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私のアルバム〜F3HD

1963年4月1日「厚木にて」  撮影:渡邊俊彦さん

あかつか 2020/08/13(Thu) 23:06 No.1371 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3HD
ヒコーキ写真マニアなら誰もが撮影したシルエット写真。
ですがWATANEBEさんの手にかかると、単なる“影絵”とはならず、抒情あふれる作品となってしまうのはご本人の豊かな感性としか言いようがありません。
撮影年月日から推察しますとVF−54[NF]のF−3Bだと思いますが、このような作品には部隊やナンバーはどうもでいいんです。
あかつか 2020/08/13(Thu) 23:40 No.1372
Re: 私のアルバム〜F3HD
思いがけない展開を目の当たりにして咄嗟の判断でシャッターを切ったのではないかと思われるNarisawaさんのドキュメントショット。
1963年3月28日、Rwy19。

画面を真横にして撮ると水平は保たれるものの、3機同時に画面へ収めることは不可能。こういうときは撮影者の反射神経がモノを言いますね。
撮影時期からするとデモンはVF−54[NF]と思いますが、ここで部隊やナンバーを語っても意味はないでしょう。
外周道路に写っているSPの車が画面に緊張感を生んでますね。
車は止まっているのか?走っているのか?当時を知る者にとっては気になるところです。

あかつか 2020/08/14(Fri) 19:07 No.1373
Re: 私のアルバム〜F3HD
あははは!!大Narisawaさんも撮ってますか!!絶対に紙に焼かれることのないコマですよね。みんな、体を斜めにして、全部をいれようとしたもんです。あの当時、zoomなんて夢にも持てなかった時代、斜め写真はみんな撮ってるんじゃないでしょうか?でもデモンは私は無いな〜。
しかし、F100はあんなところに駐車できたかしら。道路でなく、柵の際の芝生の上まで来てたんじゃない。
のらひこ 2020/08/15(Sat) 10:23 No.1374
Re: 私のアルバム〜F3HD
Gabariさんが撮られたNF204のデモン。撮影日は1963年4月11日なので機名がF−3Bと表記されています。

モノクロ主体の60年代初期では好天時Y2フィルターか、01フィルターをかけるのが常とされていましたので、垂直尾翼先端のオレンジイエローの帯とチェスのマークがフィルターにより判りにくくなっていますね。
当時のマニアもマーキングは意識しましたが、塗装の色によってフィルターを付けたり、外したり、そこまで考える人は居なかったのではないかな。

あかつか 2020/08/15(Sat) 22:26 No.1375
Re: 私のアルバム〜F3HD
同じころキャッチしたのらひこさん撮影のデルマーターゲットを曳くNF206。曇天のようですので多分UVかノーフィルターでしょう。
オレンジイエローの帯の中に“シルバーキングス”を表すチェスの駒が確認できます。

あかつか 2020/08/15(Sat) 22:41 No.1376
Re: 私のアルバム〜F3HD
それでも尾翼をアップで撮らないとはっきりとしたマーキングは判りません。
下の写真くらい大きく画いてくれるとチェスの駒であることがはっきりしますね。

古くからの写友S.Masamiさん撮影のエンタープライズ/CVW9でのF−4Bですが、VF−54からVF−92へ部隊称号変更後2度目の来日時(1968年1月)にキャッチしたもの。
B型ファントム愛好者の小生にとっては大変気に入った写真ですが、国内外問わずファントムの本を作ろうとする編集者も即採用必至でしょう。
なぜこんな素晴らしい写真をCHECKER TAILシリーズで使わなかったのだろう?スイマセンMasamiさん。

あかつか 2020/08/15(Sat) 22:43 No.1377
Re: 私のアルバム〜F3HD
VF−154ブラックナイツとともに日本のマニアになじみ深かったのがVF−21フリーランサーズ。
私の“初デモン”もVF−21でしたし、1996年、F−14が離日するときも早朝厚木の01で見送っています。(本国で解隊)
そのフリーランサーズがVF−21となる以前、VF−64時代に撮影されたF3H−2。1958年の撮影なので、さすがに撮っている人は
元祖アツギマニアのKondohさんしかおりません。ちなみに、これ45mmです。どこで撮ったのでしょうね。

あかつか 2020/08/16(Sun) 23:33 No.1378
Re: 私のアルバム〜F3HD
1275で私のお見苦しい“初デモン”写真をご紹介してますが、そのとき一緒に撮影したMoriさんのショット。
完璧と言っていいほどのフリーランサーズのデモンの姿ですね。1962年8月16日
「駆け出し」と「ベテラン」の差はこれほどまでにあったのです。

あかつか 2020/08/16(Sun) 23:50 No.1379
Re: 私のアルバム〜F3HD
同じくMoriさん撮影の1962年8月16日の午前、RW19へ進入するNE209。
200mmで撮られたと思いますが、なぜか私の標準レンズのネガには写っていませんでした。

あかつか 2020/08/17(Mon) 00:01 No.1380
Re: 私のアルバム〜F3HD
上のデモンをトリミングしてみましたが、現在標準化しつつあります500mmですと、こんな感じでクローズアップを撮れたのでしょうね。

