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私のアルバム〜F3HC

1959年4月10日の大和側  撮影:小宮 宏さん

あかつか 2020/08/02(Sun) 21:45 No.1350 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3HC
フューリーが降りて来た。カメラを構えて待っていると上空にデモンの編隊が出現!・・・。
こうした胸ときめく展開を目の当たりにしたマニアは大勢いらっしゃるでしょう。
私のマニア生活が最も充実していたのが1960年代中期、そのときはクルーセイダーとファントムの組み合わせでした。
世代は変われどもヒコーキ写真マニアが感動するのがこの「定番シーン」ですが、もう厚木では見れないでしょうね。
あかつか 2020/08/02(Sun) 22:00 No.1351
Re: 私のアルバム〜F3HC
1960年3月2日、神戸港で公開されたボノムリチャードのVF−193機。同時にVF−191のタイガーも公開されています。
空母上で一般公開されたデモンはこのときが最初で最後ですから、神戸のファンは大喜びだったでしょうね。 撮影:NAKAIさん

あかつか 2020/08/03(Mon) 21:01 No.1352
Re: 私のアルバム〜F3HC
この写真のシチュエーションも、時代によって機種が変わろうとも、タキシング&ホールド音を聴き入り、数分後、轟音とともに離陸を目で追う!。
どんな時、何度見ても、飽きない光景ですね。 1961.8.16 撮影:komiyaさん  
  
1961年当時、01側のフェンスは二重なっていましたが、19側も旧フェンスが残っていたのですね。
1965年頃まで手前の柵の近くでときどき撮っていました。バラ線だけというのが時代を感じさせますね。

あかつか 2020/08/03(Mon) 21:32 No.1353
Re: 私のアルバム〜F3HC
小宮さんの写真は贅沢ですね〜。なんか映画のオープニングシーンみたいじゃないですか?フュリーにはマックイーンが乗ってて、タワーの前でラダーから降りてくる。ジャームススチュアートじゃキャノピーにコブを作らないと乗れないでしょうからね?デモンにはウイドマーク辺りが乗ってて、追っかけて降りてくるなんてどうでしょう。
しかし、どうして水平が傾いているのでしょうか?慌てたのか、隠れて撮ったのか、四の五で水平が撮りにくかったのか??
傾きを直すと下の景色がケラレますが、こんな感じですね。

のらひこ 2020/08/04(Tue) 02:08 No.1354
Re: 私のアルバム〜F3HC
>のらひこさん
ジェームス・スチュアートに映画のオープニングシーンと言えば、これでしょう。
本篇は何回も見ました。アメリカの航空映画ベスト3に入るような傑作ですが、特にこのオープニングシーンが印象に残ってます。
“一発勝負”の撮影だったからか、名優ジミーの動きが若干ぎこちないですね。それがかえって現場の臨場感を表しています。
50年代の横田でこんなシーンを目の当たりしていた先輩マニアが羨ましい。“姿”といい“音”といい夢でもいいから見てみたい。
https://www.youtube.com/watch?v=Ye-jktX2Fjs&list=PLgFT48OlmBwebR_YCIncHZgDpjiFv4TNb
あかつか 2020/08/04(Tue) 10:10 No.1355
Re: 私のアルバム〜F3HC
エアショーのようなフライパスを見せるVF−193。1961年11月 撮影:Narisawaさん
レンズは135mmと思われますので、いかに低いパスなのか分かります。フライ・インや遠征還りにもときどき見られましたね。

あかつか 2020/08/04(Tue) 19:39 No.1356
Re: 私のアルバム〜F3HC
1961年8月18日、珍しく両サイドにスパローを装備して着陸するVF−193のデモン。
着艦フックを降ろしていますが、エマージェンシーだったのでしょうか。撮影:Kumakiさん

あかつか 2020/08/04(Tue) 19:47 No.1357
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF−193のデモンが厚木で最後に撮れたのは、62年7月から63年2月までのボンノム・リチャード西太平洋航海のときでした。
↓は62年10月17日、Moriさんが撮影したF3H-2/NM-309の左向き。
62年からカラー塗装が復活し、300番台らしくライトブルーの“鏃”を胴体と尾翼にセンスよく描き、当時のマニアの注目を集めました。

あかつか 2020/08/05(Wed) 22:58 No.1358
Re: 私のアルバム〜F3HC
[写真集・CHECKER TAIL3」のページ6〜7で掲載させて頂いたMoriさん撮影のセクションですが、マニアにとって見開き掲載は
見たいところがページの谷間になってしまい、出版後反省した次第です。
あらためて今回BBSでアップしました。いかがでしょうか。

現在なら珍しいアングルでは無いのですが、1962年当時では、デモンをこのように撮れる人は少なかったのです。
同じ頃活動されていたマニアはそれが分かると思います。

あかつか 2020/08/06(Thu) 09:56 No.1359
Re: 私のアルバム〜F3HC
この頃のNAVYの尾翼と胴体のマーキングはオシャレでしたよね。デモンで言えば、ボンノムのNM,コーラルシーのNL,ハンコックのNP,それに私が一番好きなオリスカニーのAHですね。程よく自己主張しながら、カッコ良さを出してました。これらはみんな、文字を重ねていないから、あかつかさんも異議なしでしょうね。追い追い全部出してくるんでしょう。待ち遠しいですね。
NO1359は、デモンの写真の決定版でしょう。経験を積んだからこそ「待つ」事を覚えたということなんでしょう。
のらひこ 2020/08/06(Thu) 18:29 No.1360
Re: 私のアルバム〜F3HC
>のらひこさん
1359が着陸写真の決定版なら離陸はこの写真で決まりです。

デモンは美しい機体ラインを持つ飛行機ですが、角度や天候によって変化する面を持っています。WATANABEさんが捉えたこのデモンの離陸は、光線状態、アングル、全てに申し分なくデモンの完璧な写真といってよいでしょう。当時のマクダネル社に送ったらお礼の返事がくること間違い無し! 1962年10月12日撮影

あかつか 2020/08/06(Thu) 21:49 No.1361
Re: 私のアルバム〜F3HC
デモンの機体ラインの美しさにホレボレするのは、陰影がつく写真だからかも知れません。
フラットな図面から見た真横のスタイルは、デモン好きにとって余り恰好よく見えず、特に機首廻りが写真からくるイメージと大分異なるように思えますが、いかがでしょう。

あかつか 2020/08/06(Thu) 22:14 No.1362
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF−141のデモンもオリスカニーからレキシントンに載り代わり、ようやくデモンに見合ったペイントを施しています。1962年1月30日 撮影:Moriさん

