Atsugiの想い出

1965年5月4日 厚木基地北側より着陸するC-121J 

あかつか 2021/06/03(Thu) 14:24 No.2054
Re: Atsugiの想い出
相鉄線のトンネルはすでに完成済でしたが、県道40号は迂回されてなく、たぶん道路際の柵の側で撮ったのではないかと思います。
レンズは地上展示機を撮影するために購入したタクマー35mmF3.5で、空と雲の状況によりエンドでも時々使用していました。

前スレ1971のIchijyohさんの傑作には及びませんが、121の着陸を後から撮るという発想は、誰もが1度は考えることなのでしょうね。
あかつか 2021/06/03(Thu) 14:45 No.2055
Re: Atsugiの想い出
ヒコーキ写真に季節を感じさせるには地上、空、雲を入れるのは定番の手法。
しかしながら数十年前より都市部に近い飛行場周辺には工場やマンション等の人工物が続々と建てられ、四季の自然を画面にとり込もうとすれば限定された撮影ポイントを探さざるを得なくなりました。

1960年中頃までの基地周辺は空も地上も自然が豊かでしたから、ヒコーキと写真好きのマニアは、近景、遠景とも草木を意識し、画面にとりこんだ写真を撮っていたものです。(気持ちに余裕があるときだけでしたが)

TSPCのNakagawaさんのスリーブを拝借した際、そんな写真を意識されてシャッターを押したと思われるコマが多く見られ、「CHECKER TAIL」「私のアルバムから」のシリーズにも使わせていただいております。
中でもこのトウモロコシの葉を大胆に左右に入れ込んだWV−2(EC−121K)の着陸ショットには衝撃を受けました。これぞ「遠・近・短」。45mm準広角レンズの成せる技ですね。

あかつか 2021/06/05(Sat) 09:58 No.2056
Re: Atsugiの想い出
私も同じような発想から大和側でA−1Hを撮っています。
まだモノクロ主流の時代ではありましたが、機材的に若干余裕がでてボディを1台追加。一方にはカラーリバーサルを仕込み
モノクロとカラーを使い分けはじめた頃の写真です。
「色」が付くと想像力が奪われると言われますが、たとえモノクロだとしても上のNakgawaさんの写真と比べると大分おとなしい。
被写体とレンズの違いもあるでしょうね。

ペンタックスSV  タクマー105mm  コダクロームKX 1966.6.15

あかつか 2021/06/05(Sat) 10:22 No.2057
Re: Atsugiの想い出
上の3枚の写真は気象予報士の試験に良いんじゃないでしょうか?no2054は4~5月に典型的な湿度の低い場合の空ですね。右上の雲は羽衣の様で5月頃に良く出ます。no2057はそろそろ湿度が高くなった梅雨の走りの空ですよね。2056は7月なんでしょうか?台風の前の空って感じがします。あの当時は、本なんか持って行きませんでしたから、空しか見て居ませんでしたね。最近は空をじっくりは見ませんねえ。
のらひこ 2021/06/06(Sun) 12:58 No.2058
Re: Atsugiの想い出
>のらひこさん
飛行場での想い出を振り返りますと冬場より夏場のほうが印象に強いよね。
まあ、夏休みもあったろうし、気分的に飛行場で過ごす時間が充実してたからだと思います。

CHECKER TAIL1の表4に小さく掲載しましたが、PC画面ですと趣が違うのではないかと張ってみました。
1966年8月20日 ペンタックスSV タクマー35mm コダクロームKX

KA−3Bは、コンステレーション/CVW15のVAH−8(NL)で、マニア的レア度は相当高いのですが、
この写真からすればA3なら何だって良かったのかも知れません。

あかつか 2021/06/06(Sun) 23:55 No.2059
Re: Atsugiの想い出
no2059!素晴らしいですね!この写真を畳1枚の大きさに焼き付けて、カウンターバーの後に置いたカフェバーで、ユックリ眺めながら、エスプレッソを飲みたいもんです。昔を思い出しながら!
どうです。そういうお店出しませんか?少しは出資しますよ。
のらひこ 2021/06/07(Mon) 13:05 No.2060
Re: Atsugiの想い出
>のらひこさん
カフェバーは来客の見込みが薄そうなので出店は無理でしょう。