あかつか 2020/08/17(Mon) 00:07 No.1381
Re: 私のアルバム〜F3HD
no1377!!良いですね。確かオレンジイエローのマークでしたね。境界層板の大きなキングも嬉しいです。ファントムの質感が、斜め後ろから光を受けることで、良く出てます。
ところで、教科書なんかは読まず、航空用語100とかいう本を熟読したのを思い出しますが、86以降の戦闘機は主翼に上反角を付ける機体が少ないのに今にして気が付きました。104だって下半角ですし、デモンは下半角。なんか上反角が安定性を高めると覚えたんですが、F-16の運動性を求める前駆みたいな時代だったんですかね。それにしても直進性が少ないので気の抜けない飛行機の時代でしょうね。
のらひこ 2020/08/17(Mon) 20:08 No.1382
Re: 私のアルバム〜F3HD
ターゲットドローンシステムを装着して降りるNE212。 1962年5月 撮影:Gabariさん
当時射撃訓練の標的運用は主にVU−5[UE]のF8U−1が担っていましたが、前スレでご紹介の通りデモンにも時々見られました。
何となく無理くり付けたように見え装置の取り付け方に時代を感じさせますね。

あかつか 2020/08/18(Tue) 00:21 No.1383
Re: 私のアルバム〜F3HD
デルマーつながりでの写真を紹介します。
古いネガから最近発見したのですが、たいへん珍しいものと思います。
ファントムがデルマー・ターゲットを装着した写真はこれ以外見たことがありませんので、Webを含め他に写真がありましたら是非ご紹介ください。

あかつか 2020/08/18(Tue) 00:47 No.1384
Re: 私のアルバム〜F3HD
デルマーって会社はまだ有るんですかね?このIT時代にはメカニカルっぽい会社は、デルマーくは無いのかな?
飛行場で先輩から、風車の付いているボディ部分にはリールが入っていると聞きましたが、長さ1m以上、太さ30cm以上もあるんですから、投げ釣りのリールのでかいやつだってそんなに大きくない。
きっとダイナモが入っていて、機体とは別の電力を確保してるんじゃないでしょうかね!勿論巻き取りモーターもね。
のらひこ 2020/08/18(Tue) 12:38 No.1385
Re: 私のアルバム〜F3HD
VF−21のデモンは1962年8月、初めて撮った以後2度と目にすることなく、次に出会ったフリーランサーズは、F−4Bに代わっていました。
新鋭ファントムがまだVF−114(NH)、VF−96(NG)、VF−143(NK)しか見られなかった頃、VF−21(NE)の塗装デザインは新鮮で未だに好きな飛行隊機として記憶に残っています。センタータンクにマークが入りますと締まりますね。
1964年3月6日 50mm標準レンズにて撮る

あかつか 2020/08/18(Tue) 23:38 No.1386
Re: 私のアルバム〜F3HD
“NE”と聞けば空母は「ミッドウェイ」を連想するのは団塊世代またそれ以前のマニアでしょう。
1958年から1965年まで[NE]=CVG2/CVW2で厚木への飛来機も特別多かったからです。
ですので、初めてカラーで撮影したVF−21のF−4Bが「コーラルシー」であったことに違和感を覚えました。
その後のCVW2は様々な空母に載り移り、現在も活躍中ですが、オールドマニアにとってはやはり[NE]イコール「ミッドウェイ」なのです。

あかつか 2020/08/19(Wed) 00:02 No.1387
Re: 私のアルバム〜F3HD
MIDWAYが話題になっているようですが3番艦のコーラルシーのデモンです。残念ながら2番艦のルーズベルトのF-3は見ることができませんでした。1962/4/5撮影です。

geta-o 2020/08/19(Wed) 08:52 No.1388
Re: 私のアルバム〜F3HD
>geta−oさん
1966年にルーズベルトが初めて横須賀に入港したときは、ファントムになっていましたものね。VF−14のF−4Bも大変いい塗装でしたが、デモンも見たかったですね。
次スレはVF−151[NL]となりますので、引き続きご協力願います。
あかつか 2020/08/19(Wed) 09:46 No.1389
私のアルバム〜F3HC

1959年4月10日の大和側  撮影:小宮 宏さん

あかつか 2020/08/02(Sun) 21:45 No.1350 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3HC
フューリーが降りて来た。カメラを構えて待っていると上空にデモンの編隊が出現!・・・。
こうした胸ときめく展開を目の当たりにしたマニアは大勢いらっしゃるでしょう。
私のマニア生活が最も充実していたのが1960年代中期、そのときはクルーセイダーとファントムの組み合わせでした。
世代は変われどもヒコーキ写真マニアが感動するのがこの「定番シーン」ですが、もう厚木では見れないでしょうね。
あかつか 2020/08/02(Sun) 22:00 No.1351
Re: 私のアルバム〜F3HC
1960年3月2日、神戸港で公開されたボノムリチャードのVF−193機。同時にVF−191のタイガーも公開されています。
空母上で一般公開されたデモンはこのときが最初で最後ですから、神戸のファンは大喜びだったでしょうね。 撮影:NAKAIさん

あかつか 2020/08/03(Mon) 21:01 No.1352
Re: 私のアルバム〜F3HC
この写真のシチュエーションも、時代によって機種が変わろうとも、タキシング&ホールド音を聴き入り、数分後、轟音とともに離陸を目で追う!。
どんな時、何度見ても、飽きない光景ですね。 1961.8.16 撮影:komiyaさん  
  
1961年当時、01側のフェンスは二重なっていましたが、19側も旧フェンスが残っていたのですね。
1965年頃まで手前の柵の近くでときどき撮っていました。バラ線だけというのが時代を感じさせますね。

あかつか 2020/08/03(Mon) 21:32 No.1353
Re: 私のアルバム〜F3HC
小宮さんの写真は贅沢ですね〜。なんか映画のオープニングシーンみたいじゃないですか?フュリーにはマックイーンが乗ってて、タワーの前でラダーから降りてくる。ジャームススチュアートじゃキャノピーにコブを作らないと乗れないでしょうからね?デモンにはウイドマーク辺りが乗ってて、追っかけて降りてくるなんてどうでしょう。
しかし、どうして水平が傾いているのでしょうか?慌てたのか、隠れて撮ったのか、四の五で水平が撮りにくかったのか??
傾きを直すと下の景色がケラレますが、こんな感じですね。

