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お知らせ

将来世界の航空遺産となろうかと思われた最大の巨人機アントノフAn225ムリーヤ(=夢、希望)がロシア軍の空爆で破壊されました。
下は2013年1月18日、エイブルドッグさんが厚木で撮られたAn124ルスラーンですが、ムリーヤ無きあと世界最大の航空機となるAn124を
このように安心して目にする日はいつになるのでしょうか。再来日を願うばかりです。

あかつか 2022/03/29(Tue) 14:55 No.2538 [返信]
Re: お知らせ
1958年4月12日、レニングラード交響楽団日本公演で初来日したツポレフTu−104A。 (撮影:TSPC/T.田中さん)

あかつか 2022/03/29(Tue) 14:58 No.2539
Re: お知らせ
左にパンアメリカンのストラトクルーザー、ノースウエストのDC−7Cが写し込まれていますが、当時アメリカの国際線の主力はまだレシプロ機だったのです。
パンナムが太平洋路線にボーイング707を投入したのは1959年8月ですから、旅客機のジェット化はソ連が一歩先んじておりました。
ある意味50年代のソ連は自信に満ち、余裕をも感じさせる国でもありました。

あかつか 2022/03/29(Tue) 15:00 No.2540
Re: お知らせ
ロシアとウクライナの人たちにこのような笑顔が見られるようになるのはいつになるのでしょうか。
世の中が落ち着くまでBBS2「私のアルバムから」をしばらく休ませていただきます。

あかつか 2022/03/29(Tue) 15:13 No.2541
Re: お知らせ
>あかつか様
大変ご無沙汰しております。私の画像の紹介、ありがとうございます。今見ると富士山の手前のオジサンが邪魔で、もう少し左へ移動して撮ればよかったと反省です。まさか厚木へアントノフが来る、しかも米軍のMH-60を積んでとは想像だにしなかったことでした。冷戦が過去のものと強烈に認識させられましたが、それから11年後には再び米露が深刻な対立の時代を迎えていますね。
abledog 2022/03/31(Thu) 15:36 No.2542
Re: お知らせ
>abledogさん
平常心を保ちながら飛行機(軍用機)と付き合って行くのに悩ましく思う日々を送っております。
あかつか 2022/04/03(Sun) 17:51 No.2543
お知らせ

諸事情によりしばらくの間BBS2を休ませていただきます。
'50sスペシャルの続きに関しましては3月末にアナウンスします。

あかつか 2022/03/02(Wed) 23:37 No.2537 [返信]
'50sスペシャル

#2520のミーティアと同じ日の板付三軍記念日に撮影されたと思われるVR−23/TBM−3Rアベンジャーの現役時代の姿。
同飛行隊のアベンジャー1機は用廃後、そのままシーブルー塗装で下総基地に置かれており、63年3月の下総基地見学会の際に撮ることができました。
(写真は真鍋さんのコレクションより)

あかつか 2022/02/20(Sun) 00:09 No.2521 [返信]
Re: '50sスペシャル
撮影者の搭乗機から窓越しにキャッチしたA4D−1。
VMA−224[WK]はスカイホークを使う海兵隊はじめての部隊で1957年10月に岩国へ配備されました。
50年代の写真ですから、撮影した日本のマニアは私が知る限りこの写真の方とK.Kondohさんのみです。
海軍機マニアにとって「激レア写真」の写真であることは疑う余地はありません。
A型(A4D−1)は給油パイプ未装備で機首は短く後に出現するC型やE型と比べると小さく見えますね。いかにも“ バンタム ”級と言った感じです。

バックに写る懐かしのDCー3は、日ペリ航空と極東航空が合併して全日空になった頃。日・米の時代を表わす貴重なショットと言えましょう。

あかつか 2022/02/21(Mon) 00:02 No.2522
Re:'50sスペシャル
シャープな画像ではありませんが、何と板付にヘイスチングスです。
60年代の半ばぐらいまで立川や羽田にも年に数回来てましたから板付に飛来していても不思議なことではありませんが、写真は初めて見ます。
本当は私らが知らないだけで、ビバリーやフレイターなども来ていたのかも知れませんね。
昔の板付はマニアにとって底知れぬ魅力的な基地だったようです。

あかつか 2022/02/21(Mon) 23:28 No.2523
Re: '50sスペシャル
赤塚さん、こんにちは。
いつもchecker tail BBSを楽しく拝見しています。

