと背景の山が霞んでしまい斜め前では、マニア以外厚木と判別不可能なものでした。

M.WADA 2019/03/03(Sun) 10:56 No.2083
Re: NF-xxx番台#18
2枚目でやっと地上部が入り”厚木”と判るショットが撮れて、何とかセーフとなりました。
この日、9機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はPE-1,SG-1,SA-12,RU-115,RG-354,USAFのC-130E,TH-51,YT-21,VK-4.

M.WADA 2019/03/03(Sun) 10:59 No.2084
Re: NF-xxx番台#18
>M.WADAさん
C−1Aの魅力を堪能しております。昔からマニアは戦闘機系に眼が向きがちで厚木では地味な存在のC−1はじめ、
輸送機群をきちんと見ない(撮らない)傾向がありました。SNB(C−45)、R5D(C−54)しかり、退役して見られなくなったとき
「シマッタ!もう少し撮っとけば良かった」と気づくわけです。
今回これだけ系統だって並べてみますとC−1も大変魅力あるヒコーキだったことを再認識しました。
特に離陸のショットは素晴らしいですね。
K.akatsuka 2019/03/03(Sun) 15:18 No.2085
Re: NF-xxx番台#18
Migコレクションからの紹介です。
1991年11月の某日、今日のようなぐずついた天気だったのでしょうか。
厚木でNKC−135Aが唯一Missionを実施した際のもので、他の年は横田からだそうです。

Kakatsuka 2019/03/04(Mon) 15:39 No.2086
Re: NF-xxx番台#18
残念ながら自分は見ることができませんでしたが、盛大に煙を吐くJ57搭載のC-135の離陸は
さぞかし迫力あったでしょうね。写真からも伝わってきます。

Kakatsuka 2019/03/04(Mon) 15:47 No.2087
Re: NF-xxx番台#18
皆さん、こんにちは。

>K.akatsukaさん
C-1Aのショットをご覧頂き、ありがとうございます。
物心付いた頃に見たA-!の編隊から飛行機の記憶が始まっている為か、機種を問わずレシプロ機が頭に刷り込まれているようで、
エンジン音が聞こえると自然にカメラを向けてしまう、生粋のプロペラ派です。

しかし、自分が撮影を始めた1960年代後半から
ピストン機関を利用したレシプロエンジンから圧縮機の回転を用いたタービンエンジンの時代に入りつつあり、
レシプロ機は輸送機が主でしたので、必然的にC-1やS-2に目が向くようになった訳です。

K.akatsukaさんのお話の中で出たSNB(C-45)とR-5D(C-54)の事が気になって調べてみました。
すると、これが中々手強い。
3月3日(日曜日)から何と3日間もかかって厚木最後のC-45とC-54を調べ捲りましたが
C-45は消火訓練で燃やされ用廃機となった為、姿を消した正確な日付が特定できませんでした。

但し、元海自で使用されていたBeechcraft JRB-4 ExpeditorをAtsugi Flying Clubが保有し
永らく放置されていた機体が1機ありました。

その機体が1971年になってNレジを与えられエンジン整備を始めたのを思い出し、手帳を虱潰しに当たり、
写真を探し出したりして確認作業や投稿準備等で時間を費やしました。

結果的にはJRB-4が厚木を離陸した日付は確認できませんでした。
と、言うより、そもそも飛行したかも分かりませんでしたが、写真から判断すると少なくとも
1971年5月15日(日曜日)時点でNレジを付け厚木のエプロンにいた事だけは判明しました。

説明が遅くなりましたが、このJRB-4の詳細は以下の通りです。

JRB-4/BuNo-90533/JMSDF#6407/N-16603,
このJRB-4は海自が1957年に米軍から供与された35機のJRB-4の内の1機で1968年まで使用されていました。

因みに、撮影当日の、この日は厚木の一般公開日(Armed forces Day=AFD)でしたが、
どう言う訳か、規制線が張られておらず、警備もNAVYの水兵さんがチラホラいるだけという、
信じられない光景が目の前に出現していました。

Airlift IntのDC-8が着陸しているのをR/W際で撮影していても誰も文句を言わないのです!
もろに、逆噴射のジェット風を受けても周りの家族連れはニコニコ顔でヘイッチャラ状態という未体験ゾーンでした。

その家族連れの背景に見えたのが、このJRB-4と映画「トラ・トラ・トラ」と「パールハーバー」で使われた97艦攻。
早速、公開の為、タワー前と東門を観客用にピストン輸送していたNAVYのバスに乗り込み東門へ向かいました。

東門前で下車後、帰りの観客の列から外れ外周道路を南へ歩みを進めました。
すると、大声でShore Patrol(SP)から制止されてしまいました。

そこで、トイレに行きたいがどのハンガーで用が足せるか尋ねると、
あにはからんや、”あっちの小さなハンガーの外側にトイレがある。”とOKを出してくれたではないですか!