2057の撮影日と同日、こんなアングルも撮っていました。画角からレンズはたぶん200mmですね。
今、昔撮ったポシを引っぱりだして改めて見ますと、若い頃は写真に対して真摯な姿勢を持っていたなあ、とつくづく思う次第であります。
それが今はたまにエンドへ繰り出しても、車の周辺から余り動こうとはせず、収めた画像もカメラの小さいモニターで見るだけ。何だかねえ・・・。

あかつか 2021/06/07(Mon) 19:09 No.2061
Re: Atsugiの想い出
偶然でしょうが、ハイネマンの子供たちが美しく飛んでます。調べたらこんな本がありました。Ed Heinemann, Combat Aircraft Designer誰か翻訳して頂けないもんでしょうか?当方もう気力が続きそうにありません。それにしてA-1はデカイエンジン積んでますねえ。B-29の4分の1のパワーって訳ですか!凄い!
のらひこ 2021/06/08(Tue) 06:58 No.2062
Re: Atsugiの想い出
>のらひこさん
エド・ハイネマン、ケリー・ジョンソン。このような伝説的航空関係者の名が聞かれなくなりましたが、昔の飛行機少年たちはヒコーキに憧れを持つとともに「人」へも憧れたものですね。
現代はどこまでが人がからんで、どこからがコンピューターの領域なのか?。そうしたことが分かりにくくなったから誰でも知る設計者の名前が表に出てこないのかも知れません。


下はBBS13465ダブルタンゴさんのRA−5C傑作ショットのバックに聳え立つバッチャープラントから撮影されたと思われるハッチさんのショッキングフォト。(CHECKER TAIL2 121頁より)

背景に森、地上には雨上がりの道路信号待ちするスポーツカー、スクールバス。121の背中の塗装が薄暗い風景の中に浮かび、画面全体を引き締めていますね。
時代性も表現れていますし、見事な作品だと思いました。

あかつか 2021/06/10(Thu) 13:54 No.2063
Re: Atsugiの想い出
CHECKER TAIL2の掲載写真は機種別にまとめたものですが、トップは“ 私のアルバムから ”的写真を意識して掲載しました。上のハッチさんのEC−121もそうした意図から選んだ作品です。
下はP−2の紹介で使わせて頂いたKubotaさんの名ショット。
1966年の撮影ですから県道40号は舗装され、現在と余り変わりありませんが道路を走る車とSP-2Hが半世紀前の記憶を蘇らせてくれます。
モノトーンの画面が、飛行機写真を越えたところの感動を呼びますね。VP−1のSP−2H(YB)は、VP−2(YC)ととも岩国駐留最後のネプチューン。ベトナムでのミッションに忙しかったせいか、厚木への飛来は少なかったように記憶しています。

あかつか 2021/06/12(Sat) 21:55 No.2064
Re: Atsugiの想い出
スカイレイダーは自分の写真を使いました。
昔のA1ファンからの支持が高い写真なのですが、その理由はアングル。300mm以上の「長玉」が珍しかった時代ですからこのような角度の写真を撮ろうとすれば相当低くないと無理だったと思います。

1964年10月撮影ですのでレンズはまだ105mm。相鉄線とエンドの間の空き地に1メートルほどの土砂が盛ってあり、そこに登って撮ったとものです。下に写る木々はおなじみ「大和の森」。
写真でプロペラがキャノピーにかからなかったのも幸いでした。

あかつか 2021/06/14(Mon) 14:38 No.2065
Re: Atsugiの想い出
A3の扉はハッチさんのこの驚愕ショットです。
トライXのザラついた粒状が迫力に輪をかけています。
A3は時折信じられないくらいの超低空の離陸を見せてくれましたが、こうして前から捉えた写真は大変珍しいです。
撮影者の撮り方が光るショッキングフォトと言えましょう。

あかつか 2021/06/15(Tue) 19:41 No.2066
Re: Atsugiの想い出
A4は同じくハッチさんのVA−72。これも低い!!
1966年10月、CVA−42/F.Dルーズベルト入港に伴っての厚木飛来ですが、シスタースコードロンのVA−12と共に初来日。このときのVA−72は常に「一本タンク」で、入港中に撮られた写真の中で「一本」以外見たことがないのです。こうしたことは何か理由があるのでしょうね。

あかつか 2021/06/16(Wed) 23:28 No.2068
Re: Atsugiの想い出
A5はK.Itohさんの“シルエットビジラン”です。
ビジランティを敢えて逆光で撮るということは、多分タッチ&ゴーを何回も繰り返していたのでしょう。
うっすらですがNE704と確認できますが、古い海軍機マニアにとってはご存知の東京湾に墜落したNE704/148926ですね。