第一航空隊の100番台となって来日しますが、私はまだ若すぎて厚木へ行かれる身分ではなく残念ながら未見です。
垂直尾翼のF−117風のマークはスコードロン名「アイアン・エンジェルス」の“天使の翼”を模したデザインだそうで、どことなくカッコいいですね。
VF−141のデモンが厚木で見られたのは、この時期が最後で1963年に飛来したときにはF−8Eに機種変換。VF−143のF−4Bとともに良く飛んで、私たちを歓ばせてくれました。

あかつか 2020/08/07(Fri) 23:25 No.1363
Re: 私のアルバム〜F3HC
↑と同日、Moriさん撮影のNK-107/133579。
Rwy01へのショートカットでの降りのようですが、ここでも200mmの威力が発揮されています。(200mmですよ)
“エンジェルの翼”は一つしかありませんが、残り三つはニッピか、レキシントン艦内で画きこまれたでしょう。

あかつか 2020/08/07(Fri) 23:42 No.1364
Re: 私のアルバム〜F3HC
ここで似たようなアングルの写真から1960年8月時のNK-203/146712と、1962年1月時のNK105/133594を比較してみましょう。NK−105はGabariさん撮影

・NK105はようやくペイント許可?が出て、海軍機らしい塗装となっての来日。尾翼のラインの中のエンジェルは濃い目の黄色だそうですが、カラー写真は未確認です。

・NK203は給油プローブがレトロフィットされてなく古そうですが、NK105のほうがF3H-2Nから改造した古いタイプ。ビーバーテイルも長いままです。少しの長さの違いで機体全体のイメージが変わりますね。

・NK203が古色蒼然と見えるのは、NとKの画き方とラダーが胴体と同じ色で塗られているためです。やはりラダーは白塗りのほうが海軍機らしい。(と勝手に思う)

・NK−105は135mmの撮影ですが、標準レンズのNK−203と画角はさほど変わりません。デフォルメされず、人間の視野に近い望遠レンズは135mmが限界と言われています。

あかつか 2020/08/08(Sat) 23:38 No.1365
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF−141に関連して「F−8も良かったなあ」と思い出し、カラーを張っておきます。1963年4月26日、メディアに公開されたコンステレーション艦上にて。 撮影:WATANABEさん

“ふようふきゅう”の外出により8月13日(木)まで休みます。

あかつか 2020/08/08(Sat) 23:58 No.1366
Re: 私のアルバム〜F3HC
お久しぶりです。
色付きのラダーの話が出ていましたので1963年の撮影ですがVF-213の色付きラダー機 NP-314

geta-o 2020/08/09(Sun) 10:57 No.1367
書籍紹介

「CHECKER TAIL 5〜日本上空のクルーセイダー」出版の際、掲載写真等でご協力戴きましアンジェロ・ロマーノさんが上梓したVQ-1の本が出版されましたので紹介いたします。(A4判304ページ)
VQ-1の誕生から現在まで615枚の写真とともにまとめ上げた正に空前絶後の一級本。
当然ながら厚木で撮られた“PR機”の写真も多く含まれていますので、当BBSをご覧になられている方々は 『 あの頃 』 を懐かしく思われることでしょう。

https://www.amazon.co.jp/World-Watchers-Electronic-Countermeasures-Reconnaissance/dp/173497270X

あかつか 2020/08/01(Sat) 17:04 No.1347 [返信]
Re: 書籍紹介
VQ-1関連の写真が615枚ですか!!!西太平洋の守り神であったVQ-1の豪華写真集の様ですね。マーケーターには間に合いませんでしたが、A3D、WV-2は厚木常駐のこともあり、カメラも手に取らずに横目で着陸を見送ってました。P-3が来たときなんざ、おおエレクトラか!なんて言ったりして。しかし、アマゾンの解説文を読むと、改めて、この部隊こそ西太平洋の平和を守ったんだということに気が付きますね。world watchersそのものですね。
のらひこ 2020/08/02(Sun) 08:56 No.1348
私のアルバム〜F3HB

1960年5月21日 ジョンソン基地三軍記念日 撮影:能村 実さん

あかつか 2020/07/23(Thu) 12:00 No.1319 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3HB
このカラー写真に驚かれた方は間違いなく団塊世代並びにそれ以上の年齢のマニアでしょう。それだけこの時代に撮られたVF−92のデモンのカラー写真はたいへん貴重で、しかもピントがシャープな上、発色も良く6×6判の威力が発揮されています。
カメラはミノルタ・オートコード、日本のローライ・フレックスといわれた50年代の名機です。
近年、フィルム写真が静かなブームとなっていますが、尖った感じのデジタル画像にない、なめらかさが再評価されているからでしょうね。
あかつか 2020/07/23(Thu) 13:01 No.1320
Re: 私のアルバム〜F3HB
パーフェクトとはこの写真のことを言うのでしょう。カラーフィルムを銀塩とは言わないのでしょうが、もし、今、日差しも同じ状況で、ニコンやキャノンの最高機種で撮ったデジ映像と比べたらどう違うのか、興味があります。多分、ダイナミックなんちゃらとかいう編集がかけられて、品の無い写真になってるんじゃないかと思うのはロートルだけでしょうか?尾翼先端の黄色も程が良く、デジではどう発色していたか、興味があります。
昔、イワナ釣りに凝っていた時、学術書がニッコウイワナは何色が濃い、ヤマトイワナはどうだとかとか言いつつ、ツルツルの印刷紙に2種の汚いカラーが載って居たのを思い出しました。早速、コダックのカラーチャートを買いに行き、これを画面に一緒に入れて撮れば良いのだと学者連中に教えようと思ったのですが、イワナ釣り自身に興味が薄れ、えらく高いカラーチャートは本棚の何処かに眠っています。
タンクローリーの黄色とは微妙に違い、白が強いようです。
子供を負ぶった奥さんの着物のも、柄から言って少しオシャレなようです。しかし、人が少ないですね〜。62年ぐらいから混雑が始まったんですかね?じゃあ、すべて団塊のせいですね。
ところで、H&MSクイーンエリザベスが来年春ぐらいに来るらしいですね。当然、我々ロートルのためにF-35もローヤルネービーブルーに塗り直してきてくれるんでしょうね。ニッピで塗り直すなら、ペンキ代1万円と勤労奉仕をいたします。
のらひこ 2020/07/24(Fri) 08:55 No.1321
Re: 私のアルバム〜F3HB
この頃、ヒコーキ写真を撮られていた先輩方は「写真」そのものに造詣が深く、飛行場のエンドでヒマなときよくレクチャーを受けましたね。今のマニアさんからすれば信じられないことかも知れませんが「写真」を撮り、印画紙に画像を焼くことは本当に“難しかった”のです。