のらひこ 2020/08/04(Tue) 02:08 No.1354
Re: 私のアルバム〜F3HC
>のらひこさん
ジェームス・スチュアートに映画のオープニングシーンと言えば、これでしょう。
本篇は何回も見ました。アメリカの航空映画ベスト3に入るような傑作ですが、特にこのオープニングシーンが印象に残ってます。
“一発勝負”の撮影だったからか、名優ジミーの動きが若干ぎこちないですね。それがかえって現場の臨場感を表しています。
50年代の横田でこんなシーンを目の当たりしていた先輩マニアが羨ましい。“姿”といい“音”といい夢でもいいから見てみたい。
https://www.youtube.com/watch?v=Ye-jktX2Fjs&list=PLgFT48OlmBwebR_YCIncHZgDpjiFv4TNb
あかつか 2020/08/04(Tue) 10:10 No.1355
Re: 私のアルバム〜F3HC
エアショーのようなフライパスを見せるVF−193。1961年11月 撮影:Narisawaさん
レンズは135mmと思われますので、いかに低いパスなのか分かります。フライ・インや遠征還りにもときどき見られましたね。

あかつか 2020/08/04(Tue) 19:39 No.1356
Re: 私のアルバム〜F3HC
1961年8月18日、珍しく両サイドにスパローを装備して着陸するVF−193のデモン。
着艦フックを降ろしていますが、エマージェンシーだったのでしょうか。撮影:Kumakiさん

あかつか 2020/08/04(Tue) 19:47 No.1357
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF−193のデモンが厚木で最後に撮れたのは、62年7月から63年2月までのボンノム・リチャード西太平洋航海のときでした。
↓は62年10月17日、Moriさんが撮影したF3H-2/NM-309の左向き。
62年からカラー塗装が復活し、300番台らしくライトブルーの“鏃”を胴体と尾翼にセンスよく描き、当時のマニアの注目を集めました。

あかつか 2020/08/05(Wed) 22:58 No.1358
Re: 私のアルバム〜F3HC
[写真集・CHECKER TAIL3」のページ6〜7で掲載させて頂いたMoriさん撮影のセクションですが、マニアにとって見開き掲載は
見たいところがページの谷間になってしまい、出版後反省した次第です。
あらためて今回BBSでアップしました。いかがでしょうか。

現在なら珍しいアングルでは無いのですが、1962年当時では、デモンをこのように撮れる人は少なかったのです。
同じ頃活動されていたマニアはそれが分かると思います。

あかつか 2020/08/06(Thu) 09:56 No.1359
Re: 私のアルバム〜F3HC
この頃のNAVYの尾翼と胴体のマーキングはオシャレでしたよね。デモンで言えば、ボンノムのNM,コーラルシーのNL,ハンコックのNP,それに私が一番好きなオリスカニーのAHですね。程よく自己主張しながら、カッコ良さを出してました。これらはみんな、文字を重ねていないから、あかつかさんも異議なしでしょうね。追い追い全部出してくるんでしょう。待ち遠しいですね。
NO1359は、デモンの写真の決定版でしょう。経験を積んだからこそ「待つ」事を覚えたということなんでしょう。
のらひこ 2020/08/06(Thu) 18:29 No.1360
Re: 私のアルバム〜F3HC
>のらひこさん
1359が着陸写真の決定版なら離陸はこの写真で決まりです。

デモンは美しい機体ラインを持つ飛行機ですが、角度や天候によって変化する面を持っています。WATANABEさんが捉えたこのデモンの離陸は、光線状態、アングル、全てに申し分なくデモンの完璧な写真といってよいでしょう。当時のマクダネル社に送ったらお礼の返事がくること間違い無し! 1962年10月12日撮影

あかつか 2020/08/06(Thu) 21:49 No.1361
Re: 私のアルバム〜F3HC
デモンの機体ラインの美しさにホレボレするのは、陰影がつく写真だからかも知れません。
フラットな図面から見た真横のスタイルは、デモン好きにとって余り恰好よく見えず、特に機首廻りが写真からくるイメージと大分異なるように思えますが、いかがでしょう。

あかつか 2020/08/06(Thu) 22:14 No.1362
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF−141のデモンもオリスカニーからレキシントンに載り代わり、ようやくデモンに見合ったペイントを施しています。1962年1月30日 撮影:Moriさん

第一航空隊の100番台となって来日しますが、私はまだ若すぎて厚木へ行かれる身分ではなく残念ながら未見です。
垂直尾翼のF−117風のマークはスコードロン名「アイアン・エンジェルス」の“天使の翼”を模したデザインだそうで、どことなくカッコいいですね。
VF−141のデモンが厚木で見られたのは、この時期が最後で1963年に飛来したときにはF−8Eに機種変換。VF−143のF−4Bとともに良く飛んで、私たちを歓ばせてくれました。

あかつか 2020/08/07(Fri) 23:25 No.1363
Re: 私のアルバム〜F3HC
↑と同日、Moriさん撮影のNK-107/133579。
Rwy01へのショートカットでの降りのようですが、ここでも200mmの威力が発揮されています。(200mmですよ)
“エンジェルの翼”は一つしかありませんが、残り三つはニッピか、レキシントン艦内で画きこまれたでしょう。