お礼を言って、再び歩み始めましたが、そのまま外周道路を歩き続けるのは、些か憚られたので、
ハンガー裏手、外周道路の内側に設けられている細い歩道をゆっくりと歩み、

元、”洗い場”だった海軍側からニッピ南工場への航空機搬入路の真新しいコンクリート路面を踏みしめ
左手の”洗い場の木”と、右手にあった”洗い場”の跡形もなくなったのを横目で確認し通り過ぎた直後、

Atsugi Flying Clubのハンガー横に駐機していたJRB-4と97式艦攻が目に飛び込んできました。
エプロン地域への立ち入りが禁止されているのは百も承知ですが、
先程体験したDC-8の事が、その自制心を解き放ち、気が付くとJRB-4の前に立っていました。

幸いな事に、SPには発見されず事無きを得ました。
残念なのは、この時期、自分は6x7のモノクロ写真に傾倒していた為カラーの映像がないことですが
こんなショットが撮れただけでも良しとすべきなのでしょうね。

M.WADA 2019/03/06(Wed) 12:00 No.2089
Re: NF-xxx番台#18
同じショットですが、偶然にも左隅にアノ”洗い場”の樹が写っていたのでアップしてみました。
後方にはニッピ南工場(ヘリ工場とマニア間で呼ばれていた)の南上端の屋根が見えています。
基地内から見た”洗い場”の樹の映像は初と思い載せました。(基地外でも初?)

M.WADA 2019/03/06(Wed) 12:05 No.2090
Re: NF-xxx番台#18
↑の続き。逆光でしたがStarboardも撮影。

M.WADA 2019/03/06(Wed) 12:07 No.2091
Re: NF-xxx番台#18
そして97式艦攻。
この機体は前述の通り、映画撮影用に作られたレプリカで機首部分はT-6 テキサン、垂直尾翼等はBT-13ヴァリアント。

撮影が終わった1969年のある日、夕日に赤く染まる空と丹沢山系ををバックに
97式艦攻が厚木に”入港”するという大日本帝国海軍基地を彷彿とする光景が展開しましたが、
何故か、その時のネガもデータも不明のままです。

ところで、懐かしのレシプロ機C-54ですが、最後の厚木飛来、離陸がハッキリしませんでした。
NAVY,Marines何れも推測となってしまいますが、自分の力では此処までしか辿れませんでした。

NAVY C-54,最後の厚木飛来と思われる機体。
VC-54N/39148,US TDC TAIPEI#148,1971年10月13日(水曜日)L/D.〜10月14日(木曜日)T/O.

USMC C-54,最後の厚木飛来と思われる機体。
C-54R/90405,H&MS-17,SZ-01, 1971年7月28日(水曜日)厚木R/W-19 L/D〜T/O.

この日以降に厚木飛来が確認できましたら、お知らせ頂ければ幸いです。

又、横田で確認された最後のUSMC C-54機は1973年6月20日T/OのFMFLANTのVC-54と思われます。

M.WADA 2019/03/06(Wed) 12:09 No.2092
Re: NF-xxx番台#18
>WADAさん
NナンバーのJRB−4、初めてみてビックリしています。そんな背景があったのですか。
“トラ・トラ・トラ”の97艦攻も大判カメラでガッチリ撮られていてこれも貴重な記録ですね。

新鋭機が飛来した日とか初撮りとかは覚えていたりしますけれど、消えた日や最後に見た日はおろそかになりがちです。
「老兵は消え去るのみ」なんですかね。
C−45&C−54のレポートありがとうございました。
K.akatsuka 2019/03/06(Wed) 17:53 No.2093
NF-xxx番台#17

M.WADAさんのCVW-5 Det機のご紹介が終了との事で、私もC-1Aの写真にうつります。
MIDWAY復活後にまさかCVW-5(NF)が乗艦するとは思っていませんでした。
そしてNFレターのF-4Bが初めて来日したのが岩国の三軍記念日でした。
衝撃的な復活デビューは日本常駐と言う形で我々をさらに驚かせてくれました。
今や、CVW-5は岩国へ移動し厚木では遠い存在となり、F-4岩国初来日等々何か因縁を感じます。