先輩方々の記録には驚くばかりで、これだけの資料を集められた赤塚さんの努力にも感謝いたします。
地元で育ったマニアとしてITAZUKEスペシャルは楽しみにしています。

早速ですが、NO.2523は板付の背景の山によく似ているのですが、残念ながら板付ではありません。
外来用のランプがあった基地の東側部分は敷地が狭く、あのような大きなハンガーがあった記録はありません。
横田、ジョンソン、板付のハンガーの形状とも異なります。

同じ様なハンガーが写った写真を見たことがあったので、調べてみました。
添付の画像もNO.2523と同時期だとと察しますが、板付とのキャプションが付いています。
私はプサンだと推測します。プサン(現在の金海Gimuhae空港)では長い間米軍機の整備を行っていました。

H.I 2022/02/22(Tue) 19:26 No.2524
Re: '50sスペシャル
>H.Iさん
ご指摘ありがとうございます。
私も格納庫の屋根の形状が少し違うと気付いてはいたのですが、改修でもしたのだろうと、勝手に解釈し「板付のヘイスチングス」として載せてしまいました。汗顔の至りでございます。
しかしながら、韓国で撮られた写真だとしますと、真鍋さんはどんな経緯で入手したのか気になりますね。

写真手前のネプチューンはVP−7のP2V−5のようですね。
Webで調べてみますと、1953年から54年にかけて岩国に配備されてます。
以後スペインのロタから本国へ帰還しテールコードはHEからLBに。
VP-7は1969年NAFシゴネラで解隊されてしまったので、日本のマニアにとって縁遠い飛行隊でした。
あかつか 2022/02/22(Tue) 19:40 No.2525
Re: '50sスペシャル
NO.2523のヘイスティングスの後ろのハンガーと似たような形のハンガーを探してみました。
するとどうでしょう、NO.2474のネプチューンの後方のハンガーがピタリと一致しました。
そこで、私が赤塚さんに送ったカラーの写真と比べてみると、これまた一致しました。
ハンガーの後ろにも山が二重に存在しますが、一番右に写るハンガーの後方には近い山が写っています。
ヘイスティングス後方にも山は二重に写っています。


↓は新たな画像ですが、1950年に撮影されたRAAFのF-51です。後方の山は他の画像でも見られるものと同じだと確認できます。
これは何処でもない、岩国です。
直ぐ後方は岩国市の西にある標高150mの平家山だと思います。
私が長い間プサンの飛行場だと思い込んでいた画像も、実はIWAKUNIだった様です。

最初に送った手前にネプチューンが写った写真は、
1953年から1954年にかけて板付に赴任していた空軍の管制官が撮影したものだそうです。
それで板付での撮影となっていたのでしょうが、実は岩国での撮影だった様です。
岩国は1952年にアメリカ空軍基地となり、1954にはアメリカ海軍、1958年から海兵隊の基地と変更されています。
VP-7のネプチューンはまだ空軍基地だった時の撮影の様で、写っている多くは空軍機です。
一番遠方はまだRAAFのF-51の様にも見えます。

H.I 2022/02/23(Wed) 11:22 No.2526
'50sスペシャル
H.Iさん
フォローコメントありがとうございます。
空軍基地時の岩国の写真だったとは・・。初めて拝見しました。
写真は色落ちも無くおそらくASA10〜20ぐらいのコダクロームでしょうね。あの時代のコダクロームは映画で言うとテクニカラーのような発色で何とも良い味がありますね。

ITAZUKE スペシャルがIWAKUNIへと飛んでしまいましたので、このスレは「'50sスペシャル」として進めましょう。

下は真鍋さんコレクションより2522の機内の窓よりキャッチしたVAH−8/CVG21 レキシントン搭載のA3D−2。1958年の秋ごろの撮影でしょうか。
同じVAH−8のA−3で1967年の厚木三軍記念日に公開されたNK105より、塗装は地味ですが改造前の黒いレドームに尾翼の走る電光、斜めに書いたZDのレターとBuNoなど、
“ない物ねだり”傾向の私には旧タイプのA−3に魅力を感じます。

あかつか 2022/02/23(Wed) 11:59 No.2527
Re:'50sスペシャル
こちらも真鍋さんコレクションよりのFASRON120のUF−1。撮影年は1958年と思われます。
場所は岩国での撮影のようですが、背景に写る建物やアンテナに見覚え(写真でも)のある方がおられればご教授下されば幸いです。