あかつか 2020/08/07(Fri) 23:42 No.1364
Re: 私のアルバム〜F3HC
ここで似たようなアングルの写真から1960年8月時のNK-203/146712と、1962年1月時のNK105/133594を比較してみましょう。NK−105はGabariさん撮影

・NK105はようやくペイント許可?が出て、海軍機らしい塗装となっての来日。尾翼のラインの中のエンジェルは濃い目の黄色だそうですが、カラー写真は未確認です。

・NK203は給油プローブがレトロフィットされてなく古そうですが、NK105のほうがF3H-2Nから改造した古いタイプ。ビーバーテイルも長いままです。少しの長さの違いで機体全体のイメージが変わりますね。

・NK203が古色蒼然と見えるのは、NとKの画き方とラダーが胴体と同じ色で塗られているためです。やはりラダーは白塗りのほうが海軍機らしい。(と勝手に思う)

・NK−105は135mmの撮影ですが、標準レンズのNK−203と画角はさほど変わりません。デフォルメされず、人間の視野に近い望遠レンズは135mmが限界と言われています。

あかつか 2020/08/08(Sat) 23:38 No.1365
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF−141に関連して「F−8も良かったなあ」と思い出し、カラーを張っておきます。1963年4月26日、メディアに公開されたコンステレーション艦上にて。 撮影:WATANABEさん

“ふようふきゅう”の外出により8月13日(木)まで休みます。

あかつか 2020/08/08(Sat) 23:58 No.1366
Re: 私のアルバム〜F3HC
お久しぶりです。
色付きのラダーの話が出ていましたので1963年の撮影ですがVF-213の色付きラダー機 NP-314

geta-o 2020/08/09(Sun) 10:57 No.1367
Re: 私のアルバム〜F3HC
管理人は夏休みのようですがNPデモンのラダー色なしもありました上の写真と同日の撮影です。

geta-o 2020/08/11(Tue) 08:41 No.1368
Re: 私のアルバム〜F3HC
VF-213のデモンには中隊カラーのブルーの帯を書いた機体もありました。

geta-o 2020/08/12(Wed) 10:28 No.1369
Re: 私のアルバム〜F3HC
>geta−oさん
デモンのカラー自体珍しいところへ各々の塗装パターンが違うというお宝写真そのものです。1963年のVF−213のデモンの塗装は何種類あったのでしょうか?。この先のスレッドで「NPデモン」を起ち上げますので、そこで検証いたしましょう。
ご投稿ありがとうございました。
あかつか 2020/08/13(Thu) 17:15 No.1370
書籍紹介

「CHECKER TAIL 5〜日本上空のクルーセイダー」出版の際、掲載写真等でご協力戴きましアンジェロ・ロマーノさんが上梓したVQ-1の本が出版されましたので紹介いたします。(A4判304ページ)
VQ-1の誕生から現在まで615枚の写真とともにまとめ上げた正に空前絶後の一級本。
当然ながら厚木で撮られた“PR機”の写真も多く含まれていますので、当BBSをご覧になられている方々は 『 あの頃 』 を懐かしく思われることでしょう。

https://www.amazon.co.jp/World-Watchers-Electronic-Countermeasures-Reconnaissance/dp/173497270X

あかつか 2020/08/01(Sat) 17:04 No.1347 [返信]
Re: 書籍紹介
VQ-1関連の写真が615枚ですか!!!西太平洋の守り神であったVQ-1の豪華写真集の様ですね。マーケーターには間に合いませんでしたが、A3D、WV-2は厚木常駐のこともあり、カメラも手に取らずに横目で着陸を見送ってました。P-3が来たときなんざ、おおエレクトラか!なんて言ったりして。しかし、アマゾンの解説文を読むと、改めて、この部隊こそ西太平洋の平和を守ったんだということに気が付きますね。world watchersそのものですね。
のらひこ 2020/08/02(Sun) 08:56 No.1348
私のアルバム〜F3HB

1960年5月21日 ジョンソン基地三軍記念日 撮影:能村 実さん

あかつか 2020/07/23(Thu) 12:00 No.1319 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3HB
このカラー写真に驚かれた方は間違いなく団塊世代並びにそれ以上の年齢のマニアでしょう。それだけこの時代に撮られたVF−92のデモンのカラー写真はたいへん貴重で、しかもピントがシャープな上、発色も良く6×6判の威力が発揮されています。
カメラはミノルタ・オートコード、日本のローライ・フレックスといわれた50年代の名機です。
近年、フィルム写真が静かなブームとなっていますが、尖った感じのデジタル画像にない、なめらかさが再評価されているからでしょうね。
あかつか 2020/07/23(Thu) 13:01 No.1320
Re: 私のアルバム〜F3HB
パーフェクトとはこの写真のことを言うのでしょう。カラーフィルムを銀塩とは言わないのでしょうが、もし、今、日差しも同じ状況で、ニコンやキャノンの最高機種で撮ったデジ映像と比べたらどう違うのか、興味があります。多分、ダイナミックなんちゃらとかいう編集がかけられて、品の無い写真になってるんじゃないかと思うのはロートルだけでしょうか?尾翼先端の黄色も程が良く、デジではどう発色していたか、興味があります。
昔、イワナ釣りに凝っていた時、学術書がニッコウイワナは何色が濃い、ヤマトイワナはどうだとかとか言いつつ、ツルツルの印刷紙に2種の汚いカラーが載って居たのを思い出しました。早速、コダックのカラーチャートを買いに行き、これを画面に一緒に入れて撮れば良いのだと学者連中に教えようと思ったのですが、イワナ釣り自身に興味が薄れ、えらく高いカラーチャートは本棚の何処かに眠っています。
タンクローリーの黄色とは微妙に違い、白が強いようです。
子供を負ぶった奥さんの着物のも、柄から言って少しオシャレなようです。しかし、人が少ないですね〜。62年ぐらいから混雑が始まったんですかね?じゃあ、すべて団塊のせいですね。
ところで、H&MSクイーンエリザベスが来年春ぐらいに来るらしいですね。当然、我々ロートルのためにF-35もローヤルネービーブルーに塗り直してきてくれるんでしょうね。ニッピで塗り直すなら、ペンキ代1万円と勤労奉仕をいたします。
のらひこ 2020/07/24(Fri) 08:55 No.1321
Re: 私のアルバム〜F3HB
この頃、ヒコーキ写真を撮られていた先輩方は「写真」そのものに造詣が深く、飛行場のエンドでヒマなときよくレクチャーを受けましたね。今のマニアさんからすれば信じられないことかも知れませんが「写真」を撮り、印画紙に画像を焼くことは本当に“難しかった”のです。