MACH3 2019/02/21(Thu) 06:48 No.2039 [返信]
Re: NF-xxx番台#17
“代貼り”で失礼します。
Migコレクションのトムキャットです。
このVF-154の“色付き”は来日以来初めて着色したときではなかったでしょうか。
私も90年代は最も“厚木通い”多かった年(月/20日もあった)でしたが
何故かこの色付きは撮影できませんでした。流石M.Iguchiさんです。1998.9.19

K.akatsuka 2019/02/21(Thu) 19:40 No.2040
Re: NF-xxx番台#17
同じく9月19日に撮影されたM.Iguchiさんのシビれるようなショット。
今では「超望遠」で離陸を撮るのは当たり前の世界となってますが、90年代のフィルムの時代で、
この角度のF-14を撮られた方は少なかったと思います。
それは、少ないチャンスを狙って1日中離陸側で粘る精神力がなけれ撮れなかったということですね。

K.akatsuka 2019/02/21(Thu) 19:53 No.2041
Re: NF-xxx番台#17
皆さん、こんにちは。

今日からCV(A)-41 USS MIDWAY所属のC-1A TRADERのご紹介を開始致します。
又、MACH3さんがNo-1956でアップされたCVA-31所属のC-1A/136777が出てきたので、こちらも合わせてご紹介致します。

1970年8月8日(土曜日)厚木R/W-01でT/G訓練を行うCVA-31所属のC-1A/136777.
当機はCVA-31艦長CAPt DICKSON W.ALDERTONの搭乗機でもあり、VIP機好きの自分は戦闘機と同等に重要な撮影対象でした。
又、WrightR-1820を搭載した点でも貴重な機体で、大戦中のF-4F,SBC,SBD,B-17,DC-3も採用した名レシプロエンジンでした。
この当時、同エンジンを搭載した機体は海自のS2F-1位でしか、そのサウンドを楽しめませんでした。

M.WADA 2019/02/22(Fri) 08:29 No.2042
Re: NF-xxx番台#17
↑の送りショット。
この日、CVW-5機は5機がフライトを実施。 外来機はPE-3/5,PR-6,RG-403,UE-8/5/36.

M.WADA 2019/02/22(Fri) 08:32 No.2043
Re: NF-xxx番台#17
皆さん、こんにちは.

>MACH3さん
MACH3さんがアップしたC-1A/146035#-000は1971年6月13日(日曜日)の
CVW-5機フライ・イン最後に降りて来た#000と同一機ではないでしょうか?

この年のCVW-5機の厚木飛来は6月13日と9月5日の2回でしたが、事、C-1A/146035#-000に限って言うと、
エンジンナセルに書かれていた修飾文字"EASY WAY AIRLINES"の文字色が6月は青色、9月は赤色と異なっていました。
MACH3さんがアップしたC-1Aは青色文字でしたので初回飛来の6月と推測されます。

又、この#000は6月25日(金曜日)のフライオフ迄一度も飛ばなかったのでMACH3さんのショット(No-2039)は
多分、このフライ・オフ当日の”お墓”前のタキシーではないかと思われます。

当日は曇り時々薄日が差す生憎の天気だったので、誘導路手前に生えていた雑草は邪魔でしたが
上りより変化に富み、何より厚木と判るので良かったのではと思います。

そして夏場の蒸し暑い時にA-3等でもよく見られた、キャノピー上部の天蓋窓を開け涼を取りながらのタキシングが好きでした。
しかし、当時の艦長CAPT W.L. HARRIS JRも夏場の搭乗時は、さぞや暑くて大変だったろうと想像しました。

今回自分がアップするショットは"EASY WAY AIRLINES"が赤文字だった1971年9月15日(水曜日)厚木R/W-01へL/Dの映像です。
この日、16機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はR4D-6/9022,205FS,WL-4,QD-892,TD-1,PR-52/WC-121N.

