Atsugiの想い出

1969年2月 撮影:M.井口さん

あかつか 2021/06/30(Wed) 23:32 No.2089
Re: Atsugiの想い出
↑ M.井口さんが西側ポイントの木の上から撮影したグッドショット。
2063の画像とともに見ますと当時のRW19エンドの状態がよくわかります。

65年頃まではこの撮影ポイントへ行くマニアは誰も居なかったのではないでしょうか。
私がこの場所から撮った写真を見たのは1966年5月に撮影されたタキシーするVAH−4グリーン塗装のKA−3Bが最初でした。
それまでのマニアはなぜ当場所へ行かなかったのか?
タワーからの見晴らしもよく、SPの車や日本人ガードの往来が頻繁で落ちついて写真を撮る環境でないと判断したからでしょう。
そんな思いも木の上や草むらに隠れながら撮れば心配なかろうと、マニアが溜まり出し『みんなで渡れば怖くない』の譬えどおり、
60年代後半には定番の撮影ポイントとなりました。
あかつか 2021/07/01(Thu) 00:08 No.2090
Re: Atsugiの想い出
1967年2月17日、ボンノム・リチャード/CVW−21のフライオフ時のショットですが、このときの艦載機はほとんど東側に駐機しましたので、
DWタキシーウェイを通らず、こんな写真しか残せませんでした。
若干トリミングしても200mmではこれが精一杯。多くのマニアが西側フェンスの角に集まるようになったのは300mm、400mmを持てるようになったからでしょうね。

あかつか 2021/07/01(Thu) 23:32 No.2091
Re: Atsugiの想い出
下は立川のNakanoさんが1970年7月に撮られたシャングリラ/CVW8のF−8Hのタキシング。
70年にはマニアの数も増え初めていたので、多くの写真が残されていますが、不思議とDEタキシーウェイで撮られたショットは少なく
私は初めて見ました。
VF−111のF−8はこの航海が最後ということで、皆さん記録的な写真を着実に撮りたかったからでしょうね。
この写真、シャングリラ入港中曇天続きだったマニアの悔しさが、画面から滲み出ているような気がしました。

あかつか 2021/07/02(Fri) 12:15 No.2092
Re: Atsugiの想い出
VA−52の鉄仮面のリボンが各部隊色に塗り分けられた資料派のマニアが喜ぶようなA−6Eの写真。 1977〜8年頃、Iguchiさん撮影。

貴重なショットではありますが、ロケ地としては南側A1タキシーウェイでしたら尚も機体が引き立ちましたね。
70年代は“休眠中”でしたので、バックの煙突(何の工場でしょうか)がいつ頃から立っていたのかは分かりません。カメラの位置がやや俯瞰気味ですから、たぶん木の上に登って撮ったものと思われます。

当地で通常の目線で撮影した機体の背中に煙突が突き刺さったような写真をよく見かけます。
マニアとしてはそれは嫌いたいので、60年代の横田36の「樫の木ポイント」と同じように、当所の木の上も“ 争奪戦 ”のようなことが行われていたのでしょうね。その気持ちよく分かります。

あかつか 2021/07/03(Sat) 19:11 No.2093
Re: Atsugiの想い出
1977年、試験的に塗られたVF−151のフェリス迷彩機。 撮影:Iguchiさん
ロービジのグレイ塗装機には厚木のマニアを落胆させましたが、ならばフェリス迷彩なら良かったかと言えば、全機がこの塗装となったらなったで味気ないですね。おかげさまで短期の実験で不採用となりましたが、採用されなかったことでフェリス迷彩機の写真は貴重な記録となりました。

あかつか 2021/07/04(Sun) 14:07 No.2094
Re: Atsugiの想い出
半年ほど飛行場通いを休み、久々に大和トンネルの上から双眼鏡で基地内を覗いてみると遠く西側格納庫横に噂に聞く
ハンコック/VAQ−130のEKA−3Bが居るではありませんか。
飛来した3機のA−3は塗装の色が全て違うという、当時の厚木マニアの間では1、2を争うほどの人気で「センスの塊」のようなグッドデザイン。
当日は飛ぶ気配が無さそうだったので、何とか撮影できないだろうかとペンタックスとソリゴール400F8を肩からたすき掛けにし、
フェンス沿いを西へ西へと歩いて行くと撮れそうな場所に辿り着きました。
揺れる木の上の限界まで登り、太めの幹を左腕で抱え込み右手一本で撮影したのがこのショットです。