私は年齢的にも経済的にも1960年の三軍記念日に写真を撮ることはできませんでしたが、諸先輩方は同じデモンを撮るのにそれぞれ個性が出ていて今見ても参考になります。
↓はWATANABEさんのショット。手前にJD−1の尾翼を入れ、画面を落ち着かせていますね。排気口に集まって談義する少年たちが当時の基地公開ののどかさを表しています。

あかつか 2020/07/24(Fri) 11:45 No.1322
Re: 私のアルバム〜F3HB
続いてGabariさんのショット。
こちらは、ローアングルからJD−1の主輪の入れ込みです。整備員?の動きも三軍記念日ならですね。

あかつか 2020/07/24(Fri) 11:58 No.1323
Re: 私のアルバム〜F3HB
同じくGabariさんの撮影ですが、遠近感から見て35mmレンズで撮ったと思われます。(オリンパス・ワイドという広角専用機お持ちになっていた)
入場者が少ないことから開門して間もない時間で、兵隊さんがキャノピーに腰かける前のショットだと思います。

あかつか 2020/07/24(Fri) 12:09 No.1324
Re: 私のアルバム〜F3HB
Shimosatoさんも印象深いスナップを撮られています。

あかつか 2020/07/24(Fri) 23:38 No.1325
Re: 私のアルバム〜F3HB
50年代、60年代に撮影された基地公開の写真が語るものの一つに、飛行機の周りに写るアメリカ人と日本人の姿があります。
そこには当時の世相や文化の一端を見ることができ、飛行機ファンだけでなく、日本の戦後史を研究する人たちにとっても恰好の資料になるのではないでしょうか。
上の写真は、ふつうのヒコーキ写真マニアなら軍人家族が通り過ぎるのを待ってシャッターを押しますが、Shimosatoさんは“写真家”としての一面を持っておられたので、敢えて軍人家族を写し込んだのではないかと想像いたします。
私たちが初めて見聞きした“メイド”が写っていますね。前を行く軍人の階級は分かりませんが、日本人家政婦を雇えるほど余裕があったのですね。「思いやり予算」なるものが無かった時代、豊かさの象徴だった“アメリカ”が写真にも表れています。

一方、デモンの翼下に潜り込んで観察している人、真剣さが背中に出ていますね。
C−130Aが三軍記念日で初めて公開されたとき、YS11の設計担当の人たちが、脚の構造を見に行った話を聞いたことがあります。
ひょっとしたらこのお二人、YS11関係の人?(背広姿がマニアらしくない)

あかつか 2020/07/25(Sat) 22:04 No.1326
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年2月から6月まで、厚木の滑走路オーバーラン工事のため、海軍機がジョンソン、横田、立川で頻繁に見られるようになりました。特に横須賀に空母が入港しますと艦載機が横田で訓練飛行を実施。マニアにとってはフィルムがいくらあっても足りなかった。と、昔先輩マニアからよく聞きました。戦闘機系だけでも、86D,100,101,102,F8U,F3H.F4Dが同時に横田で見られたのですから、これを横田の「黄金期」と言わず何と言ったらよいのでしょうか。凄すぎますね。

↓はTSPCのKumakiさんが60年3月24日に36の木の上から撮ったVF−92のデモンの着陸ですが、同じようなアングルでVF−91のクルーセイダーの写真も残されています。

あかつか 2020/07/27(Mon) 19:01 No.1330
Re: 私のアルバム〜F3HB
1961年にもレンジャーは横須賀に入港してますので、当然厚木にも飛来していますが意外と写真が少ないですね。
手元にOhnoさんが撮影したVF−91の写真がありましたので紹介します。
塗装は極東の海軍機が“派手さ御法度”の時代でしたので、前年飛来時と変わりありませんが、何か変化がないかとよく見たら
Bu.Noが尾翼と胴体に書くパターンがあることを分かりました。
そういえばF−4Bファントムも配備直後の頃は垂直尾翼にナンバーを書いてましたが、しばらくして胴体尾部へ移しましたね。

あかつか 2020/07/27(Mon) 19:16 No.1331
Re: 私のアルバム〜F3HB
こんばんは
1961.11.3に撮ったVF-92のF3H-2N 133602/NG-208

geta-o 2020/07/27(Mon) 21:36 No.1332
Re: 私のアルバム〜F3HB
>geta−oさん
こうしたVF−91の貴重なデモンの写真がスッと出てくるのがスゴイところですね。ありがとうございます。

