64.5.17 横須賀

英空母ヴィクトリアス公開

あかつか 2021/08/29(Sun) 11:15 No.2225
Re: 64.5.17 横須賀
12時開場の横田で展示機を拾い撮りした後、急いでゲートを出たとしても牛浜から横須賀まで2時間半はかかったでしょう。
よってヴィクトリアス艦上に着いた頃には公開時間が迫る4時少し前、まだ観客は多く残っていてごらんの通り。

和服のお母さん、お父さんとその家族、昭和の時代記録として興味深いものがありますが、
撮影当時は機体だけをガッチリと撮りたかったなあ、と、つくづく思ったものでした。

あかつか 2021/08/29(Sun) 13:24 No.2226
Re: 64.5.17 横須賀
人が掃けたタイミングでパシャリ!。
航空雑誌のアートページでしか見ることの無かったシービクセンFAW.2がここに居るのです。
個性的なフォルムとツートンのイギリス海軍機塗装。空母に乗艦するのも初めてなら、イギリス海軍機を見るのも初めて。
もう少し観察する時間が欲しかったですね。

あかつか 2021/08/29(Sun) 18:19 No.2227
Re: 64.5.17 横須賀
ウエストランド・ウェセックスHAS.1。ご存知シコルスキーとのライセンス生産機。
H−34とは別機のように見えてしまうのは、いかにもイギリスって感じですね。

あかつか 2021/08/30(Mon) 23:35 No.2228
Re: 64.5.17 横須賀
見られて良かったフェアリー・ガネットAEW.3。
ある解説者が“いかにも 醜い飛行機 ”と書いてますが、私は全然そうは思いません。
西宮に有名なホビーショップの店長はガネットの大ファンで店名も「ガネット」としているほどです。
カッコの悪さなら同時期のライバル機であったショート・シーミューの方が余程上だと思いますが如何でしょう。
でも、このBBSでは“横道扱い”の話題ですかね。

あかつか 2021/08/30(Mon) 23:50 No.2229
Re: 64.5.17 横須賀
こちらのガネットは対潜型なのかC−2のような連絡型なのか知識はありません。
ペイントカラーも記憶がなくご存知の方おられましたらぜひご教授ください。

いつの時代にも信憑性に欠けるマニアの話を耳にしますが、当時、ガネットが羽田に降りたという噂が出てました。
可能性は無きにしも非ずですが、現在までその写真を見たという人に出会ったことがないので、やはりヨタ話だったのかな。

あかつか 2021/08/31(Tue) 00:10 No.2230
Re: 64.5.17 横須賀
横須賀にカールビンソンが18年ぶりに入港したとのことで、メディアやマニアから注目されていますが、次に控えるクイーンエリザベスが横須賀に訪れますと、イギリス空母が来るのはヴィクトリアス以来57年ぶりとなります。
カールビンソンよりこちらの方が政治的にもマニア的にも大ごとだと思うのですが予想に反して大きな盛り上がりはまだ見せていません。
それでもクイーンエリザベス入港時には観音崎の撮影ポイントにそれなりのマニアが大挙して押し寄せ“ 密状態 ”となることでしょう。

下は、シービクセンと共に実機を見られただけでも有難かったバッカニアS2。
イギリスの航空産業改編の流れで、ブラックバーンはホーカーシドレーに買収されてしまい、撮影時の1964年ではメーカー名はホーカーシドレーでした。
アメリカの航空機メーカーも同じような道を辿りましたが、子供の頃から馴れ親しんだメーカーが次々と消えていく寂しさを知るマニアは相当なベテランマニアと言えるでしょうね。

あかつか 2021/08/31(Tue) 23:49 No.2231
Re: 64.5.17 横須賀
バッカニアの全体像が撮影できた唯一のショット。
写真をよく見ると公開された隣りの艦船から135mmぐらいで撮れたみたいですね。だとしても、時間的に無理でしたが・・。