シープレーングレイ一色(またはシーブルー)のアルバトロスは迫力がありますね。

あかつか 2022/02/24(Thu) 21:40 No.2528
Re: '50sスペシャル
このUF−1/137912は1966年に民間レジN70270を獲得しましたが、1988年にツーソンAZ入りしスクラップになってます。

FASLON120は1960年に解隊されているのでNレジになるまで6年間、どこに配属されたのでしょう?
そしてNレジになった66年から88年までの動向も気になるところ。
下はネットに出ていたものですが画像の雰囲気からして古い写真ではないようです。
驚いたことは上のUF−1が、そのまんまの姿で砂漠に晒されていることでした。

あかつか 2022/02/24(Thu) 22:07 No.2529
Re: '50sスペシャル
門上さんが1959年12月大分空港で撮影したFASRON120のUF−1/137908です。
こちらは私たちが馴染み深いシープレーングレーとインシグニアホワイトの塗装機。

標準レンズならではの迫力と画調の良さは、とても50年代に国内で撮影されたとは思えないほど上質な仕上がり。
シャッターチャンスを逃さず、飛行機の記録写真の枠を超えた優れた“作品”だと思います。

FASRON120が解隊された1960年以後の同機の経過を調べるには時間が足りませんが、この137908は民間人の手でレストアされ、
1995年の横田基地友好祭で公開展示した機体です。世界中で最も多くの人に撮られたアルバトロスと言えますね。

あかつか 2022/02/25(Fri) 22:58 No.2530
Re: '50sスペシャル
下は2003年出版のCHECKER TAIL3に掲載されたVU-5のF9F-8Pですが、掲載当時は「8Pクーガー」がVU−5で使用されていたことも、
写真がいつ、どこで撮られたものなのかも分かりませんでした。

6年後、真鍋さんコレクションの中から尾部の写真を拝見!! 1958年5月の板付三軍記念日で撮影されたものと判明しました。
それまで知らなかったことが、ある日突然分かったときの嬉しさは史料派としてじつに嬉しいことなのです。

あかつか 2022/02/26(Sat) 23:25 No.2531
Re: '50sスペシャル
こちらが、その証拠写真。背景が写り込んでいますので板付三軍記念日に撮られたものと分かります。

あかつか 2022/02/26(Sat) 23:31 No.2532
Re: '50sスペシャル
1958年の板付三軍記念日に展示されたVMCJ−3のF9F−8P。
VMCJ−3(TN)は1959年1月にVMCJ−1(RM)が編成されるまでの間、F3D−2Qとともに岩国に展開しました。
この写真が出てくるまで、お定まりの富士山バックに撮影された8機編隊(スカイナイト×4、フォトクーガー×4)のオフィシャル写真しか見たことがなく、
板付三軍記念日に展示されていたとは全く知りませんでした。
色使いは無く、無塗装に近いのですが、海軍機マニアには“TN”のテールコードだけで充分でしょう。 (写真:Y.Ohnoさん)

あかつか 2022/02/27(Sun) 21:44 No.2533
Re: '50sスペシャル
1959年4月26日、小牧航空祭で公開されたハンコック/CVG−11/VFP−61のF9F−8P。
この他にもCVG−11(NH)のデモンやタイガーも初披露。地元ファンには展示機に恵まれた航空祭でした。

逆光で少々惜しい気もしますが、クルーの動きと人物の位置がうまくはまって、ヒコーキ写真のスナップとしてお手本のような作品と言えるのではないでしょうか。
ちなみに、この144414は59年7月16日、厚木で撮影されたときは改編後のVCP−63となってました。

あかつか 2022/02/28(Mon) 23:56 No.2534
Re: '50sスペシャル
Shimozatoaさん撮影の小牧航空祭でのフォト・クーガー。
6×6判かセミ判でしょうか。原版は粒状がしっかりとしていて、印画の仕上がりも大変良かったです。

あかつか 2022/03/01(Tue) 23:35 No.2535
Re: '50sスペシャル
TSPCのAnzaiさんが厚木RWy19で捉えたVCP−63のPP973。
若干トリミングさせていただきましたが200mmでのショットです。1959年で200mmを使っていたヒコーキマニアは私が知る限りAnzaiさんしか知りません。

私の一世代上の先輩マニアが望遠(135mm)を手にするのは1960年ですから、そのときは残念ながら「8Pクーガー」はF8U−1Pに機種転換されてました。
航空雑誌のグラビアでしか知らない私と違って、まさに“すれ違い”。悔しい思いを持ったでしょうね。