厚木滑走路延長工事がようやく終わり、厚木へやってきたデモンはスカイレイから機種転換されたオリスカニー/CVG14[NK]のVF−141でした。 撮影/1960.8.5  Narisawaさん
この初来日の[NK]のデモンも写真が余り残されていませんね。個人的には文字をくっつけたレターは余り好きではないのですが、“彼ら”はよくこの書き方をしますね。
後ほど紹介いたしますが1962年の来日時はマーキングも尾翼に描いてデモンに合った塗装となり、すっかり見違えっております。

あかつか 2020/07/28(Tue) 14:28 No.1333
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年8月2日、Moriさんが撮影したNK-203。
たぶんMoriさんは“初めての厚木”のような気がします。それは45mmの画角なので、カメラは“ペトリ2.8”ではないかと見ました。
しかし、初厚木でも“芸術的写真”にしてしまうのは、さすがのセンスの持ち主と言う以外ありません。

あかつか 2020/07/28(Tue) 14:37 No.1334
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年8月、タイコンデロガのウエストパック・クルーズで飛来したCVW−5[NF]のデモン。 撮影:Ohnoさん
VF−53のデモンはこのときが初来日で、VF−51のスカイレイと共に厚木へ飛来しました。
前スレでVF−53のデモンは紹介されておりますが、テイル・コードの書き方が変わるだけで新旧を感じさせますね。

あかつか 2020/07/29(Wed) 14:44 No.1335
Re: 私のアルバム〜F3HB
デモンの魅力の一つに国籍マークの位置と異常なほどの“デカさ”。若い頃は、この堂々としたアメリカらしさに憧れたものです。
色付きマーキングが無かった時代ですので、この機も変わったところはないかと目をこらして見ましたら、国籍マークのサイズが上のNF-204より大きく画かれ、位置もいくらか違うことを発見しました。リアルさを追求されるモデラーさんご注意ください。

あかつか 2020/07/29(Wed) 15:01 No.1336
Re: 私のアルバム〜F3HB
同じくOhonoさんの作品。
1287と同日に撮られたようですが、夏の終わりに出る雲を意識してシャッターを押したのではないでしょうか。
モノクロ写真ならでは傑作だと思います。デモンの角度もイイですね。

あかつか 2020/07/29(Wed) 16:57 No.1337
Re: 私のアルバム〜F3HB
1960年は横田のファンにとっては、夢のような年だったでしょうね!no1330の写真なんか、厚木では絶対撮れない写真ですよ!4ヶ月たって、仕方なく厚木に行ったら、下からしか撮れないのにはガッカリしたんじゃないでしょうか?樫の樹から海軍機を撮りたかったな〜〜〜
のらひこ 2020/07/30(Thu) 12:05 No.1338
Re: 私のアルバム〜F3HB
厚木でのVF−114[NH]のデモンの最後は、シャングリラからハンコックに載り変わったての飛来でした。
テイルレターはNとHが離れましたが、カラーペイントは相変わらず垂直尾翼の先端のみですから、全体のイメージは左程変わらないですね。1961年3月4日 撮影:Moriさん。

VF−114は、この航海を終えてF4H−1へ機種転換訓練に入り、翌年の1962年12月末、キティーホークに載って厚木へ初飛来。
いよいよファントムの時代がここから始まります。
同じマクダネル、この角度から見るデモンはファントムによく似ていますね。

あかつか 2020/07/30(Thu) 14:29 No.1340
Re: 私のアルバム〜F3HB
デモンを離陸側で見たことがありませんので、すべてがこんなに低かったとは思えませんが、エンジンの推力不足でやっと上がったという感じが出てますね。 撮影:Moriさん
南側の「カド」からのショットですが、フェンスが二重になっているのをお気づきでしょうか。撮影された1961年3月の時点では、まだ滑走路延長以前の柵が撤去されてなかったのですね。

あかつか 2020/07/30(Thu) 15:40 No.1341
Re: 私のアルバム〜F3HB
デモンが厚木をにぎわせていた時代、マニアが使える望遠レンズは135mmが主でしたので、200mmを使ったこうした角度の写真は撮れませんでした。今なら4〜500mmの写真ですね。撮影:Moriさん

あかつか 2020/07/30(Thu) 23:06 No.1342
Re: 私のアルバム〜F3HB
今回デモンの特集で、関連書物に掲載されている側面図やイラストを見たのですが、スピードブレーキに空けられた幾十もの孔の数がそれぞれ異なっていました。上の写真の部分を拡大してみましたので、リアルさにこだわるモデラーさん、参考されたらいかがでしょう。

あかつか 2020/07/30(Thu) 23:21 No.1343
Re: 私のアルバム〜F3HB
1961年2月、神戸港に停泊中のハンコック。 撮影:KAMINOUさん
VF−114のデモンが厚木で撮影されたは3月ですので、ハンコックは神戸を経由して横須賀へ向かったのでしょうか。
神戸は民間港湾だけに空母が入港すると一般公開されることが多く、当時の関東マニアは大変羨ましがったものでした。

あかつか 2020/07/31(Fri) 16:37 No.1344
Re: 私のアルバム〜F3HB
翌年(1962年6月)もハンコックは再び神戸に入港。空母航空群はCVG−11[NH]からCVG−21[NP]になっていました。VF−213のデモンはマニアが最もよく撮れた飛行隊機で、後ほど紹介いたします。
個人的には右に写っているVAH−4[ZB]のA3D−2の尾翼のチェッカーが気になりますね。

あかつか 2020/07/31(Fri) 19:06 No.1345
Re: 私のアルバム〜F3HB
アメリカ海軍機マニア、艦船マニアにとっての貴重な記録を紹介いたします。
地元ウォッチャー中井八郎さんならではの神戸港での記録で、年表や資料づくりに大変参考になりました。

