回想 1964年

ここで1964年とはどんな年だったのか振り返ってみようと思います。
あらためて年表、戦後史資料に目を通しますと70年代に向けてのターニングポイントとなった年のような気がしました。
大きな事件、出来事が多い中、私的な観点からざっとまとめてみました。

【世界】
1/30 南ベトナムでクーデター(グエン・カーン政権に)
4/5 マッカーサー元帥死去
8/2 トンキン湾事件 8/4 米軍北ベトナム海軍基地攻撃 8/7 米議会、大統領に戦争遂行権限付与 
10/15 ソ連・フルシチョフ首相解任(ブレジネフ、コスイギン体制へ)
10/10~10/24 東京オリンピック
10/16 中国・初の原爆実験に成功(オリンピック開催中に)
11/3 米国・一般投票による大統領選挙(当選リンドン・ジョンソン)

【国内】
4/28 日本、OECDに加盟(先進資本主義国の一員に)
7/3 外相大平正芳が台湾訪問・台湾政府支持を約束(日中関係改善の動きは頓挫)
8/10 社会・共産・総評など137団体ベトナム反戦集会開催
8/11 政府、南ベトナムへの緊急援助決定(米のベトナム軍事介入を支援)
10/25 池田勇人総理、病気療養のため辞意 11/9 池田内閣総辞職〜佐藤栄作内閣に
12/3 第7次日韓会談開始(ベトナム戦争開始に伴い日韓国交正常化への米からの圧力強まる)

【社会】
2/27 富士航空のCV240(JA5058)が大分空港で着陸に失敗、オーバーランして炎上。死者20人、重軽傷者22人。
4/5  岩国から厚木へ向かったVMCJ−1のRF-8A(RM-10/146891)が町田の商店街へ墜落。死者4人、重軽傷者32人。
4/15 北日本航空、日東航空、富士航空の三社が合併、日本国内航空設立。
9/8 VF−194のF−8C(No.m/146935)が大和市上草柳に墜落、近くの鉄工所が被災炎上、5人死亡、3人重軽傷。
    事故43分前にはF−105が厚木市旭町相模川河川敷に墜落している。
9/17 東京モノレール開業(浜松町〜羽田空港、料金250円)
10/1 東海道新幹線開業(東京〜新大阪間4時間と従来の6時間50分を大幅短縮。料金2480円) 
10/10 第18回オリンピック東京大会開催
11/7 原子力潜水艦寄港決定への反対デモ。デモ隊と警官隊が衝突、91人負傷(横須賀)
11/12 米原潜シードラゴン初入港(佐世保)


【世相】
2/11 ザ・ビートルズ、アメリカ初公演
4/1 日本人の海外観光渡航自由化(但し年1度、所持金500ドルまでの制限付) 
4/25 カシアス・クレイ(後のモハメッド・アリ)世界ヘビー級チャンピオンになる。
8/31 サンフランシスコ・ジャイアンツの村上雅則が日本人初のメジャーリーガーに。
9/1  ホテルニューオータニ、東京プリンスホテル開業
11/15 シンザン、菊花賞を制し日本競馬史上2頭目の三冠馬。
11/17 ソニーが業界初の家庭用ビデオテープレコーダー発売(19万8000円) ※国家公務員大卒初任給1万9100円

【文化・芸能】
・週刊「平凡パンチ」、月刊「ガロ」創刊(軟派と硬派)
・アイビーファッションが流行(VAN)JFケネディの髪型を真似る
・銀座みゆき通りに「みゆき族」出現(何する訳ではなかったが排除された)
・ホンダS600、ベレットGT、スカイラインGTA発売(クルマ好き若者はSSとかGTに憧れた)
・洋画「007 危機一発」公開(原題: From Russia with Love)主題曲もヒット。
・TV「逃亡者」(リチャード・キンブル職業医師・・・のナレーションから始まる逃亡劇に若者の間でも連日話題沸騰)
・「木島則夫モーニングショー」開始(現在のワイドショーの元になった元祖スタジオトーク番組)
・人形劇「ひょっこりひょうたん島」(原作・脚本/井上ひさし、山元護久)
・オバケのQ太郎(ドラエもんが登場するまで子供の一番人気キャラクターだった)
・「愛と死を見つめて」書籍、映画、音楽、大ブーム。
・「山田風太郎忍法全集」(忍者小説の第一人者として今でもファンが多い)
・三鬼陽之助「悲劇の経営者」(経済評論家として初めて名前を知ったが遊び盛りの若者には読むには至らなかった)
・山岡荘八「徳川家康 全21巻」(応接間に平凡社の大百科事典とともに並べて置く定番の全集) 