あかつか 2021/06/17(Thu) 20:15 No.2069
Re: Atsugiの想い出
じつは上の写真、AGCが会員制倶楽部だったころの会報8号の表紙を飾るはずだったのですが8号発行の前に会の活動が途絶え幻の表紙となってしまったのです。。

倶楽部の会報の表紙写真は各会員が1回は担当することになってました。写真は何でもよく各自に任せるわけですからUC−45JでもO−1Bでも良いのです。(輪番制のようなもの)
16名の会員がそれぞぞれ何を表紙にするのか毎回楽しみでしたが、会が二年ほどで解散してしまい全員には廻りませんでした。

あかつか 2021/06/17(Thu) 20:27 No.2070
Re: Atsugiの想い出
日本で「空飛ぶファントム」が見られなくなり、出版、イベント、モデル界ではちょっとしたブームが起こっています。
1999年発行CHECKER TAIL2でのファントムの扉に使わせて頂いたのはKubotaさんが19側で捉えたVF−142のF−4Bの離陸。
編集時、数百枚のF−4の写真を見てましたが、F−4の持つ迫力と魅力、そしてB型の特徴をこれだけ表したショットは他にありませんでした。
現在に於いても立派に通用する写真で、もしこの写真を専門誌の編集者が見ていたら使いたがるでしょうね。

あかつか 2021/06/19(Sat) 10:11 No.2071
Re: Atsugiの想い出
次のショットがまた凄い!。こちらはCHECKER TAIL2の表4(裏表紙)です。
90年頃、厚木のエンドでF−4のファンらしき読者に声をかけられこの写真の魅力を聞かされました。そのファンによりますと
『F−4の写真を長いこと撮ってきたが、同じような角度でもこの写真は微妙に違う』とのことでした。
ヒコーキ写真は偶然の積み重ねのようなところがあり、その偶然を手元の引き寄せるのはカンと技術。
よって飛行場と機体の特徴を熟知し、何遍も飛行場へ通って千載一遇のチャンスをモノにする。
「傑作」を作り上げるにはキャリアと集中力なのですね。

しかしながら、何度みても魅入ってしまうのは、この角度で機体の情報が全て読み取れることではないでしょうか。
特にVF-142 Ghostriders の電光が狭い空間の中に少しも欠けることなく写し出されているのは偶然もKubotaさんに味方しました。
B型の特徴である赤外線スキャナーも目立つし、203のモデックスが読めるのも一本タンクであったことが幸いしましたね。
この写真が今から53年も前に撮影されたとはとても信じられません。

あかつか 2021/06/19(Sat) 10:55 No.2072
Re: Atsugiの想い出
2071,2072の感動ショットはKubotaさんの愛用レンズ “ カスペコ400mmF6.3 ”で撮影されたとお察ししますが、カスペコと聞いて懐かしく思われる方は相当なオールドマニアでしょうね。

1960年代の中頃、一万円前後(当時の若者初任給の半分位)で400mmレンズが流通外ルートで入手できるとの情報が流れ、マニアの間で購入者が一気に増えました。
それまで300mm以上のメーカー純正レンズは余りにも高価過ぎて手が出なかったものですから、この一万円レンズはちょっとしたブームになったのです。

正規の流通ルートに乗らない海外輸出専門メーカーのようで、カスペコのほか、ボカマ、ルビカ、カルト、マレップ、全て同じレンズ。
名称が意味不明なところが如何にも怪しい感じがします。

同時並行してマニアのモノクロ使用フィルムがISO32(64で使用)のネオパンFから、ISO400のトライXになったのでF値も11位まで絞れ、メーカーレンズと遜色ないピントが得られるようになったのです。
同じように当時流通していたレンズのメーカーにコムラー、トキナー、タムロン、コミナー、サン、マイネタール、ソリゴールなどがあり、廉価なレンズを作っていましたが、現在残っているの会社はタムロンぐらいでしょうか。
私は当時9000円でソリゴール400mmF8を購入しましたが、その頃フィルムはカラー中心となっていたため、絞り開放で撮らざるをえず、周辺光量不足とシャープさに欠け、これと言った作品を残せませんでした。

下がソリゴール400mmF8です。(netより)
レンズは1群2枚、屈折率など無縁の世界。鏡胴の先端部にレンズが付いているだけで単純明快、中はがらんどう。長所はと言えばとにかく軽かった。

あかつか 2021/06/21(Mon) 00:01 No.2073
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