手前の赤ん坊を抱いた親子らしき二人はバッカニアを見ているのではなく国際親善のカップルに目が行ってますね。
基地や艦船の公開日にいつも見られた光景でした。

ここまで紹介しました写真は“のらひこさん”が撮影されたものです。私も同じようなカットを撮りましたが、
ネガは修正不可能なほどビネガーシンドロームでドロドロになっておりました。
まさかフィルム(特にネオパンF)が半世紀経って化学変化を起こすなんて誰も思わなかったでしょう。
印刷物(CHECKER TAIL)にしておいて本当に良かった。
AGCアートの写真集は全て国立国会図書館の蔵書となっていますので、国が潰れない限り何年経っても閲覧することができます。

あかつか 2021/09/01(Wed) 16:40 No.2232
Re: 64.5.17 横須賀
横田には3〜40分しかいなかったんでしょうかね?しかし、それなりの枚数撮ってから、ダッシュで向かったはずです。甲板に上がってビックリしました。横田の「アメリカ軍」とは色使いと言い、恰好と言い、全く違う世界ですもんね。シービクセンのコクピットの右オフセットを知ってはいましたけど、目の前で見ると、イギリス人って変わってるなあと感じ入りました。それにガネット!!アメリカ人は空母を大きくすればいいじゃないかと思うんでしょうが、イギリス人は翼を三つ折りにすれば良いだろうと思うんですね。凄い民族性の違いを感じました。それとバッカニアの凄さは目の前で見なきゃ解りません。多分、潜水艦に苛め抜かれた経験から、超低空を高速で飛んで、潜水艦の司令塔をだけは破壊したいという欲望の表れのような、面構えでした。クイーンエリザベス、来そうですが、空母はやっぱり積んでいる飛行機次第なんですかね?35がたとえ35機積んでいたって、ちょっと興味半減かな。えっもっと少ないの?
のらひこ 2021/09/02(Thu) 12:08 No.2233
Re: 64.5.17 横須賀
>のらひこさん
バッカニアは燃料満載で兵装を装備すると重すぎて発艦できず燃料を半分にして給油機の世話にならなければ空母での運用はできなかったそうですね。
そんなわけでバッカニアと交替したはずのシミターは、給油機として1966年まで使われてましたが、残念ながらビクトリアスには積んでませんでした。
できればシミターも見たいイギリス機でしたね。
あかつか 2021/09/02(Thu) 21:07 No.2234
Re: 64.5.17 横須賀
航空情報の横森周信さん(P.黒木雄二)が青少年ヒコーキマニア向けに編集していた季刊誌「航空ファン読本」の連載企画に読者による
「航空マンガサロン」なるコーナーがありました。
1961年秋の号のお題はバッカニアで、選者は“世界の橋本喜久雄”。橋本先生の選考はけっこう厳しくて入選作ナシの号も幾度かありました。
このバッカニアは入選作作品。バッカニアの特徴が表れていてデフォルメもイヤ味がなく見事ですね。

当時の航空情報はこのように読者と一体感があり日本の航空文化の発展に一役買っていたと思います。
横森さんは晩年「昔は読者と一緒になって本つくりをして楽しかった」と懐かしんでおられました。

あかつか 2021/09/03(Fri) 22:11 No.2235
Re: 64.5.17 横須賀
1964年の「三軍記念日特集」いかがでしたでしょうか。
個人的にも前月から標準レンズ付きのカメラからペンタックスと望遠レンズを持ちはじめ撮影活動に巾が出てきた年でした。
社会も替わり目の年でありましたが、ヒコーキの方も同様で多種多様な軍用機、民間機が日本上空を飛び交い、
時間はいくらあっても足りないほど身も心も多忙な日々送っていたのが1964年でした。

これにて1964年の三軍記念日特集を終了いたします。
次回からは年毎の写真は揃えられそうにありませんので、60年代の三軍記念日の枠の中で印象に残る写真を載せ往時を懐かしんでみようと思います。
しばらく休んで9月20日ごろから再開いたします。

最後にご紹介するのは2度と見られないであろうF105の42機の列線。
5月17日の横田三軍記念日の前日、基地公開に備えて展示スペースを空けるため、駐留していた105を石播前のタキシーウェイに
移動させたもの。全機を入れて撮るのに苦労しました。

あかつか 2021/09/05(Sun) 12:13 No.2236
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