私は年齢的にも経済的にも1960年の三軍記念日に写真を撮ることはできませんでしたが、諸先輩方は同じデモンを撮るのにそれぞれ個性が出ていて今見ても参考になります。
↓はWATANABEさんのショット。手前にJD−1の尾翼を入れ、画面を落ち着かせていますね。排気口に集まって談義する少年たちが当時の基地公開ののどかさを表しています。

あかつか 2020/07/24(Fri) 11:45 No.1322
Re: 私のアルバム〜F3HB
続いてGabariさんのショット。
こちらは、ローアングルからJD−1の主輪の入れ込みです。整備員?の動きも三軍記念日ならですね。

あかつか 2020/07/24(Fri) 11:58 No.1323
Re: 私のアルバム〜F3HB
同じくGabariさんの撮影ですが、遠近感から見て35mmレンズで撮ったと思われます。(オリンパス・ワイドという広角専用機お持ちになっていた)
入場者が少ないことから開門して間もない時間で、兵隊さんがキャノピーに腰かける前のショットだと思います。

あかつか 2020/07/24(Fri) 12:09 No.1324
Re: 私のアルバム〜F3HB
Shimosatoさんも印象深いスナップを撮られています。

あかつか 2020/07/24(Fri) 23:38 No.1325
Re: 私のアルバム〜F3HB
50年代、60年代に撮影された基地公開の写真が語るものの一つに、飛行機の周りに写るアメリカ人と日本人の姿があります。
そこには当時の世相や文化の一端を見ることができ、飛行機ファンだけでなく、日本の戦後史を研究する人たちにとっても恰好の資料になるのではないでしょうか。
上の写真は、ふつうのヒコーキ写真マニアなら軍人家族が通り過ぎるのを待ってシャッターを押しますが、Shimosatoさんは“写真家”としての一面を持っておられたので、敢えて軍人家族を写し込んだのではないかと想像いたします。
私たちが初めて見聞きした“メイド”が写っていますね。前を行く軍人の階級は分かりませんが、日本人家政婦を雇えるほど余裕があったのですね。「思いやり予算」なるものが無かった時代、豊かさの象徴だった“アメリカ”が写真にも表れています。

一方、デモンの翼下に潜り込んで観察している人、真剣さが背中に出ていますね。
C−130Aが三軍記念日で初めて公開されたとき、YS11の設計担当の人たちが、脚の構造を見に行った話を聞いたことがあります。
ひょっとしたらこのお二人、YS11関係の人?(背広姿がマニアらしくない)

あかつか 2020/07/25(Sat) 22:04 No.1326
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年2月から6月まで、厚木の滑走路オーバーラン工事のため、海軍機がジョンソン、横田、立川で頻繁に見られるようになりました。特に横須賀に空母が入港しますと艦載機が横田で訓練飛行を実施。マニアにとってはフィルムがいくらあっても足りなかった。と、昔先輩マニアからよく聞きました。戦闘機系だけでも、86D,100,101,102,F8U,F3H.F4Dが同時に横田で見られたのですから、これを横田の「黄金期」と言わず何と言ったらよいのでしょうか。凄すぎますね。

↓はTSPCのKumakiさんが60年3月24日に36の木の上から撮ったVF−92のデモンの着陸ですが、同じようなアングルでVF−91のクルーセイダーの写真も残されています。

あかつか 2020/07/27(Mon) 19:01 No.1330
Re: 私のアルバム〜F3HB
1961年にもレンジャーは横須賀に入港してますので、当然厚木にも飛来していますが意外と写真が少ないですね。
手元にOhnoさんが撮影したVF−91の写真がありましたので紹介します。
塗装は極東の海軍機が“派手さ御法度”の時代でしたので、前年飛来時と変わりありませんが、何か変化がないかとよく見たら
Bu.Noが尾翼と胴体に書くパターンがあることを分かりました。
そういえばF−4Bファントムも配備直後の頃は垂直尾翼にナンバーを書いてましたが、しばらくして胴体尾部へ移しましたね。

あかつか 2020/07/27(Mon) 19:16 No.1331
Re: 私のアルバム〜F3HB
こんばんは
1961.11.3に撮ったVF-92のF3H-2N 133602/NG-208

geta-o 2020/07/27(Mon) 21:36 No.1332
Re: 私のアルバム〜F3HB
>geta−oさん
こうしたVF−91の貴重なデモンの写真がスッと出てくるのがスゴイところですね。ありがとうございます。

厚木滑走路延長工事がようやく終わり、厚木へやってきたデモンはスカイレイから機種転換されたオリスカニー/CVG14[NK]のVF−141でした。 撮影/1960.8.5  Narisawaさん
この初来日の[NK]のデモンも写真が余り残されていませんね。個人的には文字をくっつけたレターは余り好きではないのですが、“彼ら”はよくこの書き方をしますね。
後ほど紹介いたしますが1962年の来日時はマーキングも尾翼に描いてデモンに合った塗装となり、すっかり見違えっております。

あかつか 2020/07/28(Tue) 14:28 No.1333
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年8月2日、Moriさんが撮影したNK-203。
たぶんMoriさんは“初めての厚木”のような気がします。それは45mmの画角なので、カメラは“ペトリ2.8”ではないかと見ました。
しかし、初厚木でも“芸術的写真”にしてしまうのは、さすがのセンスの持ち主と言う以外ありません。

あかつか 2020/07/28(Tue) 14:37 No.1334
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年8月、タイコンデロガのウエストパック・クルーズで飛来したCVW−5[NF]のデモン。 撮影:Ohnoさん
VF−53のデモンはこのときが初来日で、VF−51のスカイレイと共に厚木へ飛来しました。
前スレでVF−53のデモンは紹介されておりますが、テイル・コードの書き方が変わるだけで新旧を感じさせますね。

あかつか 2020/07/29(Wed) 14:44 No.1335
Re: 私のアルバム〜F3HB
デモンの魅力の一つに国籍マークの位置と異常なほどの“デカさ”。若い頃は、この堂々としたアメリカらしさに憧れたものです。
色付きマーキングが無かった時代ですので、この機も変わったところはないかと目をこらして見ましたら、国籍マークのサイズが上のNF-204より大きく画かれ、位置もいくらか違うことを発見しました。リアルさを追求されるモデラーさんご注意ください。