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:15 No.2045
Re: NF-xxx番台#17
ここから空母ミッドウェイ搭載、C-1A、横須賀母港後のご紹介を始めます。

1974年3月20日(水曜日)8時34分、T/G訓練を行うため厚木R/W-01を離陸するC-1A/146035#000.
朝から長時間にわたって入念なエンジンランナップを行った後のT/Oで14万台は伊達ではありませんでした。

エンジンナセルには”EASY WAY AIR LINES"の文字と赤い目無しサイコロが2個描かれ、
当時のCVA-41艦長、CAPT R.J.SCHULTEの搭乗機としても使われていました。

この日のCVW-5機は13機がフライトを実施。
外来機はWT-1/6,QE-4,SZ-270,QA-6,USAFのT-39A,WA-00,SF-5. マニアは30人がエンドに来ていました.

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:19 No.2046
Re: NF-xxx番台#17
1974年8月1日(木曜日)13時42分、CVA-41より飛来しショートアプローチで厚木R/W-19へ着陸するC-1A/146035#000.
US NAVYの大型バス3台に分乗したCVW-5クルー達が横須賀へ向かうのが見え、空母出港を確信。
9時35分、RADM R.P.COOGAN(COMCARGRU-3)搭乗のRG-1(2-star)がR/W-19を離陸

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:21 No.2047
Re: NF-xxx番台#17

↑の続きショット。
外来機はQA-5,RZ-592,RG-401,PD-6,SZ-838,WB-13,PC-1. マニアは6人がエンドに来ていました。
厚木から岩国へ遠征したマニアからA-4E(ノーマーク)x5機がT/O,PD-40L/D,そしてEDのA-6Aは居なかったとの連絡が入りました。

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:24 No.2048
Re: NF-xxx番台#17
1975年3月11日(火曜日)T/O6:10→T/G6:14→L/D→T/O→CVA-41L/D後、RADM W.N.SMALL(COMCARGRU-3)と
CVA-41艦長 CAPT R.J.SCHULTEの2名を乗せ離艦。15時丁度に厚木R/W-19へ着陸したC-1A/146035、2star Flagship.

昨年まで描かれていたサイコロの目が消され新たにバイセンカラーの修飾文字で”KON NICHI WAI”と書き入れられました。
細かいことを言うようですが、日本語的には少々オカシイ表現のように思います。
つまり、”こんにち わーい”と読めるのです。
これもNative American特有のジョークと理解して置きましょうか。

この日、6時20分から16時43分にかけて28機のCVW-5機がフライ・オフ。
外来機はRPのP-3A/151384(Mdxなし)、RG-00/407,SZ-835,NASU IWAKUNIのUS-2B/133179,RM-607,TD-1,RCのP-3B.
マニアは13人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/23(Sat) 11:26 No.2049
Re: NF-xxx番台#17
>MACH3さん
>M.WADAさん
C−1に入ったところで自分のネガを調べたところ、CVG/CVWのC−1は、余り撮ってなくお見せするようなカットはありませんでした。
MIDWAYの母港化以後、活動を休んでいたのが理由かも知れません。
今後のC−1の展開を楽しみにしています。

今月最終となりますMigコレクションからFA−18の紹介です。
60年代海軍機を彷彿させるVF-192の“隊長さん”。1995年7月の撮影。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:10 No.2051
Re: NF-xxx番台#17
その2。
99年12月22日。↑と対照的な大胆なデザインですが、デザイナーの凝りようが伝ってきて、個人的にはこの塗装も好きです。
尾翼のデザインがひと目で分かる“ヒネリ降り”をガッチリ捉えたこの写真も大変すばらしいです。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:19 No.2052
Re: NF-xxx番台#17
その3。
当時のマニア間で好みの賛否が渦巻いたVA-195の400番ですが、私は「否」の方でした。でも喜んで撮ってしまうこの矛盾(笑)
この頃から『NF』のCAG機が大胆な塗装になっていきます。1995年7月の撮影。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:28 No.2053
Re: NF-xxx番台#17
その4。
これも「否」派なんですが喜んで撮っていました。1998年9月20日撮影。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:31 No.2054
Re: NF-xxx番台#17
その5。
そういえば401番も同様な塗装でしたね。思い出しました。1998年9月20日。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:34 No.2055
Re: NF-xxx番台#17
その6。
1995年7月に撮影されたFA-18C/NF-412ですが、何やら“吊るしモノ”が・・・。ご存知の方ご教授下さい。とのことでした。