あかつか 2020/07/31(Fri) 19:23 No.1346
私のアルバム〜F3H@

デモン初来日  撮影:近藤清光さん 1957年4月

あかつか 2020/07/09(Thu) 23:50 No.1270 [返信]
Re: 私のアルバム〜F3H@
おそらく現在の大和市のアーカイブにも無いであろう1957年4月に撮影された大和市草柳周辺の貴重な写真。
大和町が市制施行し「市」となったのが1959年、撮影当時はまだ農村の面影を残す「町」でした。
造成中らしき道は県道40号線(横浜〜厚木線)でしょうか。この写真を見て目を見張ったのは右下に写る戦前風農家の佇まいと「つるべ井戸」。
私の少年時代(50年代)でも街なかに水の出る井戸はいくらかありましたが、ほとんどは鉄製の手押しポンプ式で、つるべ式は見たことがありません。絵本の中に出てくるような風景ですね。
あかつか 2020/07/09(Thu) 23:52 No.1271
Re: 私のアルバム〜F3H@
もう一つの驚きは、RW19へ滑り込むVF−124[D]のF3H−2N。
VF−124はPAC初のデモン・スコードロンで最新鋭機。もちろんデモンも初来日で“ワン・レター”の[D]を見られたのもこのときが最初で最後。
すべてにおいて語ることが多すぎるくらいの大変貴重な写真記録です。

よくぞ撮っておいて下さったと海軍機マニアとして心から感謝する次第です。
この西太平洋航海でのレキシントン/CVG−12ではデモンのほか、フューリー、クーガー、スカイレイダーなど各飛行隊機の垂直尾翼には同様なパターンでスコードロンカラーを塗り分けていました。

あかつか 2020/07/10(Fri) 05:28 No.1272
Re: 私のアルバム〜F3H@
私がデモンに初めて会ったのは1962.8.22でした。イヤハヤ、添付のデモンを始めスカイレイ、スカイウオーリアー、スカイホーク等々、マリンコ、ネイビーの厚木に居るのがほとんどすべて乱舞してくれました。その中でデモンは実にザ戦闘機という感じで、ひときわ大人っぽく見えましたね。なんと、金の無い中学生がこの日だけでフィルムを2本も使ったのですから、当時の興奮が判ります。
NO1270!!なんという歴史的史料でしょうか?引地川の周りは田園そのもので、水位が低いせいで跳ね釣瓶で水が取れたんですね。又、橋の前後に多分アスファルトで段差を埋めているなんぞ、マツダの三輪車しか通らない道路だったんでしょう。何はともあれ、景色の無い写真を我々は良く撮ったものです。

のらひこ 2020/07/10(Fri) 22:14 No.1273
Re: 私のアルバム〜F3H@
近藤さんの写真、懐かしく拝見しました。
工事中の橋の手前の道を手前に登っていくと途中の斜面には防空壕が幾つかありました。
登りきったところに小学校があり、同級生はここを通って通学していました。
先生は防空壕には絶対入ってはダメですよ、と学校では口を酸っぱくして生徒に言うが、男子生徒はそんな事なんか聞きません。
放課後、蝋燭を持って探検と称し幾つかの防空壕巡りをしました。
貧しくて懐中電動を持っていなかったわけではないと思いますが、子供のくせに「蝋燭の火が消えたらヤバい」という知恵はあったようで皆蝋燭持参での探検でした。
橋の向こう側のこんもりとした茂みの下は引地川があり、手前の田んぼは夏はザリガニをとり、冬には凍り竹スケートができる小学生には格好の遊び場でした。
MACH3 2020/07/11(Sat) 12:00 No.1274
Re: 私のアルバム〜F3H@
>MACH3さん
そうです。昭和の“男の子”の遊びは少々の危険がないと面白がらなかったですね。
それがイヤだった子は“女の子”と「ままごと」して「お父さん役」やってました。
そんな冒険好きの男の子が、少年期が終わるころ遊び場は“米軍基地”へと移っていきます。
“NAS ATSUGI”はそんな青年にとって最高の「秘密基地」でしたから。

>のらひこさん
のらひこさんの“初厚木”は62年の8月22日でしたか。
私は8月16日、ちょっと早いですね。Moriさんの手ほどきを受けながらの“初厚木”は衝撃と感動の連続で、忘れられない日となっています。
何しろ見るもの撮るもの初めてづくし。F8U,F4D,F3Hの戦闘機群にAD,A3D,A4Dなどの攻撃機系と、輸送機群が
1日中ひっきりなしに飛ぶものですから堪りません。私もフィルムを2本、大量消費してしまいました。(^-^)

↓は、私の「初デモン」。興奮しすぎたのかブラしてますね。^^;

あかつか 2020/07/11(Sat) 16:31 No.1275
Re: 私のアルバム〜F3H@
近藤さんの風景デモン 良いですねェ
デモンのシルエットは遠目にも際立つフォルムですね

以前にアップした私の遠景デモンも「民家の屋根越し」だったり「相模鉄道のレール越し」だったり「絵になる垂直尾翼が」好きでした

>あかつかさん、
>のらひこさん、
私の「初デモン」は少し遅く
1962年11月5日の厚木19エンドです
VF−193のF−3B NM305/145260です。
この日はボンホムリチャードの艦載機がたくさん飛んでくれました
まだ標準レンズしか持っていなかったので、それなりのショットですが