あかつか 2020/07/29(Wed) 15:01 No.1336
Re: 私のアルバム〜F3HB
同じくOhonoさんの作品。
1287と同日に撮られたようですが、夏の終わりに出る雲を意識してシャッターを押したのではないでしょうか。
モノクロ写真ならでは傑作だと思います。デモンの角度もイイですね。

あかつか 2020/07/29(Wed) 16:57 No.1337
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年は横田のファンにとっては、夢のような年だったでしょうね!no1330の写真なんか、厚木では絶対撮れない写真ですよ!4ヶ月たって、仕方なく厚木に行ったら、下からしか撮れないのにはガッカリしたんじゃないでしょうか?樫の樹から海軍機を撮りたかったな〜〜〜
のらひこ 2020/07/30(Thu) 12:05 No.1338
Re: 私のアルバム〜F3HB
厚木でのVF−114[NH]のデモンの最後は、シャングリラからハンコックに載り変わったての飛来でした。
テイルレターはNとHが離れましたが、カラーペイントは相変わらず垂直尾翼の先端のみですから、全体のイメージは左程変わらないですね。1961年3月4日 撮影:Moriさん。

VF−114は、この航海を終えてF4H−1へ機種転換訓練に入り、翌年の1962年12月末、キティーホークに載って厚木へ初飛来。
いよいよファントムの時代がここから始まります。
同じマクダネル、この角度から見るデモンはファントムによく似ていますね。

あかつか 2020/07/30(Thu) 14:29 No.1340
Re: 私のアルバム〜F3HB
デモンを離陸側で見たことがありませんので、すべてがこんなに低かったとは思えませんが、エンジンの推力不足でやっと上がったという感じが出てますね。 撮影:Moriさん
南側の「カド」からのショットですが、フェンスが二重になっているのをお気づきでしょうか。撮影された1961年3月の時点では、まだ滑走路延長以前の柵が撤去されてなかったのですね。

あかつか 2020/07/30(Thu) 15:40 No.1341
Re: 私のアルバム〜F3HB
デモンが厚木をにぎわせていた時代、マニアが使える望遠レンズは135mmが主でしたので、200mmを使ったこうした角度の写真は撮れませんでした。今なら4〜500mmの写真ですね。撮影:Moriさん

あかつか 2020/07/30(Thu) 23:06 No.1342
Re: 私のアルバム〜F3HB
今回デモンの特集で、関連書物に掲載されている側面図やイラストを見たのですが、スピードブレーキに空けられた幾十もの孔の数がそれぞれ異なっていました。上の写真の部分を拡大してみましたので、リアルさにこだわるモデラーさん、参考されたらいかがでしょう。

あかつか 2020/07/30(Thu) 23:21 No.1343
Re: 私のアルバム〜F3HB
1961年2月、神戸港に停泊中のハンコック。 撮影:KAMINOUさん
VF−114のデモンが厚木で撮影されたは3月ですので、ハンコックは神戸を経由して横須賀へ向かったのでしょうか。
神戸は民間港湾だけに空母が入港すると一般公開されることが多く、当時の関東マニアは大変羨ましがったものでした。

あかつか 2020/07/31(Fri) 16:37 No.1344
Re: 私のアルバム〜F3HB
翌年(1962年6月)もハンコックは再び神戸に入港。空母航空群はCVG−11[NH]からCVG−21[NP]になっていました。VF−213のデモンはマニアが最もよく撮れた飛行隊機で、後ほど紹介いたします。
個人的には右に写っているVAH−4[ZB]のA3D−2の尾翼のチェッカーが気になりますね。

あかつか 2020/07/31(Fri) 19:06 No.1345
Re: 私のアルバム〜F3HB
アメリカ海軍機マニア、艦船マニアにとっての貴重な記録を紹介いたします。
地元ウォッチャー中井八郎さんならではの神戸港での記録で、年表や資料づくりに大変参考になりました。

あかつか 2020/07/31(Fri) 19:23 No.1346
私のアルバム〜F3H@

デモン初来日  撮影:近藤清光さん 1957年4月

あかつか 2020/07/09(Thu) 23:50 No.1270 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3H@
おそらく現在の大和市のアーカイブにも無いであろう1957年4月に撮影された大和市草柳周辺の貴重な写真。
大和町が市制施行し「市」となったのが1959年、撮影当時はまだ農村の面影を残す「町」でした。
造成中らしき道は県道40号線(横浜〜厚木線)でしょうか。この写真を見て目を見張ったのは右下に写る戦前風農家の佇まいと「つるべ井戸」。
私の少年時代(50年代)でも街なかに水の出る井戸はいくらかありましたが、ほとんどは鉄製の手押しポンプ式で、つるべ式は見たことがありません。絵本の中に出てくるような風景ですね。
あかつか 2020/07/09(Thu) 23:52 No.1271
Re: 私のアルバム〜F3H@
もう一つの驚きは、RW19へ滑り込むVF−124[D]のF3H−2N。
VF−124はPAC初のデモン・スコードロンで最新鋭機。もちろんデモンも初来日で“ワン・レター”の[D]を見られたのもこのときが最初で最後。
すべてにおいて語ることが多すぎるくらいの大変貴重な写真記録です。

よくぞ撮っておいて下さったと海軍機マニアとして心から感謝する次第です。
この西太平洋航海でのレキシントン/CVG−12ではデモンのほか、フューリー、クーガー、スカイレイダーなど各飛行隊機の垂直尾翼には同様なパターンでスコードロンカラーを塗り分けていました。

あかつか 2020/07/10(Fri) 05:28 No.1272
Re: 私のアルバム〜F3H@
私がデモンに初めて会ったのは1962.8.22でした。イヤハヤ、添付のデモンを始めスカイレイ、スカイウオーリアー、スカイホーク等々、マリンコ、ネイビーの厚木に居るのがほとんどすべて乱舞してくれました。その中でデモンは実にザ戦闘機という感じで、ひときわ大人っぽく見えましたね。なんと、金の無い中学生がこの日だけでフィルムを2本も使ったのですから、当時の興奮が判ります。
NO1270!!なんという歴史的史料でしょうか?引地川の周りは田園そのもので、水位が低いせいで跳ね釣瓶で水が取れたんですね。又、橋の前後に多分アスファルトで段差を埋めているなんぞ、マツダの三輪車しか通らない道路だったんでしょう。何はともあれ、景色の無い写真を我々は良く撮ったものです。