【音楽】
〇1964年 ビルボード誌年間トップ5
ビートルズ 「抱きしめたい」 「シー・ラブズ・ユー」(語るに及ばず)
ルイ・アームストロング 「ハロー・ドーリー!」(64年厚木三軍記念日の週のナンバーワンソングだった)
ロイ・オービソン 「オー!プリティ・ウーマン」(1990年公開の米映画「Pretty Woman」で主題歌に起用されリバイバルヒットした)
ビーチ・ボーイズ  「アイ・ゲット・アラウンド」(サーフィン・ミュージックのジャンルを生み出し、一時はビートルズと人気を分け合っていた)

〇1964年日本レコード大賞から
青山和子 「愛と死を見つめて」(聴いていて胸が詰まるような歌詞だった)
岸 洋子 「夜明けのうた」(「希望」「恋心」も何度聴いても飽きない)
西郷輝彦 「君だけに」(いまだ第一線で活躍中。頭が下がります)
都 はるみ 「アンコ椿は恋の花」(“はるみ節”という世界をつくった演歌の女王)
ザ・ピーナッツ 「ウナ・セラ・ディ東京」(歌謡曲の枠に入らないモダンさに痺れた)                                                   
和田 弘とマヒナスターズ 「お座敷小唄」(ハワイアンに小唄にドドンパのリズム。昭和30年代の香り一杯の歌謡曲)
三波春夫 「東京五輪音頭」(TOKYO64を知る人にはたまらなく懐かしい。三波春夫の顔が浮かぶ)  

【流行語】
・おれについてこい (女子バレーの監督・大松博文の著書より)
・ウルトラC (体操の山下治広が跳馬で見せたヒネリを入れたC難度を超えた技)                                                                
・シェー (赤塚不二夫「おそ松君より」イヤミの台詞)
・母ちゃん 一杯 やっか (伴 淳三郎 神聖酒造 日本酒)  
・飲んでますかー (三船敏郎 武田薬品 栄養ドリンク剤)    
・なんであるアイデアル (植木 等 丸定産業 雨具)
・いいと思うよ (松村達雄 コニカのハーフサイズカメラのCM)
・カギっ子 (夫婦共働きが多くなり子供に家の鍵を預ける)
・東京砂漠 (日照りが続いた64年夏、水不足となり都内で給水制限が行われていた)                           


こうして見ると1964年は良い意味で科学や文化の変り様を目の当たりした時代でした。しかしながら現在につなげて考えますと、
歴史に学ばなかったり、今もって何も変わらない政治姿勢に、人そのものの進歩は遅いものだと感じた次第です。

だいぶ “ 寄り道 ” してしまいましたが、お盆が明けましたら「横田三軍記念日64」を貼り出したいと思います。
当日横田でお撮りになられている皆様からのご投稿をお待ちしております。


↓1964年は初めてビジランティが来日した年でもありました。
 11月3日の入間航空祭でも突然飛来。本邦初公開というサプライズにマニアも大興奮。

あかつか 2021/08/16(Mon) 08:45 No.2174
Re: 回想 1964年
イヤハヤ、懐かしい時代でしたね。平凡パンチがこの年でしたかね!確か着色のホットパンツ風の水着写真が折込でなかったでしたっけ?いくらだったか覚えてませんが、航空情報とフィルム代と電車賃で精一杯で、立ち読みか人の読みさしで読んでましたネ。山田風太郎のくの一はこの頃でしたっけ?授業中に机の下で、手で押えずとも落ちなかった程元気が良かったなあ!カブール、C-17の満員墜落は見たくないですね。
のらひこ 2021/08/17(Tue) 06:56 No.2175
Re: 回想 1964年
>のらひこさん
アフガンの映像みて1975年のサイゴン陥落を思い出しました。
でもアフガンと違うところは北ベトナムの人たちは皆喜びに満ちた表情を見せていた。
タリバンが官邸を占拠した映像見ましたか?
山賊のような彼らがこれから国づくりをすると思うと暗澹たる気になってしまいます。

平凡パンチの創刊号は50円でした。街のラーメン一杯60円の時代ですから、現在の週刊誌の価格より少し高めかな。
ちなみに私は表紙の大橋歩のイラストに見られるような恰好は一度もしたことがありません。
ミスター長嶋も若いですね。
どんなクイズだか分かりませんが右記事によると「いすゞベレット」が毎週1台当たると書いてあります。(ホントかね)
雑誌業界は景気良かったんだなあ。

(netより)

あかつか 2021/08/17(Tue) 14:46 No.2176
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