あかつか 2022/03/01(Tue) 23:47 No.2536
IWAKUNI スペシャル

懐かしさも通り過ぎたような60年以上前のヒコーキ写真にどれだけの人が興味を持たれるかは分かりませんが、一つの「イワクニ」
の史料として見ていただければと思います。

写真を“見よう見マネ”で撮り出したのが1961年からですから、自分の写真は一枚もありません。
従いまして全ての写真はCHECKER TAIL4の出版の際に、先輩方からご提供のあったものです。
再掲写真もありますが、PCの画面ですと見方も変わってきますので暫しお楽しみ頂ければ幸いです。

トップの画像はTSPCのTodaさんがさんが1960年11月23日、航空ファンでの取材に訪れた際に撮られた素晴らしい作品。
手前にロープが張ってあることから、立入禁止区域のようですが、それが却って前線基地のような空気感が伝わってきます。
このような作品は本格的に写真を学んだ人でないと撮ることは出来ないでしょう。

あかつか 2022/02/06(Sun) 00:42 No.2506 [返信]
Re: IWAKUNI スペシャル
訓練飛行へ飛び立とうとするVMA−121のA−4B。J65のエンジン音が聞こえてくるようです。
海軍・海兵隊機が派手にペイントを塗らなかった時期ですので、海軍機ファンには物足りなく映るでしょうが、
“白黒寫眞的”にはノーマークに近いこの姿の方が良いと私は思います。
パイロットのヘルメットには皆さんおなじみのGreen Knightsのマーキングが描かれていますね。

あかつか 2022/02/06(Sun) 11:32 No.2507
Re: IWAKUNI スペシャル
私が見た岩国へ降りる海軍機の最も古い写真が、この1955年に撮影されVPー19のP2V−7です。
撮影者は不明なのですが、1955年当時にこれだけの写真を撮られているのは相当写真技術に長けた方ですね。
ネガのスリーブにはこの他にどんな機体が写っていたのでしょう。想像するだけでドキドキしてしまいます。ミーティアなんかも撮っていたのかなあ^^;

機首と尾部に銃座が付いた7型(P2V−7)の写真が日本で撮られていたことも驚愕ですが、webで調べてみますと1955年11月に岩国へ配備されたとなってます。
我々が見て知る通常型のネプチューンと銃座付の機体と混成だったようで、下右の写真は日本へ来る直前にサンフランシスコ上空で
撮られた公式写真です(写真:USN)

あかつか 2022/02/07(Mon) 19:35 No.2508
Re: IWAKUNI スペシャル
少年時代から大変お世話になりました下郷さんが岩国へ初遠征した際に撮られた20エンドの風景。
私たちが見る岩国の風景は、背後が海にあたるため今でも大きく変わりはありませんが、地上の光景は今とだいぶ違いますね。

カメラはおそらくスプリング式(蛇腹式)のフジカシックスでしょう。レンズはフジナー75mmで、35mm換算すると50mmの標準画角。
写真のAD−6をF−35やFA−18に当てはめてみますと、私たちが現在見る岩国エンドの風景と変わりないように思えます。

あかつか 2022/02/10(Thu) 18:28 No.2509
Re: IWAKUNI スペシャル
上の飛んでるスカイレイダーはVMA−331のAD−6ですね。
下のショットは真鍋さんのコレクションフォトですが、翼を折る途中のADのこの角度からの写真は極めて珍しいです。

1959年に海兵隊最後のスカイレイダー部隊として岩国を離れた後、VMA−331[VL]はしばらく日本へ展開しませんでした。
それが21年ぶりに大胆な塗装のA−4Mをもって岩国に配備されたとき、海軍機ファンの皆さんは大喜びだったでしょう。
私はグッスリ眠っているときではありましたが ^^;

あかつか 2022/02/10(Thu) 19:23 No.2510
Re: IWAKUNI スペシャル
#2511と同じく下郷さんが1958年3月18日に撮られた岩国20エンド周辺の干潟。土地勘がないので現在ならどこで撮ったのでしょう。飛んでいるのはマーケーター。

岩国では3月17日と18日、2日間にわたって撮影されたようです。
情報皆無の時代ですから、下郷さんはおそらく地図を頼りに自力で撮影ポイントを探索したのではないでしょうか。
50年代に写真を撮っておられたレジェンドマニア数名の方から聞いた話によりますと、飛行場でマニアらしい人に一度も出会ったことが無かったと皆さん仰っていました。
そんな中、当時お住まいの名古屋から未知への岩国へ行かれたことは、唯々頭が下がるばかりです。