のらひこ 2020/07/10(Fri) 22:14 No.1273
Re: 私のアルバム〜F3H@
近藤さんの写真、懐かしく拝見しました。
工事中の橋の手前の道を手前に登っていくと途中の斜面には防空壕が幾つかありました。
登りきったところに小学校があり、同級生はここを通って通学していました。
先生は防空壕には絶対入ってはダメですよ、と学校では口を酸っぱくして生徒に言うが、男子生徒はそんな事なんか聞きません。
放課後、蝋燭を持って探検と称し幾つかの防空壕巡りをしました。
貧しくて懐中電動を持っていなかったわけではないと思いますが、子供のくせに「蝋燭の火が消えたらヤバい」という知恵はあったようで皆蝋燭持参での探検でした。
橋の向こう側のこんもりとした茂みの下は引地川があり、手前の田んぼは夏はザリガニをとり、冬には凍り竹スケートができる小学生には格好の遊び場でした。
MACH3 2020/07/11(Sat) 12:00 No.1274
Re: 私のアルバム〜F3H@
>MACH3さん
そうです。昭和の“男の子”の遊びは少々の危険がないと面白がらなかったですね。
それがイヤだった子は“女の子”と「ままごと」して「お父さん役」やってました。
そんな冒険好きの男の子が、少年期が終わるころ遊び場は“米軍基地”へと移っていきます。
“NAS ATSUGI”はそんな青年にとって最高の「秘密基地」でしたから。

>のらひこさん
のらひこさんの“初厚木”は62年の8月22日でしたか。
私は8月16日、ちょっと早いですね。Moriさんの手ほどきを受けながらの“初厚木”は衝撃と感動の連続で、忘れられない日となっています。
何しろ見るもの撮るもの初めてづくし。F8U,F4D,F3Hの戦闘機群にAD,A3D,A4Dなどの攻撃機系と、輸送機群が
1日中ひっきりなしに飛ぶものですから堪りません。私もフィルムを2本、大量消費してしまいました。(^-^)

↓は、私の「初デモン」。興奮しすぎたのかブラしてますね。^^;

あかつか 2020/07/11(Sat) 16:31 No.1275
Re: 私のアルバム〜F3H@
近藤さんの風景デモン 良いですねェ
デモンのシルエットは遠目にも際立つフォルムですね

以前にアップした私の遠景デモンも「民家の屋根越し」だったり「相模鉄道のレール越し」だったり「絵になる垂直尾翼が」好きでした

>あかつかさん、
>のらひこさん、
私の「初デモン」は少し遅く
1962年11月5日の厚木19エンドです
VF−193のF−3B NM305/145260です。
この日はボンホムリチャードの艦載機がたくさん飛んでくれました
まだ標準レンズしか持っていなかったので、それなりのショットですが

村越賢司 2020/07/11(Sat) 22:08 No.1276
Re: 私のアルバム〜F3H@
次にF−3Bを撮ったのは1963年4月5日の厚木19エンド。
VF−54(NF)部隊が展開中でした。
その日のF−3Bショットを5枚(連貼りスミマセン)アップします

がむしゃらにデモンを撮りました

VF−54のF−3B NF202/145271

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:36 No.1277
Re: 私のアルバム〜F3H@
同じく
VF−54のF−3B NF205/145232

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:38 No.1278
Re: 私のアルバム〜F3H@
同日
厚木19エンド
VF−54のF−3B NF209/145220

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:39 No.1279
Re: 私のアルバム〜F3H@
この日の大和への帰り道に
相鉄線の線路越しに着陸する たぶんVF−54のF−3B

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:41 No.1280
Re: 私のアルバム〜F3H@
近藤さんのNO.1270と同じ意図のショットもどきですが民家の屋根越しにアプローチする たぶんVF−54のF−3B

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:44 No.1281
Re: 私のアルバム〜F3H@
>村越さん
初撮りのデモンが“コレ”ですか!(驚嘆)とても中学生の写真とは思えませんね。
62年の12月は厚木へ2度(12/9、12/29)行ってますが、[NM]はVF−191のクルセイダーのみで、デモンは撮れませんでした。
VF−193はこのデモンを最後にVF−142と称号変更しファントムになってしまったので、このデモンは撮っておきたかったです。

[NM][NF]とも標準レンズであることがとにかく凄いです!。
No1273ののらひこさんの写真は確か45mmですから、村越さんの55mmとは画面のサイズが違いますね。
ちなみに私は50mmでした。いずれにしても標準レンズで「戦闘機」が撮れたなど、今のマニアから見れば信じられないことでしょう。
Watanabeさんが「昔は1mmでも長いレンズが欲しかったなあ」とエンドデビュー当時のことを語っていたことを思い出します。
特に45ミリと55ミリでは同じ標準でも画面の中の世界は若干違いますからね。

1280の線路上でのショット、私も撮りましたよ。
当時の相鉄線は大体が大和止まりでしたから、よく19エンドへの行き帰りは線路上を歩きました。ときどき電車に出くわしてしまったときは
“のり面”の草むらに降りて通過待ちをしてましたが、関係者からのお咎めはありませんでしたね。のどかな時代だったなあ。

1280、1281は、もし「大和と厚木基地」をテーマとした写真展が開催できたならぜひ展示したい作品ですね。
あかつか 2020/07/12(Sun) 10:55 No.1282
Re: 私のアルバム〜F3H@
村越さん、1962.11.5は一緒に行ったんですよね。あかつかさんのwatanabeさんの言葉の証拠のような写真を張ります。同じ305ですが、こんなに角度が違います。
しかし、般若をばかリ見てきた目には、ネイビーのマーキングの洗練されたオシャレさに魅了されました。
デモンの翼弦長の長さはには、ビックリですね。これじゃあ、スピードが出るわけない!よっぽど着艦速度を下げることとペイロードを増やしつつ空に揚げることに苦労したんだなと感じ入ります。だって胴体の3分の1以上の長さです。

のらひこ 2020/07/12(Sun) 14:28 No.1283
Re: 私のアルバム〜F3H@
>あかつかさん
私の書き方が曖昧でした
タクマー135mmを購入したのが1963年3月22日でした
ですからNO.1276の「NM」は55mmですが
NO.1277〜1279の「NF」は135mmを使っているはずです。それでも角度がいまいちです
村越賢司 2020/07/12(Sun) 16:59 No.1284
Re: 私のアルバム〜F3H@
勝手に資料本を紹介させていただきます。
2001年に発行された皆さんご存知の「世界の傑作機〜マクダネルF3Hデモン」。執筆のほとんどはTSPCのT.MATSUZAKIさんと、
K.FUJITAさんが担当されています。
ご両人ともデモンを飛行場で実機を数多く見ておられる筈ですから、記事内容に“デモン愛”のようなものを感じますね。
“深堀り”を望まなければ、この一冊あれば充分ではないでしょうか。“世傑”に載っていない写真も当BBSで紹介しますので、
合わせて“世傑”をご覧頂きますとより趣が深まると思います。