M.Iguchiさん、貴重な写真の数々ありがとうございました。
できましたら来月もよろしく願います。

K.akatsuka 2019/02/23(Sat) 18:47 No.2056
Re: NF-xxx番台#17
>K.akatsukaさん、

来日後、初めてVF-154で色がついたのはご紹介の機体より前に1994年春に色が付いた100番がありました。写真は既出ですが、1994年7月24日のものです。

M. Iguchiさんの撮られたNo.2056の写真でChippy 412番が吊るしているのは、ベトナム戦争時に開発されたTV誘導のウォールアイUの訓練弾ですね。AGM-62というミサイルの記号が付いていますが、推進力はなくて滑空するだけなので誘導爆弾というべきでしょうね。

Able Dog 2019/02/28(Thu) 15:58 No.2072
NF-xxx番台#16

おはようございます。

>K.Akatsukaさん
Migコレクションのご紹介ありがとうございます。
昔と比べると撮影できる場所が減り、タキシングは長玉でないと無理。
輪をかけて飛行機もいなくなったのが残念なことです。

>M.WADAさん
沢山撮られているので驚きました。
デジと違いフィルム代も大変だったのでは?
一時期、私はフィルム+現像代25%ディスカウントで、しかも給料引きという恵まれていました。

RM-601を、主翼端が黒と黄色のストライプが描かれていたのを今回初めて気が付きました。
撮影当時は全く気にしていなかったRF-4Bでした。
1974年8月12日岩国

MACH3 2019/02/14(Thu) 06:23 No.2010 [返信]
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

>MACH3さん
RM/RFのファントムは今回自分がアップするショットの倍は飛来していると思います。
但し、それらの多くは曇天か雨天、または夜間の飛来が主でしたが、
出来ることなら、もっと多くのアングルで黄色い”デカレターRM”機を撮りたかった。
特に、南の角回りをするドラッグシュート曳きRM/RF-4Bを希求しましたが結局実現しませんでした。


フィルム+現像代25%ディスカウントは大きいですね。

自分は昼間は花屋の手伝いをし、夜は、いすゞ自動車の下請け工場でベレット、ジェミニ、117クーペなどの
シート張りのバイトをしフィルム代や現像代を稼いでいましたので、恵まれてはいませんでした。

RM-601のL/D??岩国でのL/Dショットでしたか。
1974年8月の岩国遠征は知りませんでした。しかも良い天気でRMのRF-4Bが撮れて幸運でしたね。

自分もMACH3さん同様、翼端が黒と黄色のストライプに塗られていたとは今まで気が付きませんでした。
45年もたって気が付くとは、”いと、おもしろきかな”興味が尽きませんね〜。


どうしてもバイセンRF-4Bが撮りたくて、唯一、岩国へ遠征して撮ったVMFP-3のRF-4B/153107,RF-610.
1976年5月4日(火曜日)、MCAS IWAKUNI一般公開時のショットです。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:31 No.2013
Re: NF-xxx番台#16
1977年2月28日(月曜日)10時10分、厚木R/W-01を離陸するRF-610/153107.
前日、2月27日の16時過ぎRF-611/615と共にL/Dしていたもので、CVW-5へのDET任務終了に伴い岩国へと帰って行った。

この日、8時42分から19時30分にかけてCVW-5機47機がフライ・イン。
翌日の3月1日、CV-41が横須賀へ帰港。
外来機はRG-322/381/427,RF-611/615,PR-00,QD-572,RZ-801,WX-17(OV-10A). マニアは60人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:36 No.2014
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月21日(日曜日)8時59分、厚木R/W-01へ着陸後R/Wエンドまで来てくれたRF-610/157342.
前年までのバイセン機とは異なる機体でマーキングも色気のない塗装へ変化。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:38 No.2015
Re: NF-xxx番台#16
↑の続き。”お墓”前の誘導路へと入っていくRF-610.
このRF-610はエンジン停止後、直ちに格納庫内へと牽引され姿が見えなくなってしまいました。

この日、8時3分から19時5分にかけて20機のCVW-5機がフライ・イン。
外来機はRG-423/425/787,RF-613,PR-00,NK-712,YT-650/653. マニアは7人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:39 No.2016
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月23日(火曜日)11時12分、厚木R/W-19を離陸するRF-610/157342.
この日の朝、CV-41が横須賀へ帰港。NF-724がL/Dしています。