あかつか 2022/02/11(Fri) 23:44 No.2511
Re: IWAKUNI スペシャル
上の写真と同日、#2509のAD−6と同じポイントから撮影されたVQ−1(PR)/P4M−1Qの離陸。
マーケーターは、スカイレイダーの倍以上の大きさですが、標準レンズでは形状確認がせいぜいと言ったところでしょうか。
ただカメラが6×6判の75mmであることからトリミングが効いて何とかマーケーターらしい写真となってます。58年当時に見られた垂直尾翼の電光も確認できますね。

あかつか 2022/02/12(Sat) 00:04 No.2512
Re: IWAKUNI スペシャル
下郷さんの岩国遠征初日は曇天だったようすです。
着陸するのはMARS−1のTV−2。

あかつか 2022/02/12(Sat) 23:11 No.2513
Re: IWAKUNI スペシャル
じつは、この写真を見るまでMARS−17にTV−2が存在していたことを知りませんでした。写真そのものも初めてです。
テールコードはおそらくAZ。後のSZですね。
激しくトリミングしてみましたが、ちゃんとしたトレーナーのペイントを施しているではありませんか。美しかったでしょうね。

あかつか 2022/02/12(Sat) 23:25 No.2514
Re: IWAKUNI スペシャル
下の左の史料はMACH3さんがみつけたもので、右はKondohさんが厚木でキャッチしたMARS−17のF9F−8。極めて珍しい写真です。
史料によりますと、1958年当時はずいぶんバラエティに富んだ機体を持っていたのですね。
テールコードがSZになってからの1959年にはFJ−4フューリーも使っていました。F9F−8と交代したのかも知れません。

あかつか 2022/02/12(Sat) 23:27 No.2515
Re: IWAKUNI スペシャル
#2513と同日に捉えたシーブルー/VQ−1のA3D−1Q。
1960年にVQ−1が岩国から厚木へ移動したので、以後に撮影されたVQ−1のA−3の写真は数多く残されていますが、
写真は全てA3D−2Q(EA−3B)です。

私たち並びに一世代上のマニアにとって−1Q(EA−3A)は伝説上の海軍機で、しかもシーブルー塗装機となると日本では下郷さんしか撮っていません。
この生写真を見たのは60年前、そのときの衝撃は今もって記憶に残っております。私が知る限り−1Qの写真を撮られた日本人マニアは全国で4人だけ。

あかつか 2022/02/14(Mon) 00:38 No.2516
Re: IWAKUNI スペシャル
冒頭の写真と同日、Todaさんが岩国取材に訪れた際に撮られたVP−50(SG)のP5M−2マーリン。
世界に冠たるUS−1/2も、新明和がP5のオーバーホールを請け負っていたので開発には大いに役立ったのではないかとP5の写真を見るたび思うのです。

あかつか 2022/02/14(Mon) 17:33 No.2517
Re: IWAKUNI スペシャル
写真は「時代を写す鏡」とよく言われますが、この写真は戦後間もない岩国の“ スベリ ”を見事に写し撮った貴重なカットですね。
岩国基地の歴史やVP−50の史料として貴重な写真記録だと思います。     撮影:Todaさん

あかつか 2022/02/14(Mon) 17:53 No.2518
Re: IWAKUNI スペシャル
1960年5月20日、Todaさんが撮影されたR4D−8(62年9月よりC−117Dとなる)
C−117Dは1980年代まで現役でしたから、多くの海軍機マニアが撮影し、機体のイメージからバイプレーヤー的存在とし後年は人気のあった輸送機でした。
私もC−54、C−118と共に出会いの多い機体でしたが、この写真のようにじっくり腰を落ち着けて撮ったことはありませんでした。

やはり地上での写真は「画面構成」がモノを言いいますね。
しかもこのカットの価値が高いのはR4Dの後方にR4Qを写し込んでいること。
R4Qが写っていることにより50年代の輸送機はレシプロが主流であったことが語られるわけです。

あかつか 2022/02/16(Wed) 00:03 No.2519
Re: IWAKUNI スペシャル
IWAKUNI スペシャルのラストは岩国に駐留していたミーテイア。芝生の感じから板付の三軍記念日ではないかと思われます。
真鍋さんコレクションからのコピーですが、国内で撮影されたミーティアの写真を見たのはこれが初めて。
三軍記念日であることも写真価値をグっと押し上げていますね。観客の風情も50年代そのものです。