あかつか 2020/07/12(Sun) 18:15 No.1286
Re: 私のアルバム〜F3H@
はじめましていつもうらやましく見てます。
この写真は現代だとどの辺にあたりますか?草柳1丁目交差点付近でしょうか?それとも草柳コミュニティーセンター付近ですか?
滑走路延長工事で草柳交差点付近は土盛りされて随分と変わったのですか? 以前先輩マニアの方々から昔の厚木はの今と違ってどかだった。とお聞きしましたが今でも当時の名残とかありますか?他にも当時を知る写真とかあったら是非見せて下さい。
 ken 2020/07/25(Sat) 23:18 No.1327
Re: 私のアルバム〜F3H@
>kenさん
デモンの撮影場所はだいたいこの辺だと思います。
#1270はこの道路の工事中の時ですね。
#1280は地図の場所あたりだと思いますが当時は道があったかな?
エンドに行くには#1270の道は舗装されていない割に、車がよく通り埃をかぶるので地図の旧道(現在の泉の森)の小道を使用しました。

MACH3 2020/07/27(Mon) 01:05 No.1328
Re: 私のアルバム〜F3H@
>kenさん
先の企画になりますが、マニアが見た「厚木基地・むかし話」のようなスレッドを考えています。
よくある「○○の今昔」のようなものとなります。しばらくお待ちください。
あかつか 2020/07/27(Mon) 18:22 No.1329
私のアルバム〜F3HA

AGC版 私のアルバムから(上)より  撮影:大野芳希さん 1960年8月31日

あかつか 2020/07/13(Mon) 09:14 No.1287 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3HA
夏も終わり、忍び寄る秋。真夏には見られなかった台風前後を感じさせるちぎれ雲が流れます。
今よりずっと四季の周期がはっきりしていた1960年代。Ohnoさんのこの写真は、時代の空気と季節感を見事に表現されています。
(ヒコーキがデモンだからまたいい)
あかつか 2020/07/13(Mon) 09:54 No.1288
Re: 私のアルバム〜F3HA
VF-124[D]の次に厚木へやってきたのはVF-122[NG]のF3H-2Nでした。
タイコンデロガ/CVG9の所属機で、インターナショナル・オレンジに彩られたデモンは、マニアにとって正に「これぞ海軍機」。
写真はカラーではないけれど、モノクロでも魅力的な塗装であることがわかります。
1957年10月  撮影:Kondohさん

あかつか 2020/07/13(Mon) 16:58 No.1289
Re: 私のアルバム〜F3HA
100番台のFJ−3、300番台のA4D−1、500番台のAD−6など、前スレCVG12[D]と同じく、それぞれの飛行隊は同様形式での色違いで
まとめています。スポーツチームのユニホームのようですね。
我々が遭遇した60年代中期の海軍機も華やかでしたが、50年代のほうがデザインの統一性があって、たいへん分かりやすいです。
1957年10月 撮影:Kondohさん。
ちなみにスカイホーク(VA-93/A4D-1)の来日は、このときが初めてなんですね。何と言うスゴイ日だったのでしょう。

あかつか 2020/07/13(Mon) 17:04 No.1290
Re: 私のアルバム〜F3HA
no1287、素晴らしいです。展示飛行で航過飛行がありますが、この写真は単機の航過って感じですね。デモンの位置がピッタリです。
のらひこ 2020/07/14(Tue) 14:31 No.1291
Re: 私のアルバム〜F3HA
Kondohさんが撮られた1289と同機ですが、増槽を2本吊るしてあるのが良く分かるショット。じつは増槽を2本装着できることをこの写真を見て初めて知りました。
“世界の傑作機〜マクダネルF3Hデモン”のK.FUJITAさんの説明によりますと、

『デモンは増槽を2本携行できるようになっていたものの、ほとんど1本しか付けなかった。2本だと狭い間隔で並ぶことになるので空気抵抗が
増え、増槽なしの場合より航続距離と滞空時間も減少してしまうからだった。1本ならば航続距離は伸びないものの5〜10分程度滞空時間を
増やせたわけだが、それではしょうがないと増槽を使わずにいた飛行隊もあったようだ』と書かれています。

FUJITAさんの説明にあるように、これから発表する当BBSUの写真でも増槽を吊るしてない機体のほうが、2対1ぐらいの割合で多いですね。
増槽2本の写真はこのVF−122[NG]だけでした。

あかつか 2020/07/14(Tue) 19:34 No.1292
Re: 私のアルバム〜F3HA
専門誌等で[NH]のデモンが部隊塗装を施していた頃の写真は見ていましたが、厚木で撮影されていたとはKomiyaさんのネガを
拝見するまで知りませんでした。
1958年5月18日の撮影ですから、シャングリラのWest Pacクルーズでの来日でF2H−3バンシーから交代したばかりの新鋭機。
初めて撮られたKomiyaさんは垂直尾翼と胴体に流れるインターナショナル・オレンジの色に目が眩んだことでしょうね。

あかつか 2020/07/15(Wed) 23:15 No.1293
Re: 私のアルバム〜F3HA
同じく1958年、板付に飛来したVF−114のデモンを福岡のマニアMANABEさんがキャッチしています。機首周辺に光が被ってしまい少々残念ですが(昔はよくあった)調べてみたところ、137020はNH401であることが分かりました。ネットはこんなとき便利なものですね。
デモンのとなりにA4D-1(VA-113/NH303/142229)が並んでいます。ネット画像によりますとこのA4D−1の塗装は単なるライトブルーではなくメタリックがかっていて、スカイホークの塗装としてのデザインと美しさはピカ一。モデラーさん御用達のA4Dです。