村越賢司 2020/07/11(Sat) 22:08 No.1276
Re: 私のアルバム〜F3H@
次にF−3Bを撮ったのは1963年4月5日の厚木19エンド。
VF−54(NF)部隊が展開中でした。
その日のF−3Bショットを5枚(連貼りスミマセン)アップします

がむしゃらにデモンを撮りました

VF−54のF−3B NF202/145271

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:36 No.1277
Re: 私のアルバム〜F3H@
同じく
VF−54のF−3B NF205/145232

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:38 No.1278
Re: 私のアルバム〜F3H@
同日
厚木19エンド
VF−54のF−3B NF209/145220

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:39 No.1279
Re: 私のアルバム〜F3H@
この日の大和への帰り道に
相鉄線の線路越しに着陸する たぶんVF−54のF−3B

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:41 No.1280
Re: 私のアルバム〜F3H@
近藤さんのNO.1270と同じ意図のショットもどきですが民家の屋根越しにアプローチする たぶんVF−54のF−3B

村越賢司 2020/07/12(Sun) 10:44 No.1281
Re: 私のアルバム〜F3H@
>村越さん
初撮りのデモンが“コレ”ですか!(驚嘆)とても中学生の写真とは思えませんね。
62年の12月は厚木へ2度(12/9、12/29)行ってますが、[NM]はVF−191のクルセイダーのみで、デモンは撮れませんでした。
VF−193はこのデモンを最後にVF−142と称号変更しファントムになってしまったので、このデモンは撮っておきたかったです。

[NM][NF]とも標準レンズであることがとにかく凄いです!。
No1273ののらひこさんの写真は確か45mmですから、村越さんの55mmとは画面のサイズが違いますね。
ちなみに私は50mmでした。いずれにしても標準レンズで「戦闘機」が撮れたなど、今のマニアから見れば信じられないことでしょう。
Watanabeさんが「昔は1mmでも長いレンズが欲しかったなあ」とエンドデビュー当時のことを語っていたことを思い出します。
特に45ミリと55ミリでは同じ標準レンズでも画面の中の世界はずいぶん違いますからね。

1280の線路上でのショット、私も撮りましたよ。
当時の相鉄線は大体が大和止まりでしたから、よく19エンドへの行き帰りは線路上を歩きました。ときどき電車に出くわしてしまったときは
“のり面”の草むらに降りて通過待ちをしてましたが、関係者からのお咎めはありませんでしたね。のどかな時代だったなあ。

1280、1281は、もし「大和と厚木基地」をテーマとした写真展が開催できたならぜひ展示したい作品ですね。
あかつか 2020/07/12(Sun) 10:55 No.1282
Re: 私のアルバム〜F3H@
村越さん、1962.11.5は一緒に行ったんですよね。あかつかさんのwatanabeさんの言葉の証拠のような写真を張ります。同じ305ですが、こんなに角度が違います。
しかし、般若をばかリ見てきた目には、ネイビーのマーキングの洗練されたオシャレさに魅了されました。
デモンの翼弦長の長さはには、ビックリですね。これじゃあ、スピードが出るわけない!よっぽど着艦速度を下げることとペイロードを増やしつつ空に揚げることに苦労したんだなと感じ入ります。だって胴体の3分の1以上の長さです。

のらひこ 2020/07/12(Sun) 14:28 No.1283
Re: 私のアルバム〜F3H@
>あかつかさん
私の書き方が曖昧でした
タクマー135mmを購入したのが1963年3月22日でした
ですからNO.1276の「NM」は55mmですが
NO.1277〜1279の「NF」は135mmを使っているはずです。それでも角度がいまいちです
村越賢司 2020/07/12(Sun) 16:59 No.1284
Re: 私のアルバム〜F3H@
勝手に資料本を紹介させていただきます。
2001年に発行された皆さんご存知の「世界の傑作機〜マクダネルF3Hデモン」。執筆のほとんどはTSPCのT.MATSUZAKIさんと、
K.FUJITAさんが担当されています。
ご両人ともデモンを飛行場で実機を数多く見ておられる筈ですから、記事内容に“デモン愛”のようなものを感じますね。
“深堀り”を望まなければ、この一冊あれば充分ではないでしょうか。“世傑”に載っていない写真も当BBSで紹介しますので、
合わせて“世傑”をご覧頂きますとより趣が深まると思います。

あかつか 2020/07/12(Sun) 18:15 No.1286
Re: 私のアルバム〜F3H@
はじめましていつもうらやましく見てます。
この写真は現代だとどの辺にあたりますか?草柳1丁目交差点付近でしょうか?それとも草柳コミュニティーセンター付近ですか?
滑走路延長工事で草柳交差点付近は土盛りされて随分と変わったのですか? 以前先輩マニアの方々から昔の厚木はの今と違ってどかだった。とお聞きしましたが今でも当時の名残とかありますか?他にも当時を知る写真とかあったら是非見せて下さい。
 ken 2020/07/25(Sat) 23:18 No.1327
Re: 私のアルバム〜F3H@
>kenさん
デモンの撮影場所はだいたいこの辺だと思います。
#1270はこの道路の工事中の時ですね。
#1280は地図の場所あたりだと思いますが当時は道があったかな?
エンドに行くには#1270の道は舗装されていない割に、車がよく通り埃をかぶるので地図の旧道(現在の泉の森)の小道を使用しました。

MACH3 2020/07/27(Mon) 01:05 No.1328
Re: 私のアルバム〜F3H@
>kenさん
先の企画になりますが、マニアが見た「厚木基地・むかし話」のようなスレッドを考えています。
よくある「○○の今昔」のようなものとなります。しばらくお待ちください。
あかつか 2020/07/27(Mon) 18:22 No.1329
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