外来機はFUTEMAのUS-2B,RG-424/425,TG-38,NK-601,SZ-801,PR-00,YT-650/653,SGのP-3Cx2機。

M.WADA 2019/02/14(Thu) 14:41 No.2017
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1977年2月28日(月曜日)厚木R/W-01を離陸するRF-611/153093.
この日のデータはRF-610(No-2014)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/15(Fri) 12:25 No.2018
Re: NF-xxx番台#16
1977年3月11日(金曜日)12時30分、厚木R/W-19を離陸し岩国へ向かうRF-611.
この日、5機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はSA-11,MCAS IWAKUNIのC-117D/17273,PR-00. マニアは9人がエンドに来ていました。
また、NF-505/522/524の3機がNAS CUBI POINTに向けT/O,その内のNF-524はVA-196と表記されていました。

↑の機体(153093)から新しい機体(157344)に変わり、これからという矢先に墜落し大事故となってしまったRF-611.
その事故を起こした時の離陸のショットと時間をかけてコメントも詳細に書いたのですが、
読み返しているうちに、これをアップすることに良心の呵責を感じてしまいました。

依って今回は、お亡くなりになった方々への鎮魂の意味も込め投稿は控えることと致します。
どうぞ、ご理解の程、宜しくお願い致します。

M.WADA 2019/02/15(Fri) 12:27 No.2019
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1978年2月27日(月曜日)14時39分、厚木R/W-19を離陸して岩国へ向かうRF-611/157346.

この機体は1977年9月27日に墜落してしまったRF-611/157344に変わって配備された機体で、後にQRF-4Bに転換。
現在はノースカロライナ州、チェリーポイントのゴルフコース付近に保存展示されています。

2月27日、CVW-5機は15機がフライトを実施。
外来機はTC-171,VT-06,CY-621/623/624,SG-6,C-130Ex2機、RP-31,PR-00/006、TDA-7011. マニアは5人。

そして横須賀に入港していたLPH-10 USS TRIPOLIが出港。
それに伴い厚木とCAMP FUJIに展開していた31stMAU傘下のHMM-262(C)"Flying Tigers"(ET)/CH-46F/UH-1N/AH-1J/CH-53Dが、
其々フライ・オフ。厚木からは12機がT/O,、CAMP FUJIでは延べにして60〜70機のヘリが撮れたそうです。

余談ですが、ヘリのフライ・オフを体験したのは、この時が初めてでしたが、
一日中、ヘリが離着陸を繰り返し、夕方には何時の間にか全機居なくなっているというフライ・オフで、
何とも、メリハリがなく、然もR/W西側にあるヘリポートからの離陸ばかりで撮影は不可能で、お手上げ状態でした。

この日はどう見てもCAMP FUJIに遠征していた4人のマニアの方に軍配が上がりました。

M.WADA 2019/02/16(Sat) 10:23 No.2022
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月24日(水曜日)11時7分、厚木R/W-19を離陸して岩国へ向かうRF-611/157346.
前日の23日、CV-41が横須賀へ帰港。5月22日の夜L/DしていたRF-611がDET任務終了に伴ってのT/Oでした。

この日、9機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-424/425,TG-38,YT-650/653,SGのP-3Cx2機、C-130Ex2機、PR-006,RF-613,475ABWのUH-1P/65-7931.
マニアは6人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/16(Sat) 10:26 No.2023
Re: NF-xxx番台#16
1979年2月19日(月曜日)16時2分、厚木R/W-01へ着陸するRF-611/157346.
この日、8機のCVW-5機がフライ・インと少ない機数でした。

これはLPH-3 USS OKINAWAが横須賀入港中で、厚木のエプロンがヘリで混雑していた事と、
翌日(20日)帰港したCV-41が26日には出港が決まっていた為ではないかと思われます。

因みに、20日の6時36分にNF-722/724/725/726の4機のSH-3GがCV-41から厚木へフライ・インしています。

M.WADA 2019/02/16(Sat) 10:28 No.2024
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1977年9月27日(火曜日)気温29℃、13時18分離陸し、墜落するRF-611を目視し右へ舵を切り墜落地点へ向かうRF-612/157349.
墜落現場上空に達し、クルーの生存を確認後、厚木管制塔へ救助を要請。

T/G訓練中のAtsugi Rescue Squadron所属の海自S-61Jがタワーからの要請を受け直ちに墜落現場へ急行。
発煙筒を焚いて救助を待っていた乗員2名を発見。無事ピップアップし厚木へ帰投しています。