あかつか 2020/07/15(Wed) 23:19 No.1294
Re: 私のアルバム〜F3HA
更に貴重なのは、このVA−113のA4D−1は米海軍のアクロバット・チーム「アルビノ・エンジェルス」の使用機だったのです。ヒコーキファンの多くはA−4のアクロと言えば1974年から1986年まで使用されたブルー・エンジェルスのA−4Fを思い浮かべるでしょうが、それよりも16年も前にスカイホークを使用したアクロバット・チームがあったとは・・。
「アルビノ・エンジェルス」、意味ありげな名称ですね。詳しいことは分かりませんが^^;
あかつか 2020/07/15(Wed) 23:20 No.1295
Re: 私のアルバム〜F3HA
翌年(1959年3月〜10月)のシャングリラのクルーズでは、カラーペイントは落とされ“色気”はすっかり無くなってしまいました。これはVF−114に限ったことではなく、あらゆる海軍・海兵隊機に見られたもので、今のような熱心なマニアが居たらずいぶん落胆したことでしょう。まあ、当時のマニアはそんなことは気にしてなかったと思いますが・・・。

↓は、1959年7月、Nakagawaさんが撮影された厚木基地周辺の歴史を感じさせる素晴らしいショット。これで45mmですから、当時はいかに着陸が低く、被写体に寄って撮れたのがよく分かる写真でもあります。

あかつか 2020/07/16(Thu) 22:37 No.1296
Re: 私のアルバム〜F3HA
標準レンズでもソコソコ撮れたのですから、望遠(200mm)ならファインダーの世界はこれだけの違いがありました。
1959.7.16 撮影:Anzaiさん

あかつか 2020/07/16(Thu) 22:50 No.1297
Re: 私のアルバム〜F3HA
1296と同日撮影のVF−114のデモン。
白地のレドームの先端だけ黒く塗っているのが珍しいのですが、そんなことを珍しがるマニアも少なくなってしまいました(ーー;)

あかつか 2020/07/17(Fri) 11:53 No.1298
Re: 私のアルバム〜F3HA
VF−114のF3H−2の離陸直前のシーン。1959年4月29日 撮影:Todaさん
この後にJ71の轟音が滑走路周辺に響き渡らせ、ゆっくりと走り出しアフターバーナを焚いて上がっていくのでしょう。
「デモンの離陸時のエンジン音の大きさは並大抵のものではなかった」と、先輩マニアから良く聞きましたが、
私も何回かその場にいたものの、なぜかJ71の爆音の記憶がないのです。
たぶん、他のシェット音と比較ができるほどマニアとしてのキャリアが足りなかったのでしょうね。

あかつか 2020/07/18(Sat) 00:17 No.1299
Re: 私のアルバム〜F3HA
no1297を見ていると、インテークの幅が細いですね。良くインテークから兵隊が体を入れてタービンの清掃をしている写真がありますが、これは頭も入らないんじゃないかね。これじゃ、急カーブ切ったら、曲がる方は強烈な加圧、反対は境界層の下側になって、右と左の吸入量が大きく違い、ファンブレード軸に負担がかからないのでしょうか?ファントムのインテークが幅広になったのも判る気がしますね。
2本タンクの件だって、干渉抵抗って高校でも習いそうな話で、過渡期だったことが良くわかりますね。
のらひこ 2020/07/18(Sat) 14:09 No.1300
Re: 私のアルバム〜F3HA
1959年4月26日、小牧の航空ショーで展示後トーイングされるF3H−2N。撮影:Shimosatoさん
国内において初めての公開で、同時にVF−111のF11F−1も初展示。地元のファンは大喜びだったでしょうね。
たとえば関東のファンが公開日を知っていたとしても、50年代では時間と交通費がかかり過ぎて行かれなかったと思います。そんな時代でした。

あかつか 2020/07/18(Sat) 15:24 No.1301
Re: 私のアルバム〜F3HA
>のらひこさん
1297と同日にAnnzaiさんがやや正面から撮っておられます。
この写真ですとインテイクの形態がより分かりやすいですね。有りそうで無い貴重なショットです。

あかつか 2020/07/18(Sat) 23:48 No.1302
Re: 私のアルバム〜F3HA
アルビノ・エンジェルスについて・・・

Cdr. R. L. "Zeke" Cormierは、第4代目(1954−56)のBlue AngelsのCOでした。
1957年3月にVF-113から改称したVA-113は最新鋭のA4D-1を受領し、そのCOに就任します。
VA-113の任務は特殊兵器の運用でした。
そのCOにはBlue Angelsからのリーダーは適任だったのでしょう、彼は最新鋭機の慣熟飛行を重ね、昔取った杵柄でA4D-1 4機でVA-113内でデモンストレーションチームを発足しました。
このチームはミラマー海軍基地で2度のデモンストレーションしましたが、本番のBlue Angelsと変わらぬ見事な編隊飛行を目撃した海軍のお偉いさんが「これはイカン」とクレームを出しました。
そして直ちに解散命令が出されVA-113の"Albino Angels"は2度のデモ飛行で終了となりました。
昔の海軍は飛行隊でデモチームを作るなど結構融通が利いたんですね。
Albinoとは先天的に色素が欠乏した白い動植物のことを言います。
彼が青い飛行機でデモ飛行したBlue Angels時代から、新天地のVA-113のライトガルグレイとインシグニアホワイトのA4D-1は色素が欠乏したAlbino飛行機だと感じたのだと思います。
彼は1960年に日本でもテレビ放映された"Blue Angels"のアドバイザーとして参加しています。
MACH3 2020/07/19(Sun) 09:04 No.1303
Re: 私のアルバム〜F3HA
>MACH3さん
「アルビノ・エンジェルス」の説明ありがとうございます。
ググッてアルビノ・エンジェルスの映像を探してみましたが、不鮮明な4機編隊の写真が一枚あっただけで、鮮明な写真は見つかりませんでした。
でも、どこかにあるのでしょう。ぜひ見たいものですね。
“アルビノ”と聞きますと白鷹とか白鯨を想像しますが、シーブルーの海軍機に搭乗することが日常だった隊長から見れば、確かにガルグレイ&インシグニアホワイトのA−4を“アルビノ”と呼んだのも頷けます。エピソード、大変楽しく読ませていただきました。

↓はTSPCのFukuiさんが1958年7月6日に撮影された“激レア”写真です。標準レンズ(48mm)ですので、かなりトリミングしてますが、それでもこれだけ撮れたのですから100mmもあればマニア史に残る物凄い写真となったでしょうね。