あかつか 2021/07/05(Mon) 23:42 No.2095
Re: Atsugiの想い出
おはようございます。
たいへんご無沙汰しております。

あかつかさんがアップされたVAQ-130の画像を見て、完成写真を撮っていた機体配置と同じだったので横道ではありますが、投稿させていただきます。

キットはハセガワ1/72。
赤はキットにセットされていたので、青と黄色の2機用にデカールをコピー後、型紙を作って塗装しました。
最初に発行されたチェッカーテイルをもとに、青はVAW-13、黄色はVAQ-130にしてあります。

まさやん 2021/07/06(Tue) 08:22 No.2096
Re: Atsugiの想い出
後ろのハンガーは厚木のハンガー写真をモデルに、プラ板とプラ棒で作りました。

ハンガーの扉に書かれたプロペラの文字ですが、『U』の文字を入れて『PUROPELLERS』 にしてしまったのに気づいた時は後の祭りでした^^;

まさやん 2021/07/06(Tue) 08:25 No.2097
Re: Atsugiの想い出
私が出会ったときはVAQ-130になっていて、赤(#016)が降りてきたときは電光に気づかず、3枚目の送りになってから目にも鮮やな塗装に衝撃を受けました。

その後赤以外にもいることを知り、いつかは3機並べてみたいと思いながら、退職してやっと陽の目を見たわけです。

1968.11.30 厚木にて

まさやん 2021/07/06(Tue) 08:26 No.2098
Re: Atsugiの想い出
>まさやんさん
正に『“電光三兄弟”の揃い踏み』。 私があの日見たVAQ−130の想い出が蘇りました。ありがとうございます。
ヒコーキ写真の世界にない魅力が詰まっており、モデラーさんだけでなく海軍機マニアも大いに喜ぶ表現手法と言えましょう。
ジオラマとEKA−3Bの組み合わせた写真も素晴らく良いものを見せて頂きました。
あかつか 2021/07/07(Wed) 12:40 No.2099
Re: Atsugiの想い出
厚木基地南、桜ヶ丘側からフェンスに沿って歩きはじめた「撮り歩きの旅」も2095の写真をもってゴールといたします。
残すは基地内のみとなりますが、それは別の機会にとしてこの項を終了させていただきます。

下は1993年4月25日のウィングスで、デモ飛行を終えて帰投したVF−21を相模大塚行きのバスの中から撮影したもの。
見物人が集まる19エンド周辺を、基地の中から撮影する機会など滅多にないので、自分としては貴重な写真と勝手に思っています。

あかつか 2021/07/08(Thu) 13:55 No.2100
Re: Atsugiの想い出
1月31日(No1652)から始まりました写真と語る「 atsugiの想い出 」を長期にわたってご覧いただき有難うございました。
個人々々によって、ヒコーキや飛行場に対する見方や考え方は異なるものと承知してますが、60年代(それ以前も)のアツギに思いを馳せる
先輩、同輩たち、またその頃の話に興味をお持ちのファンの人たちへ何かしらのメッセージが届いたようなら嬉しく思います。

atsugiの想い出 のラストを飾る写真は、90年代「大和の丘」と呼ばれていた盛り土からのショットにいたしました。
『 雀百まで踊り忘れず 』の譬えどおり、いかにもオールドマニアが撮りそうな写真ですね。
コダクロームに替わってフジのベルビア、プロビアが主流となった頃の撮影で、フジクローム特有の色合いがPC画面からも感じられます。
その後はデジタル全盛となってフィルムの時代は終焉。写真の世界は大転換期を迎えることになります。

※しばらくお休みを頂き7月25日から再開します。

あかつか 2021/07/08(Thu) 14:33 No.2101
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