この日の朝、横須賀をCV-41が出港。

11時21分からRF-611墜落の13時18分までフライ・オフが行われ、搭乗員の救助作業が終わりR/Wの点検が済むまで、
R/Wクローズとなり、再び14時21分からR/Wオープン、フライ・オフが再開され
中断時間が発生した為、いつもより遅い16時20分までかかって44機のCVW-5機がフライ・オフしました。

この日の外来機はRF-613,RG-424/425,RD-5/11,MWHS-1のCT-39G/160054,YW-21. マニアは4人。

M.WADA 2019/02/17(Sun) 10:09 No.2025
Re: NF-xxx番台#16
1978年8月9日(水曜日)気温31℃、11時10分、厚木R/W-19を離陸し岩国へと向かうRF-612/157349.
この日、12機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はRG-321/325/353/424,YF-661/665,QD-024. マニアは2人がエンドに来ていました。

このRF-612について少し説明を付け加えます。
1978年3月4日(土曜日)18時,雨のR/W-01へGCAのアシストを受けアレスティングギアをダウンし緊急着陸。

土砂降りの雨の中、制動索を外して向かった先はNAVYの外来機用駐機ラインではなくニッピの駐機場。
嫌な予感が頭を過ぎります。「ひょっとして、長引くんじゃないだろうか?」と。

この悪い予想は的中し、その後5か月間に亘ってRF-612はニッピのハンガーから出て来ませんでした。
記憶から消えかけた8月5日、ニッピのハンガー内、入り口近くにRF-612の姿を発見。
翌8日、RF-612は漸くテストフライトを実施。
そして8月9日、久し振りに本拠地の岩国へ戻る際の映像が、今回のT/Oショットでした。

結果として、RF-612はVMFP-3,DET-Bの任務中の殆どの時間をニッピのハンガー内で過ごした事になり
眞に”ハンガークイーン”と呼ぶに相応しい機体でしたので、撮影機会も最低となってしまいました。

RF-612のほかに、ニッピのハンガー内には、F-86F,UH-1Hx2機、CH-53Dx2機とWXx1機、VKのA-6E,UP-01等で満杯状態でした。

M.WADA 2019/02/17(Sun) 10:13 No.2026
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1978年1月12日(木曜日)12時17分、GCAの誘導を受け厚木R/W-19へ着陸するRF-613.
この日は9機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はTH-51,C-130Ex5機、YT-3/21,TF-17,WA-02,RDのP-3C,SA-11,RG-354/427,X1G-1B.
マニアは4人がエンドに来ていました。

この日、飛来したRF-613は、前日の11日にVQ-1のEP-3と共に日本海を回遊するソ連の2隻の新型フリーゲート鑑の
警戒監視任務を共同で行い、その偵察データの分析に厚木へ訪れた様子でした。
その証拠にRF-613の駐機場所はVQ-1のフライトラインで、クルーも資料を抱えVQ-1 Officeに消えていきました。

また、1月11日、普天間より飛来した2機のCH-46Dは厚木をベースにCAMP FUJIで冬季演習を実施していましたが、
1月18日(水曜日)降雪〜曇りの悪天候の中厚木を飛び立ったYT-3/153378はCAMP FUJIへ到着。

天気の崩れは少ないと判断したクルーは訓練を開始。
暫くすると天候が急激に悪化。ローター、機体前部に着雪/着氷しエンジン推力がダウンし墜落してしまいました。
この事故でクルー/兵士合わせて6人全員が死亡。機体は失われています。

改めて、富士山の天候急変の恐ろしさを実感させられた出来事でした。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:18 No.2028
Re: NF-xxx番台#16
↑の続きの15時13分、気温15℃、<前日の偵察資料提出を終えた後?>、
VQ-1のフライトラインを出て厚木R/W-19を離陸し岩国へと戻るRF-613/157350.

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:21 No.2029
Re: NF-xxx番台#16
1978年5月21日(日曜日)9時2分、11分前にR/W-01へ着陸(緊急着陸?)したRF-615(Mdx=RF-610)の
WingmanをしていたRF-615'2(Mdx=RF-613)も自ら緊急着陸の為、今度はR/W-19からアレスティングL/Dした時のショットです。

こんなトラフィック(R/W-01L/D後即R/W-19L/D)をされた場合、ニッピ山以外の場所で2機撮影することは不可能ですから、
この時ばかりは、”ニッピ山”様様の珍しいケースで幸運でした。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:23 No.2030
Re: NF-xxx番台#16
↑の送りショット。
ご覧のように、この場所でこの高さですから、このL/Dはかなり高い着陸とお分かりと思います。
出来ることなら、この場所でタッチダウンして欲しかったですね。