あかつか 2020/07/19(Sun) 10:53 No.1304
Re: 私のアルバム〜F3HA
n01302,こんな贅沢なショットは無いですね。デモンですよ!絶対走って、悔しいけど、仰ぎ気味の横写真を撮りますよね。でもこの写真、なんかベニヤ板のUコン機の翼を思い出させませんか?この位のアスペクトでエンヤの09で全く浮かなかったのを思い出します。
別件です。アルビノはアラビア語なんですよ。albはアルビヨン、アルブミンなんか全部白を思い出させます。
のらひこ 2020/07/19(Sun) 15:11 No.1305
Re: 私のアルバム〜F3HA
里芋畑を眼下に滑走路へ進入するデモンを捉えた1シーンですが、この静寂感を何と表現したらいいのでしょうか。
ランウェイ・エンドの辺りから誰かが凧を上げているのような感じがいたします。
現実はあり得ないことですが、写真は時として人の想像力を混乱させます。  1959年7月 撮影:Nakagawaさん

あかつか 2020/07/19(Sun) 23:51 No.1306
Re: 私のアルバム〜F3HA
対照的に同日、同地点でとられたこの写真からは、ゴー・アラウンドの爆音が聞こえてくるようです。
これこそモノクロ写真の成せるもので、カラーですとこうした想像力は働きませんね。

あかつか 2020/07/19(Sun) 23:58 No.1307
Re: 私のアルバム〜F3HA
1961年4月26日、RW19へ進入するノーマークのF3H−2N。ネットによりますとこのデモンはVF−114/NH403らしいです。
それよりも気になるのは、この写真の撮影ポイント。たぶん135mmで撮られたと思いますが、モーボを画面に入れ込んで、
機体を真横から写したのはKomiyaさんの写真しか見たことがありません。
手前に鉄条網を張った柵が写ってますので、人が行かれる環境にはあったと思われますが、危険な雰囲気が漂っています。
たとえ当時のマニアがこの場所を知ったとしても側に近寄れなかったのではないでしょうか。モーボの中のLSOがタワーへ連絡すれば
SP(シュアーパトロール)のフォードF100がすぐやって来て助手席に乗せられてしまいますから(*-*;)

あかつか 2020/07/20(Mon) 13:45 No.1310
Re: 私のアルバム〜F3HA
NO1310を見てビックリです。座っているLSOから判断してモーボの大きさは2階建ての家屋より大きくて高かったんですね。滑走路の延長上からしか見ていなかったので、意外な発見です。それに当たり前ですが、クーラーが付いていたんでしょうね。我々は高三になってから学校にクーラーが付いた時代です。自宅には窓を30cm開けて差し込むタイプが付いたのがやはり高三の頃でしょう。
真横のデモン!!こう見ると、クリーンなせいかファントムの栄養失調な兄貴って感じですね。でも音は薄い記憶ですが、かすれた低音の轟音だったような気がします。
のらひこ 2020/07/21(Tue) 08:51 No.1311
Re: 私のアルバム〜F3HA
>のらひこさん
移動式のモーボの周辺に電源設備が見当たらないので冷房機はなく、せいぜい扇風機といったところではないでしょうか。
厚木へ行きはじめた頃、ただ降りてきたヒコーキをひたすら撮るだけでしたが、そのうちモーボにピックアップトラックがやってきてLSOを連れていくと、ランウェイ・チェンジになることを先輩から聞いて知りました。ですので、ヒマで無風状態になるとモーボを常に見張ってましたよね。こんなアナログ的な飛行場の世界が楽しかった。
あかつか 2020/07/21(Tue) 12:08 No.1312
Re: 私のアルバム〜F3HA
デモン
懐かしい響きですね。
添付の写真はジョンソン(現 入間)最後の三軍1960/5/21に展示されたレンジャー搭載のVF-92のF3H-2(F-3B) NG-203。まだ機関砲は4門ついています。
厚木が工事中のため横須賀入港時艦載機はジョンソン等他の米軍基地に来ていました。

geta-o 2020/07/21(Tue) 19:45 No.1313
Re: 私のアルバム〜F3HA
>geta-oさん
1960年のジョンソン三軍記念日ですか。
私を含め、60年代から始めたマニアにとってはスタートが1〜2年遅れただけで「マニア的世界」がずいぶん違うものです。
60年のジョンソン三軍記念日にしてもデモンは関東初公開でしたし、F8U−2も初めての展示でした。おまけに、ブルーインパルスの前身、空中機動研究班(後の天竜チーム)のF−86Fの編隊演技の初披露などが
あり伝説の日と語り継がれました。 ↓撮影:Y.OKAJIMAさん
そんな、現場にリアルタイムで立ち会えたgeta−oさんが羨ましいです。

あかつか 2020/07/22(Wed) 00:01 No.1314
Re: 私のアルバム〜F3HA
初めてスモークを曳いて演技した「空中機動研究班」のF−86F。
この日から『ブルーインパルス』の物語が始まったと言ってよいでしょう。撮影:OKAJIMAさん

あかつか 2020/07/22(Wed) 00:06 No.1315
Re: 私のアルバム〜F3HA
今日も3軍のデモン
1962/5/19厚木の3軍です。
昔厚木の3軍はエプロンでの公開は無く指令部近くの体育館横の道路に数機が展示されるだけでした。
1962年の3軍もノーマークのF8U-1E,AD-6,F3H-2N,WFのF4D-1と海自のS2F-1の5機が展示してあり午前中に前のグランドでヘリが飛んだだけでした。
終了時間が近付くと展示機は順次飛行場地区へトーイングされて行きました。
このトーイングを土手の上から撮るのが一番いいアングルで撮影出来ました。
ノーマーク機ですがF3H-2仕様に改修されていますが元はF3H-2N(F-3B)です。

geta-o 2020/07/22(Wed) 21:22 No.1316
Re: 私のアルバム〜F3HA
>geta-oさん
前年の三軍記念日(1961.5.20)も同様な公開の後ノーマークのデモンが同じようにトーイングされたのですね。厚木三軍記念日の歴史を物語る大変貴重な写真です。 撮影:WATANABEさん

geta−oさんの136974はVF−93/NM306で、WATANABEさんの136987はVF−92/NG201だそうです。(元か先かは不明)
61年、62年の三軍記念日展示機の写真を拝見しますと汚れの無いノーマーク機が多いのは、きれいな機体を展示しようとする米軍の計らいだったのですかね。(〜〜;)

あかつか 2020/07/22(Wed) 23:57 No.1317
Re: 私のアルバム〜F3HA
私たち団塊の世代は、60年61年にもデビュー出来る可能性が有ったんですが、さすがに中一じゃあ無理ですよね。でもこの2年が物凄い濃い年だったんですよ!geta-oさんがうらやましいです。
のらひこ 2020/07/23(Thu) 11:47 No.1318
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