1952年のサンフランシスコ講和条約締結でイギリスの占領任務は完了し部隊は帰国しましたが、解散は1955年となってます。
よって撮影されたのは1954年ないしは55年と推察しますが、まさかミーティアの写真が出てくるとは思いもよりませんでした。
第一世代のイギリス製の戦闘機が日本の空を飛んでいとは・・・。と想像するだけでゾクゾクしてしまうのは、私と一部のオールドマニアだけなんでしょうね。

板付の話が出たところで、次回は50年代に撮影された真鍋さんコレクション板付篇を2月21日からご紹介します。

あかつか 2022/02/17(Thu) 00:20 No.2520
岩国三軍 66

岩国へ展開していたネプチューン部隊はVP−1とVP−2でした。

あかつか 2022/01/09(Sun) 23:44 No.2464 [返信]
Re: 岩国三軍 66
左はネットや印刷物に散見されてるVP−2のエンブレムで、右は岩国の資材置き場の壁に貼り付けてあったものです。
海軍機の部隊マスコットやエンブレムは、展開時期や機種転換時に描き方が変わることが度々ありますが、ここまで雑に省略してしまうのも珍しいです。

あかつか 2022/01/10(Mon) 00:35 No.2465
Re: 岩国三軍 66
NAVYのP−2群。
♪ 遥々来たぜ岩国へ〜 厚木や横田では決して見ることのできない光景でしたから貴重なカラーでも撮影。
晴れていればネプチューンのデモ飛行もあったかも知れませんね。残念でした。

毎年、航空情報の7月号で各基地の三軍記念日を写真と記事で紹介してましたが、1966年7月号には岩国の写真が1枚も載っていません。
三沢、岩国、板付まで記者を送る余裕はなかったようで、関東の基地以外の三軍記念日の模様は読者の写真に頼っていたようです。
たまたま66年は岩国三軍の写真を編集部へ送るマニアが一人も居なかったということですね。

あかつか 2022/01/11(Tue) 19:40 No.2466
Re: 岩国三軍 66
上の写真は35mmで下は200mmで撮ったもの。
何かの上に登って撮ったのでしょうが、記憶は忘却の彼方です。
こうして見るとガルグレイのネプチューンも中々イイもんですね。

あかつか 2022/01/11(Tue) 19:47 No.2467
Re: 岩国三軍 66
多くの飛行ョーが雲が低すぎて中止となり、唯一のデモは三軍記念日名物の消火訓練でした。
どういう訳か観客から遠く離れて実施され200mmでもこれが精いっぱい。

あかつか 2022/01/12(Wed) 23:22 No.2468
Re: 岩国三軍 66
消火訓錬の場へ向かうCH−19E。
岩国のマニアにとっては取り立てて珍しくはなかったのでしょうが、私にとって初めて見るマリンコのH−19。
よって貴重だったカラーリバーサルで撮らせてもらいました。

あかつか 2022/01/12(Wed) 23:28 No.2469
Re: 岩国三軍 66
公開中に那覇から飛来したVP−47のP−3A。
VP−47は前年にSP−5Bから機種転換したばかりでしたので、この時点では新品のオライオン。
厚木では見たことが無かったので、その時点では[RD]でも嬉しかったですね。

P−2からP−3へ、時代の変り目を表す写真。

あかつか 2022/01/13(Thu) 19:25 No.2470
Re: 岩国三軍 66
今回の特集の写真を整理していて気がついいたもですが、このKC−130FにJATOが装着されてますね。
その右にはブルー・インパルスの86Fが・・・。
晴れていれば130のJATOデモや、インパルスの展示飛行も見られたかも知れません。

あかつか 2022/01/13(Thu) 19:30 No.2471
Re: 岩国三軍 66
三軍記念日当日は悪天候に祟られましたが、翌日の夕方には天気は回復しました。
その後2日間岩国に逗留しましたが気に入るような写真は撮れず、後年マニアの間で言われた「岩国上がり」にストレスを感じるばかりでした。

↓はMigさんに拝借したタクマー400mmf5.6で撮影したVW−1。
今に至るまで「岩国上がり」を撮ったのはこの1回だけです。

あかつか 2022/02/01(Tue) 19:33 No.2505
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