この日のデータはRF-610(No-2016)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:25 No.2031
Re: NF-xxx番台#16
1978年6月8日(木曜日)13時7分、GCA誘導により厚木R/W-19へ着陸するRF-613/157350.
その後、RF-613は14時47分、岩国へ帰って行きました。

この日、27機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はPR-00,YT-650/653/657,SA-11,TH-51,RW-114. マニアは4人がエンドに来ていました
また、TH-51とSA-11がCAMP ZAMAでT/G訓練を実施しています。

前日の7日、横田へ韓国からOV-1D/68-15962/8thArmyがR/W-36へL/D.石川島播磨側の誘導路を通り駐機しています。

M.WADA 2019/02/18(Mon) 14:28 No.2032
Re: NF-xxx番台#16
皆さん、こんにちは。

1975年9月26日(金曜日)15時30分、厚木R/W-01へ着陸するRF-614/153109.
この月の1日よりVMFP-3からCVW-5へのDET派遣が開始されたことを示す
USS MIDWAYの文字が垂直尾翼上端に見えます。

画面でもお分かりのように東の空から急激に暗雲が押し寄せL/D直後には曇り、危機一髪セーフでした。
夏に01降りの日は、往々にして天候が急変することが多く注意が必要ですね。

この日は4機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はQA-1,MWHS-1のCT-39G/160054,QD-689,ED-9. マニアは4人がエンドに来ていました。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:23 No.2033
Re: NF-xxx番台#16
1977年5月23日(月曜日)13時50分、”お墓”前の誘導路をR/W-19離陸に向けタキシーするRF-614/153107バイセン機。
写真でもお分かりのように胴体にDET-1の表記が見受けられますが、当初はDET-1として活動していたようで、
任務途中からDET-Cに表記を変え行動していたようです。

また塗装も、1976年当時は機首・垂直尾翼共に濃紺色に塗られていましたが、
このバイセンRF-614は機首のレーダーコーンと垂直尾翼は黒色に見えると思うのですが、皆さん如何でしょう?

この日、11機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はC-130Ex2機、YF-8/9,NAF MISAWAのUS-2B/134606,RG-381,USAFのUH-1P,QD-688,PACAFのCT-39A/62-45485.
マニアは5人がエンドに来ていました。

ところで、厚木を飛び立ったバイセンRF-614は千葉県東方海上空域で突如IFRをキャンセルしVFRフライトを要求。
TAC FLTを宣言するなり忽然と姿を消してしまいました。
一体、何処へ行って何をしたのでしょう?今もって謎の残るフライトです。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:26 No.2034
Re: NF-xxx番台#16
1977年2月28日(月曜日)10時12分、厚木R/W-01を離陸し岩国へと向かうRF-615/153102.
この日のデータはRF-610(No-2014)の項でご紹介済みですので省略致します。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:29 No.2035
Re: NF-xxx番台#16
1982年12月20日(月曜日)気温0℃、9時52分、厚木R/W-01へ着陸するRF-120/157347.

前日19日L/DしたRECON-01Flight,No-1は20日の9時13分、千葉県南東海上空域へ訓練の為No-2aircraft(RF-115)と共にT/O.
再び厚木へ舞い戻って来た時のNo-1aircraftのL/Dショットです。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:31 No.2036
Re: NF-xxx番台#16
↑と同じ日、WingmanとしてRECON-01と行動を共にしたRF-115/157348の厚木R/W-01への着陸ショットです。
時刻はRF-120に遅れること12分後の10時4分でした。

この日、26機のCVW-5機がフライトを実施。
外来機はUE-10/14/15,YR-040(CH-46E/HMM-161),YN-614. マニアは8人がエンドに来ていました。

尚、VC-5/UEのA-4達は19日にL/Dし給油後NAF MISAWAへ移動訓練中のCVW-5機との夜間訓練の為、T/O.
翌朝、8時25分には厚木に戻り再び厚木のCVW-5機とも15時過ぎから訓練を行うなどハードな任務を精力的こなしていました。


さて、ここでVMFP-3/RF-4Bのご紹介を切り上げ、次回からはCV(A)-41所属のC-1Aのご紹介に移ります。

M.WADA 2019/02/19(Tue) 10:34 No.2037
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